阿部一二三(柔道)は東京オリンピック金に最も近い柔道の猛者!大学はどこ?

阿部一二三(柔道)は東京オリンピック金に最も近い柔道の猛者!大学はどこ?出典:http://number.bunshun.jp

阿部一二三(柔道)は東京オリンピック金に最も近い柔道の猛者!日本体育大学で技を磨く!

阿部一二三(柔道)は東京オリンピック金メダル候補!日本体育大学1年生にして海老沼匡を超える実力!

阿部一二三(あべひふみ)という柔道男子66kg級の若き怪物が、リオオリンピック閉会式の次期開催国アピール映像に登場しました。東京オリンピックでは金メダルに近いと期待されている阿部一二三は、19歳になったばかりの日本体育大学1年生です。

リオオリンピック閉会式のアピール映像には、同じように4年後の活躍が期待されている、各競技の新星たちが登場していましたが、この阿部一二三には、すでに王者たる実績がありました。なんと、兵庫県の私立神港学園2年生の時に初出場を果たしたグランドスラムで、史上最年少となる17歳での優勝を飾っていたのです。

その時の準決勝の相手は、66kg級の絶対エースであり、世界選手権3連覇中の海老沼匡でした。優勢勝ちとはいえ、王者を倒した阿部一二三には、東京オリンピックどころか、リオオリンピックでの金メダルを期待する声すらありました。

阿部一二三(柔道)がリオオリンピックを逃したワケ!4年後に向けてさらに成長すること間違いなし!

阿部一二三(柔道)は、日本体育大学に進学したばかりの2016年4月に行われた選抜体重別大会でも、リオオリンピック銅メダリスト・海老沼匡に背負落で完勝し、初優勝を飾っています。しかし、連覇がかかっていた前年の全日本体重別選手権では、辛くも3位に終わってしまったため、実績で上回る海老沼匡に、リオオリンピック出場権が与えられています。

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しかし、当然のことながら、阿部一二三の圧倒的な強さを目の当たりにした山下泰裕オリンピック強化委員長らから、この決定に疑問を呈する意見が相次ぎました。また、つい最近まで高校生だった阿部一二三の成長はめざましいもの。日本体育大学での本格的な指導を経ての”伸びしろ”についても、海老沼匡の実績を超えるポテンシャルがあると言及する意見がありました。

結果的には、リオオリンピックへの出場は叶いませんでしたが、これから過ごす日本体育大学での4年間は、阿部一二三をさらに成長させるでしょう。すでに海老沼匡を圧倒する実力を持っていることを考えると、”近い”という表現は的確ではなく、東京オリンピックでの金メダルは”確実”といったほうがいいのかもしれません。

阿部一二三の柔道の強さとは?!中学、高校時代の活躍が普通じゃない!

阿部一二三の柔道はスピードとキレがスゴイ!小学生時代のある特訓が動かざる強さに!

阿部一二三の柔道スタイルは、前へ前へと果敢に出る”攻める柔道”です。決して柔道選手としては体格に恵まれているほうではありませんが、合わせ技から得意の背負投げに持ち込むまでの圧倒的なスピードは、トップ選手の中でも群を抜いています。次に圧倒されるのは、技のキレ。

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背負投げにしても、単に投げるのではなく、しっかり投げつけることで、1本勝ちを量産してきました。今や同世代に敵なしとなった阿部一二三ですが、柔道を始めたばかりの小学生時代は、才能の片鱗はなく、女の子にさえ勝てなかったそうです。そこで消防士の父親は、自身が考案した体幹トレーニングメニューを息子に課し、体格で劣る息子の肉体改造を図りました。

極めつけは、神港学園高校への出稽古です。阿部一二三は小学高学年の頃から、何倍も大きくて強い相手に投げられることで、投げる技とスピードを確実に覚えていきました。

阿部一二三(柔道)は中学時代に急成長!高校時代の活躍で世界を圧倒する!

阿部一二三(柔道)は、小学生時代は全国レベルに追い付きませんでした。しかし、神戸市立生田中学校に入学すると、めきめき頭角を現し始め、ついに中学2年生で、全国中学校柔道大会55kg級の初優勝を飾ります。この時は逆転優勝でしたが、翌年の同大会では、60kg級で出場し、オール1本勝ちを納めました。

さらにはアジアユースでも優勝するという、普通では考えられない急成長を遂げています。すでに、将来のエース候補と嘱望され始めていた阿部一二三の快進撃は、神港学園高校に入学してからも止まりません。66㎏級に上げて臨んだ全日本カデ柔道体重別選手権大会では、2年生の時点で2連覇。インターハイでもオール1本勝で優勝し、全日本の井上康生監督をして「高校生のレベルを凌駕している」と言わしめています。

その後も、海老沼匡を破ってのグランドスラム最年少優勝をはじめ、国際大会でもオール1本勝ちを決めるなどして、IJF(国際柔道連盟)から「神童」と評されています。

阿部一二三の”攻める柔道”が日本柔道を盛り上げる!東京オリンピックに向けての課題は?

阿部一二三が柔道を始めたのは、6歳の時にテレビで見た柔道に、「カッコイイ」と憧れを抱いたことがきっかけでした。父親に連れられて、「兵庫少年こだま会」の門を叩いたまではよかったのですが、身体でぶつかり合う柔道に恐れをなして、「辞めたい」と泣いてばかりだったといいます。

意外に弱気だった阿部一二三も、勝てるようになってくると、次第に柔道ので面白さに気づき始めます。ところが、中学2年生で全国優勝を果たすと、今度はプレッシャーに襲われるようになりました。そんな時、阿部一二三は「自分が一番強い」と信じることで、”良いプレッシャー”に変えて来たのだといいます。毎日の練習を欠かさず、格上相手の出稽古を小学高学年から続けてきたこと。

それらは全て、阿部一二三の持ち味である”攻める柔道”に欠かせない、確固たる自信になりました。ただし、早くに急成長を遂げた阿部一二三には、競技力に見合う成熟した精神力が求められています。全日本体重別選手権で敗戦し、海老沼匡が代表選出されたのは、その未熟さのためでしょう。だからこそ、4年後の東京オリンピックでは、一回り大人になった阿部一二三の金メダルは固いもと思われます。

オリンピック3連覇を果たした野村忠宏が言うように、阿部一二三の”攻める柔道”には、競技の魅力を伝える華があります。井上康生監督の就任で、王国復活の途にある日本男子柔道界は、阿部一二三というスター選手の活躍で、ますます盛り上がりを見せそうです。

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