藤田まことの死因は?妻や娘・藤田絵美子、息子の現在は?家族が崩壊していた?!

藤田まことの死因は?妻や娘・藤田絵美子、息子の現在は?家族が崩壊していた?!

藤田まことの死因は?妻や娘・藤田絵美子、息子の現在は?家族が崩壊していた?!

藤田まこと、「必殺仕事人」の死因は?

藤田まことといえば、「必殺仕事人」などで知られた国民的俳優。2010年2月、藤田まことは、惜しまれつつも大動脈瘤破裂で亡くなりました。2008年に食道癌が発見されてからは、弱りゆく体に鞭打つ毎日だったそうです。

しかし、藤田まことが仕事への情熱を失うことはありませんでした。有名なヘビースモーカーだったという藤田まこと。長年にわたる喫煙も、発病の一因ではないかと言われています。

藤田まことの妻や娘・藤田絵美子、息子の現在は?家族が崩壊していたとは本当?

藤田まことは、病気に加え、長きに渡り借金に振り回されてきました。30億円に膨れ上がった負債を抱え、返済のために病を押して働いていたのだとか。始まりは、妻の飲食店出店。好景気に乗じて店舗を次々と増やし、最盛期には、大阪・北新地まで商売の手を広げ、部屋数が20もある豪邸に住まうほどでしたが、バブル崩壊とともに経営が傾き、多額の借金だけが残りました。

世間は、莫大な借金を作った妻を責めたてました。しかし、仕事にかまけ家庭を顧みなかったことを悔いて、借金を自らが背負い、家族と手を携えて歩む道を選んだ藤田まこと。還暦を過ぎてからは、妻や息子、娘家族ら6人で同居し、ハワイに住む次女・藤田絵美子親子に会いに行くことを励みに仕事に勤しみました。

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そして父の死から1年……藤田まことの息子は覚せい剤取締法違反で逮捕されます。藤田まことの死で、家族を繋いでいた絆が切れてしまったのでしょうか?

藤田まことの「必殺仕事人」の魅力にせまる!東山紀之は第二の中村主水になれるか!

藤田まことの「必殺仕事人」、愛され続けた魅力とは

藤田まこと無しでは、「必殺仕事人」は語れません。「必殺仕事人」シリーズは1985年の「必殺仕置人」から始まりました。仕置人の脇役としてデビューした藤田まこと演じる中村主水は、職場では昼行灯と呼ばれ、自宅では婿養子という肩身の狭い立場。

ヒーローとはほど遠いキャラクターが世の人気を博し、15年もの間、愛され続けてきました。中村主水の格好悪くも憎めない人柄は、敷居が高い時代劇のファン層を広げることに大成功。勧善懲悪とはいえ、詰まるところは暗殺者というダークヒーローなのに、中村主水にはつい笑ってしまう、これが中村主水最大の魅力です。

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藤田まことの「必殺仕事人」を受け継いだ東山紀之は第二の中村主水になれるか!

藤田まことの演じた中村主水は、2007年の特番「必殺仕事人」で次の世代へとバトンを渡しました。
それが、東山紀之が演じる渡辺小五郎。南町奉行所の同心で、中村主水と同じく婿養子ですが、嫁からも姑からも敬われて、妻から持たされる豪華な弁当が悩みの種という、中村主水からしたらなんとも贅沢な男です。東山紀之の「必殺仕事人」シリーズは、特番でスタートし、連続ドラマで回を重ねているので、ゆくゆくは第二の中村主水として認知されるようになるのでしょう。

藤田まことの人生は山あり谷あり!金のために仕事に明け暮れた最期はみじめ?

藤田まことを「テレビが生んだ最大のタレント」と形容したのは、仕事人シリーズで共演した火野正平です。母と兄弟を早くに亡くし、家庭を顧みない父親と2人きり残された藤田まこと。頼れるのは自分だけと覚悟を決め、コメディ俳優として、テレビの世界に身を投じました。一躍スターダムにのし上がりましたが、人気は水物。あっという間に転がり落ち、元のつつましい生活へと戻らざるをえなくなったときもありました。

しかし、1973年に出会った「必殺仕事人」でが、以後20年も続くライフワークに。共演者のセリフまで覚えるほど台本を読み込み、納得がいかなかったシーンは、ビデオで何度も見返すなど、藤田まことは、仕事に対しては妥協がなく、努力を怠りませんでした。一方で、藤田まことは大変な酒好きとしても有名で、「芸人は派手に遊ぶべし」という信念のもと、大いに遊び大いに散財します。藤田まことの妻は、その穴を埋めようと、商売に手を出したともいわれています。

妻の借金が発覚したのち、藤田まこと一家は、部屋数20部屋の大豪邸から4LDKの賃貸マンションへと移り住みました。芸人を格別なものとし家族を犠牲にしてきたために借金を背負うことになった藤田まことは、借金返済のために芸を売ることで、はじめて家族と一丸になれたのです。晩年は、金の無心をされるのを嫌い、藤田まことの元に寄りつく者はなかったともいわれています。

しかし、藤田まことの死に際しては、お別れをしたいと願う役者仲間が後を絶たず、「藤田まことを偲ぶ会」には600人もの人々が駆けつけ故人との別れを惜しみました。「テレビが生んだ最大のタレント」でありながら、手狭な借家で家族に囲まれ慎ましい終焉を迎えることになった藤田まことの人生……昭和から平成の時代まで、お茶の間に変わらず愛され続け、役者仲間に惜しまれたいい人生だったのではないでしょうか。

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