オードリー・ヘップバーンの名言!美しい言葉に人生が変わるかも?

オードリー・ヘップバーンの名言!美しい言葉に人生が変わるかも?出典:http://ciatr.jp

オードリー・ヘップバーンの名言!美しい言葉に人生が変わるかも?

オードリー・ヘップバーンの美しさを伝説にした「美しい言葉」

オードリー・ヘップバーンは、第2次大戦後のハリウッドを駆け抜けた、絶世の美人女優でした。オードリー・ヘップバーンの気高い美しさは、その聡明な言葉にもあらわれています。「魅力的な唇のためには、優しい言葉を紡ぐこと。愛らしい瞳のためには、人々の素晴らしさを見つけること」、「美しい身のこなしのためには、決して一人で歩むことがないと知ること」。男性に対しては、オードリー・ヘップバーンはなかなか辛辣です。

「いばる男の人って、要するにまだ一流でないってことなのよ」。そして、第2次世界大戦下における飢餓体験をはじめ、さまざまな体験をへて晩年を迎えたオードリー・ヘップバーンの言葉は、人間としての深みを感じずにはいられません。「もちろん、わたしたちはすべてを失いました。家も、持ち物も、お金も。でも、少しも悲しくはありませんでした。家族全員が無事に生きている、そのことが何よりもありがたかったのです」。

オードリー・ヘップバーンは、「ローマの休日」でデビューしてアカデミー賞を獲得!

オードリー・ヘップバーンは、まさに銀幕のスターそのものというべき存在でした。老いも若きも映画ファンにとっては、「ローマの休日」「ティファニーで朝食を」「シャレード」「マイ・フェア・レディ」など、オードリー・ヘップバーンの出演した作品名を聞いただけで、それぞれの名シーンが、華麗な音楽とともに、脳裏に浮かびます。オードリー・ヘップバーンは、1929年生まれ。バレリーナとして頭角を現し、イギリスで数本映画に出演した後、アメリカへ渡り、ブロードウェイミュージカル「ジジ」の主役に抜擢され、大絶賛されます。

その活躍がきっかけで、ハリウッドへ進出。1953年「ローマの休日」の衝撃的デビューで、新人女優ながら、アカデミー賞最優秀女優賞に輝いたのは、オードリー・ヘップバーンが25歳の時でした。以後、映画史に残る名作に立て続けに出演したオードリー・ヘップバーン。そして1967年、40歳を前に、芸能活動からいさぎよく身を引き、その後は、数本の映画にしか出演しませんでした。オードリー・ヘップバーンの実質的な女優人生が、たった15年だったことは驚きです。

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オードリー・ヘップバーンの結婚歴も華やかだった!晩年は?

オードリー・ヘップバーンは、生涯恋する女性として生きた?!

オードリー・ヘップバーンは、聖女のようなイメージが強いですが、その結婚歴は、波乱に満ちたものでした。オードリー・ヘップバーンは、1952年、すでにイギリスの男爵と婚約していましたが、彼女のハリウッド進出とともに、挙式直前に婚約を解消。そして人気絶頂だった1954年、アメリカ人俳優メル・ファーラーと結婚します。2度の流産を経たオードリー・ヘップバーンでしたが、とうとう男の子を授かります。

しかし、実質的な女優引退直前の1968年、結婚14年目でメル・ファーラーとは離婚。その後は息子と2人で暮らしていましたが、10歳年下のイタリア人精神科医アンドレア・マリオ・ドッティと出会います。1969年にオードリー・ヘップバーンが40歳の時に再婚し、彼との間にも息子が生まれました。

しかし、この再婚もまた13年後、お互いの不倫が原因で離婚する結果に。以後、オードリー・ヘップバーンは、彼女が亡くなるまで、不倫相手だったオランがダ人俳優ロバート・ウォルダースと一緒に暮らしていましたが、正式な結婚ではありませんでした。

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オードリー・ヘップバーン、63年の堂々たる人生

オードリー・ヘップバーンは、晩年インタビューに答え、ロバート・ウォルダースと暮らしたこれまでの9年間が、人生で最良の日々だったと語っています。オードリー・ヘップバーンは、1993年、虫垂癌で、まだ63歳の若さで亡くなりました。自らが、国連の食糧援助によって飢えから救われた体験を持つことから、後半生は、ユニセフの活動に捧げたオードリー・ヘップバーンは、死ぬまで、母や妻としてだけでなく、一人の女性として、自らの生き方を貫いた自立した女性でした。

オードリー・ヘップバーンは、21世紀が生んだ奇跡の美人女優

オードリー・ヘップバーンの人気は、日本でも、今も衰えることがありません。オードリー・ヘップバーンは、20代から30代にかけて、女性として一番美しい姿を、何本もの映画に焼きつけ、永遠に生き続けています。さまざまな流行が生まれては消えていく中、美しい女性の生き方や、ファッションに、少しでも興味がある女性たちにとって、オードリー・ヘップバーンは、必須のアイテムであり、レガシーといえましょう。

この春、全国のシネコンで、「午前十時の映画祭7 デジタルで甦る永遠の名作」として、オードリー・ヘップバーンの「ティファニーで朝食を」が上映されました。観客は2万9942人を数え、昨年、一昨年の「ショーシャンクの空に」「砂の器」を抜く、最高動員数を記録。5月中旬には、「マイ・フェア・レディ」が初上映されているので、さらなる記録樹立も期待されます。オードリー・ヘップバーンが出演した映画は、ハリウッド以前の作品も含めて、生涯30本足らずしかありません。

ハリウッド時代の作品は、そのほとんど全てがヒットし、アカデミー賞主演女優賞や、ゴールデン最優秀主演女優賞など、数々の賞に輝くか、ノミネートされています。オードリー・ヘップバーンは、美人女優でありながら、歌や踊りが堪能で、何よりコメディアンヌとしてのセンスも抜群でした。

「ローマの休日」「愛しのサブリナ」「昼下がりの情事」「ティファニーで朝食を」「マイ・フェア・レディ」などは、まさに、それら一連の作品といえます。また、「シャレード」「暗くなるまで待って」などのサスペンスでは、オードリー・ヘップバーンの知的な美貌が、スリラー映画としての効果をより高めました。

そして「尼僧物語」や「戦争と平和」などの文芸作品では、オードリー・ヘップバーンの気高さが、より印象深いものとなっています。オードリー・ヘップバーンはまさに、21世紀が生んだ奇跡の美人女優として、永遠に語りつがれることでしょう。

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