天知茂は「江戸川乱歩の美女シリーズ」初代明智探偵!死因は何?

天知茂は「江戸川乱歩の美女シリーズ」初代明智探偵!死因は何?出典:http://okmusic.jp

天知茂は「江戸川乱歩の美女シリーズ」初代明智探偵!死因は何?

天知茂の当たり役明智小五郎は三島由紀夫直々の依頼から始まった

天地茂は、1931年生まれ。1985年、享年54歳という若さで亡くなった俳優です。1968年、作家の三島由紀夫直々の依頼により、美輪明宏が主演する「黒蜥蜴」で、黒蜥蜴と対決する明智小五郎役を演じ、これが当たり役となります。同時期、活躍の場をテレビに移した天知茂は、テレビ朝日「非情のライセンス」の刑事役や、同局の土曜ワイド劇場「江戸川乱歩の美女シリーズ」の明智小五郎役で、人気を不動のものとし、明智小五郎というキャラクターイメージを決定づけました。

また「非情のライセンス」のエンディングで流れた、天知茂本人が歌う「昭和ブルース」は、今でもカルトな人気を誇る昭和歌謡です。しかし、残念ながら天知茂は、遅咲きの俳優としてこれからという1985年に急性くも膜下出血で亡くなってしまいます。

天知茂は「ニヒル」が代名詞の昭和な俳優

天知茂を語るのには欠かせない言葉があります。それは、「ニヒル」という言葉です。もはや死語となっていますが、ニヒルを一言で言うなら、虚無的。もう少し砕けば、醒めた、物事に動じない。今風に言えば、クールに近いでしょうか。ちなみに語源は、ラテン語です。昭和の時代、このニヒルが代名詞だった男優が天地茂でした。デビューは早く、1949年に松竹に入りますが、ものにならず解雇され、1951年、新東宝スターレットでやっと映画界入りを果たします。

しかし、注目されるようになったのは、1959年の中川信夫監督「東海道四谷怪談」で、民谷伊右衛門役を演じてからです。その後、所属していた新東宝も倒産。以後、天地茂は、大映や東映の作品に単発で出演するようになります。眉間に深い皺をよせながら、顔の表情はほとんど変わらず、低く抑揚のないセリフ回しに、隙のない気障なしぐさは、一種独特の存在感を放ち、「ニヒル」という言葉が天知茂の代名詞となりました。

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天知茂は「雲霧仁左衛門」などテレビ時代劇でも活躍!息子、娘、妻の現在は?

天知茂の「雲霧仁左衛門」は池波正太郎や時代劇ファンが絶賛

天知茂は、明智小五郎のようにスーツをきっちり着こなした現代劇のイメージが強いですが、時代劇でも、如何なくその存在感を示しています。古くは1959年「東海道四谷怪談」で民谷伊右衛門を演じ、俳優として初めて注目を集めた天知茂。1962年には、「座頭市物語」で、敵役の平手造酒を見事に演じ、映画は空前の大ヒット!勝新太郎は、この「座頭市」の成功によって、レジェンドとなりました。

また、1966年の「眠狂四郎」では、主役の市川雷蔵を凌ぐ敵役ぶりを見せています。そのいずれの作品もが、世の中に背いた、まさにニヒルそのものといった役どころでした。そして天地茂は、円熟期に入った1979年、関西テレビで池波正太郎原作の「雲霧仁左衛門」を演じます。映画では仲代達也、テレビでは萬屋錦之介や山崎努、中井貴一などが相前後して演じてきた雲霧仁左衛門。中でも、池波正太郎や時代劇ファンにとっては、天知茂が演じた雲霧仁左衛門が、もっとも原作のイメージに近かったと評価されています。

天知茂のあまり知られていない私生活

天知茂は、ニヒルなイメージがありすぎて、あまり実生活が見えてきませんが、第一期新東宝スターレットで同期だった元女優(芸名は森悠子)の純代夫人と早くに結婚。天知茂の葬儀に際して、妻は、夫婦喧嘩などしたことがなかったと述懐していたそうです。真面目で気さくな性格でも知られた天知茂は、息子と娘にも恵まれ、よき家庭人であったといわれています。天知茂の息子は一時期俳優をしていましたが、すでに一般人のようです。

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天知茂生誕85年!今明かされる初期の驚愕作品

天知茂初期の作品を集めた上映会が、2016年6月18日から7月6日まで、東京の神保町シアターで、「生誕85年記念企画・天知茂―ニヒルの美学」として開かれていました。亡くなってから30年が経過した天知茂ですが、上映会は、連日長蛇の列を成していたそうです。

天知茂は、今はすでにない映画会社・新東宝の出身であり、新東宝倒産後は、大映などで映画の助っ人俳優として、さまざまな作品に出演しています。新東宝は、1947年から1961年まで存続していた映画会社です。新東宝とある通り、東宝の労働争議を嫌った多くのスターやスタッフによって立ち上げられた映画会社で、初期の頃は、ヴェネツィア国際映画祭で国際賞を受賞した、溝口健二監督の「西鶴一代女」のように、文芸色が強く、高く評価された作品も見られます。

しかし、新東宝の後期は、利益主導の「エログロ」に代表される徹底した娯楽大衆路線に走り、結果的に自滅。労働争議を嫌ったはずの新東宝もまた、激しい労働争議が勃発しますが、天知茂が労働新東宝倒産まで、労働組合委員長を務めていたとは意外な事実です。もしかしたら、このようなデビュー初期のさまざまな困難や挫折が、天知茂に、ストイックでニヒルな性格を与えたのかもしれません。

上映会は、出世作「東海道四谷怪談」をはじめ、新東宝ならではのお色気アクション「女真珠王の復讐」や、東映プログラムピクチャーの雄、松尾昭典監督の無国籍アクション「夜の勲章」など、1960年代の貴重なB級エンターテイメントが満載。しかも、どの作品も、天知茂が主演ではないのがミソです。天知茂の、ニヒルという言葉ではくくり切れない独特の存在感は、これら初期の無名時代に築かれたものかもしれません。

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