あき竹城 ブレイク中!バラエティに欠かせないひな壇女優?!

あき竹城 ブレイク中!バラエティに欠かせないひな壇女優?!

あき竹城 ブレイク中!バラエティに欠かせないひな壇女優!泉ピン子と姉妹?!

あき竹城 ブレイク中!バラエティに欠かせないひな壇女優!

バラエティに欠かせないひな壇女優として、あき竹城がブレイク中です。あのひな壇には”おばさん席”というものがあるらしく、高畑淳子も同じくその枠で活躍している女優。その中でも、現在、あき竹城という女優の名は、企画会議で一番に挙がるそうです。

もちろんあの山形弁キャラが立っているせいでもありますが、彼女が好かれる理由は、その明るさと性格の良さではないでしょうか。あき竹城は、キャリアある女優なのに、若いスタッフや共演者に礼儀正しいともっぱらの評判。歩き回るロケでは不機嫌になる女優が多いそうですが、あき竹城は疲れた様子すらみせないというのです。疲れるどころかノリノリだったとも……。

ノリがいいといえば、かつては雑誌企画で”AKT64(あき竹城64歳)”と称して、AKB48のコスプレまで披露してくれていましたね。そこまであけすけなのに、あき竹城は、ほとんど自分の素性の話をしていません。

加えて主婦キャラ、母親キャラ、ブスキャラ、デブキャラなど、トーク番組で何等かの役割として語る”ポジショントーク”をしないことで、どんな番組にもキャスティングしやすいらしいのです。

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あき竹城 泉ピン子と姉妹?!「ぴったんこカンカン」で2人が似ていると評判!

TBSバラエティ「ぴったんこカンカン」。その都度何かに扮装して登場する泉ピン子が、安住紳一郎の制止を振り切って暴走する、というロケVTRが名物の番組です。あき竹城は、「ぴったんこカンカン」スペシャル版で泉ピン子と共演しています。1月9日放送分では、EXILEのHIROの名字から”五十嵐いくよ・くるよ”という姉妹を名乗り、アフロヘアとジャージでLHDへ乗り込みました。

番組内では「姉妹なんだから~」という発言が繰り返されていましたが、ひょっとすると本気にする人がいてもおかしくないほど、雰囲気や態度、身長こそ違えど体型さえもそっくり。さらに泉ピン子の強引な先導に、あき竹城がくっついて回る様子などは、どう見ても本物の姉妹にしか見えませんでした。

あき竹城と泉ピン子二人一緒の登場は頻繁に見ることはできませんが、最近では4月3日のスペシャル版で、NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」の格好をした泉ピン子とあき竹城姉妹が登場。マッサンゆかりのニッカウヰスキー本社ビル、地下1階にある「ブレンダ―ズ・バー」を訪れ、そこでしか飲めないウイスキーや名物ヒレカツサンドに仲睦まじく舌鼓を打っていました。

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あき竹城 ヌードダンサーからコメディエンヌへ!

あき竹城 ビールをかけられバカにされたヌードダンサー時代があった!

ぼんやりバラエティを観ていると、はたと「ところであき竹城って何者?」ってなりませんか? しかし、あき竹城はほとんど自分のプロフィールについて語らないため、常に謎のベールに包まれています。確かに最近でも主役級の女優ではありませんが、ドラマや映画の脇役として活躍しているあき竹城。気になるこれまでの軌跡をたどってみましょう。

山形県で生まれ育ったあき竹城は、小学校4年生の時から、宝塚歌劇団入りを夢見てモダンダンス教室でダンスを学んでいました。しかし、習い事などの費用がかかりすぎるために宝塚入りを断念。中学校卒業と同時に上京して、ダンサーとしてデビューします。今のあき竹城からは想像がつきませんが、20代は何とヌードダンサーをやっていました。

27歳の頃には「女性が見ても上品なエロチシズムの探求」を掲げた、日劇ミュージックホールのトップレスショーダンサーになります。しかし、なかなか芽が出ず、地方キャバレー回りが続いたあき竹城。下積み時代には、客にビールをかけられたり、バカにされるなど悔しい思いをしてきたそうです。

あき竹城 山形弁コメディエンヌに転身 実は11PMカバーガールだった!!女優になるまで

トップレスで挑むようなポーズをとったあき竹城の横には、何とも破廉恥なキャッチコピー。昔のあき竹城のポスターを見ると驚きを隠せません。今でもパワフルなあき竹城ではありますが、若いころはさらに血気盛んだったようですね。それでもヌードダンサーとして抜きん出ることができずにいたあき竹城に、ある転機が訪れました。

彼女は、日活ミュージックホールでで東北弁コントに出演したことをきっかけに、山形弁コメディエンヌとして認知され、テレビ出演するようになっていったのです。人気番組「11PM」カバーガールといえば、由美かおる、かたせ梨乃、杉本彩ら、いかにもお色気むんむん女優たちばかりです。

しかし、実はあき竹城も同番組のカバーガールをやっていたそうです。コメディエンヌとしての認知度から、1977年には東宝映画「トラック野郎・度胸一番星」に出演。あき竹城は、通りすがりに上着をはぎ取られトップレスになってしまう婦人警察官を演じています。

その後、今村昌平監督に抜擢され出演した「楢山節考」が1983年のカンヌ映画祭でグランプリを受賞。このことからあき竹城の演技は、女優として評価されるようになり、様々なドラマの脇役として活躍するようになったのです。

あき竹城 ポジショントークをしない魅力がバラエティでブレイク!!気になるプライベートは?!

あき竹城がひな壇女優としてバラエティでブレイクしているポイントとして「ポジショントークをしない」とう特性が最も取り上げられています。確かに、あき竹城は、昔話や恋愛の話、人生の先輩風を吹かせるような話をしません。ただ明るく、時に可愛らしいオバチャンタレントとして素直に愛されているのでしょう。

まだ女優になりたての頃、あき竹城が電車に乗っていると「あ~、個性が強すぎて主役になれなさそうな女優だ~」と囁く声が聞こえてきたそうです。あき竹城はポジショントークで自分を誇張しなくても、個性的な雰囲気だけで圧倒的な存在感を放ち、生きていける気がします。

とはいえ、ここまでプライベートな部分が謎のベールに包まれていると、かえって気になってしまいますよね。あき竹城は1989年に8歳下の一般男性と結婚した、ということだけは分かっているのですが、今でものその結婚生活が続いているのかは不明。子供の存在、住居、その他の家族などの情報も一切ありません。

そんな中でも、亀のドンちゃん、ハレちゃんを自宅で飼い、休日にはよく遊んであげているということがちらほら判明。さらに不二家のペコちゃんが大好きで、自宅には1000体を超えるペコちゃん人形が生息しているそうです。……聞いていると、何となく独身の匂いもしてきそうですが、さて実際のところはどうなのでしょうか。

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