土性沙羅(どしょうさら)が目指したレスリング女子重量級女王への道!中学、高校時代は?

土性沙羅(どしょうさら)が目指したレスリング女子重量級女王への道!中学、高校時代は?出典:http://tarot-channeling.com

土性沙羅が目指したレスリング女子重量級女王への道!中学、高校時代は?

土性沙羅のレスリング女子重量級女王への険しい道のり!性格がとんでもなく臆病だった!

土性沙羅が身を置くレスリング女子69㎏級は、これまでに日本人のメダリストが誕生していない重量階級でした。二の腕を見る限り、いかにも重量級の屈強さを覚えますが、身長159cmの土性沙羅には、女王の道はまだ遠いかのように思われていました。

世界戦となれば、土性沙羅より10cm以上も背が高い選手ばかりです。全日本選抜3連覇、全日本レスリング選手権4連覇中の土性沙羅でも、リオオリンピック前の世界ランキングは5位。シニアの世界選手権では、初出場の2013年から毎年表彰台に上がっていますが、一度も優勝したことはありませんでした。そんな土性沙羅がレスリングを始めたのは、小学低学年の時。少女漫画の絵を描くことを好み、人一倍臆病な性格だったといます。

当初は、なかなか勝てずに、涙をポタポタと流しながら食事を摂っていたという土性沙羅。「道場に行かない」と口に出すことができなかったがゆえ、意思とは裏腹に、レスリング道を進んでいきます。

土性沙羅がレスリングに明け暮れた中学、高校時代!無敵の日本女王に世界の壁

土性沙羅のレスリングへの姿勢は、「行かないと言って怒られるより、我慢して通ったほうが穏便に済む」という、消極的なものでした。しかし、その裏には「極度の我慢強さ」が備わっていました。図らずも力を付けていった土性沙羅は、小学校4年以降の全国少年少女大会3連覇。地元・三重県の松阪市立鎌田中学校時代には、全国中学選手権で2連覇を達成するトップ選手になっていたのです。

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消極的なレスリングから、”世界”を積極的に目指すようになった土性沙羅は、2010年に愛知県の至学館高校に進学。至学館高校といえば、大学部の卒業生では吉田沙保里をはじめ、伊調馨、登坂絵莉など、世界王者を輩出してきたレスリング強豪校です。1年時から全国大会での優勝歴を重ね、世界ジュニア選手権優勝など、実績を積み上げた土性沙羅が世界選手権の代表に選ばれたのは、至学館大学に進学してからのことでした。

その頃もはや国内に敵はおらず、世界の頂点は見えていたのに、オリンピック前哨戦となる2015年世界選手権の結果は銅メダル。リオオリンピック前には、土性沙羅にメダル獲得の期待をかけても、”金”を有力視する声は希少でした。

土性沙羅の師匠は吉田沙保里の父!家族もレスリング経験者?

土性沙羅は吉田沙保里の父・吉田栄勝「一志ジュニア教室」出身!

土性沙羅がレスリングと出会った道場は、霊長類最強と呼ばれたレスリング女王・吉田沙保里の父・吉田栄勝が指導する「一志ジュニア教室」でした。臆病な性格から、前に出て組み合うことができず、竹刀で叩きのめされる日々。色白の土性沙羅は、青あざだらけになりながらも、怒られたくないために、懸命に練習に向かいます。吉田栄勝は、土性沙羅のことを、「この子は叱っても大丈夫」と判断していたようで、その内面にあった我慢強い性格に、”強さ”を見出していました。

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吉田栄勝の愛情溢れる指導に加え、土性沙羅を成長させたのは、すでに世界で活躍していた吉田沙保里ら、道場の先輩たちの存在でした。中学に入学して、精神的に大きなった土性沙羅は、「一志ジュニア教室」で叩きこまれた”前へ攻めるタックル”を武器に、日本女王、世界女王への道を目指し始めます。

土性沙羅の家族構成!レスリング経験者の父が娘を入門させた理由が驚き!

土性沙羅の家族は、父・土性則之と、母・土性佑子、姉、弟の5人家族です。父は、高校時代にレスリング部に所属していたそうですから、土性沙羅がレスリングを始めたのは、間違いなく父が引き金でした。ただし、両親は初めからレスリングへの道を考えていたわけではなく、食欲旺盛で、太り始めた土性沙羅を見かねて、「一志ジュニア教室」の門を叩いたのだそうです。

父、母共に細身なほうで、土性沙羅がガッチリしてしまったのは、とても遺伝とは思えません。しかし、幼少期の体重増加がなければ、土性沙羅がレスリングに出会うことはなかったのかもしれないと思うと、運命めいたものを感じてしまいます。姉は現在、結婚して子供もいますが、土性沙羅の弟・蓮は、レスリング道を歩んでいるそうです。弟にとって、土性沙羅の活躍は、この上ない刺激となっていることでしょう。

土性沙羅の歴史的快挙は予備戦スタート!リオオリンピック重量級金が感動的!

土性沙羅のリオオリンピック女子レスリング69kg級への挑戦は、予備戦から始まりました。予備戦とは、出場選手が16人より多い場合、ランキングの低い選手同士を戦わせて、16人に絞るための制度。16人になったところで、ようやく1回戦が始まります。土性沙羅が決勝へと駒を進めたときには、登坂絵莉と、伊調馨の金メダル獲得に沸きましたが、前評判と大きく違えるものではありませんでした。

しかし、予備戦スタートの土性沙羅が、まさか日本女子初の重量級金メダリストとなろうとは、この時点では誰も確信できなかったはずです。実際、その日の対戦相手は、やはり土性沙羅より大きい選手ばかりでした。決勝のナタリア・ボロベアは、ロンドンオリンピック72キロ級金メダリスト。大柄な選手に力及ばず、2ポイント先取されたまま迎えた残り30秒で、奇跡の逆転は起きました。

その時の土性沙羅の技は、吉田沙保里の父・吉田栄勝に鍛え上げられた得意のタックル。多くのメダリストを育てながら、重量級は無冠のまま他界してしまった吉田栄勝へ捧げる最高の金メダルを、土性沙羅が獲得したのです。「よっしゃー!」と雄叫びを上げる土性沙羅の唇には、死闘を物語る血豆が、痛々しく腫れあがっていました。

厳しい練習で青あざだらけになる娘を見て、心を傷めていたという両親は、その傷跡に、誰よりも臆病だった娘の成長過程を重ねたはず。重量級世界女王となった土性沙羅には、追われる日々がやって来ますが、吉田栄勝も認める忍耐強さで、4年後の東京オリンピックへとさらなる成長が期待できそうです。

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