福永祐一の嫁・松尾翠の評判は?日本ダービーを勝てない理由!

福永祐一の嫁・松尾翠の評判は?日本ダービーを勝てない理由!出典:http://keiba-lab.com

福永祐一の嫁・松尾翠の評判は?日本ダービーを勝てない理由!

福永祐一が嫁・松尾翠と結婚した途端に落ち目騎手に!?

福永祐一は、日本競馬界を牽引するトップ騎手としてもてはやされる中、2013年に、嫁・松尾翠と結婚しました。一流騎手と、元フジテレビのアナウンサーという人気者同士の結婚は、実に華々しく、誰もが羨んだものですが、ここにきて松尾翠のサゲマン説が浮上しています。

2013年の福永祐一は、最多勝利、最多勝金獲得騎手として、その年に最も輝いたJRA騎手に贈られるMVJを受賞する活躍を見せました。ところが、結婚翌年の2014年は、前年より勝利数を落としており、2015年はリーディングジョッキー(最多勝数騎手)まっしぐらかと思いきや、落馬事故による負傷で長期休養を余儀なくされています。福永祐一はイケメン騎手と呼ばれ、若い頃から、タレントやグラビアアイドルとのスキャンダルも数知れず。

一方の松尾翠は、学生時代、不倫相手にメールで離婚を迫り、家庭を壊したという逸話の持ち主です。そんな2人の出会いは、騎手と女子アナの合コンだったといわれており、福永祐一の成績が落ちると、「結婚で浮足立ってしまったのでは?」と見られてしまいがちです。

福永祐一は日本ダービーで平静さを欠き過ぎた!プレッシャーに弱い性格なの?

福永祐一は、勝利数、勝率こそトップを走り続けていますが、日本ダービー(東京優駿)での優勝歴はありません。東京競馬場で行われる日本ダービーは、中央競馬の3歳牡馬限定GⅠレースで、皐月賞、菊花賞と並んで、クラシック三冠競走と呼ばれています。

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競馬の祭典とも呼ばれる注目のレースを獲ることは、騎手にとって非常に名誉なことであると同時に、騎乗馬が”ダービー馬”になり得る一生に一度のチャンス。1996年のデビュー当初のキングヘイローに始まり、福永祐一は、人気の高い素質馬に騎乗し続けてきた経緯があったため、勝てないことへの焦りを年々募らせていたのでしょう。

レース前には異常なほどに気負いを見せるわりに、レースでは守りに入ってしまうなど、不安定さは一目瞭然でした。デビュー年には最多勝利新人騎手も選ばれ、以来、一流騎手の名をほしいままにしてきた福永祐一ですが、意外なことに、牡馬クラシック三冠での勝利は、エピファネイアに騎乗した2013年の菊花賞が初めて。ここまで勝てないということは、力み以上に、ここ一番で発揮できない”持ってなさ”も理由として挙げられるかもしれません。

福永祐一に対する競馬ファンの反応!発言が嫌われがち?

福永祐一を”コネ永”と呼ぶ競馬ファン!下手なのに父親の威光で一流騎手に?

福永祐一は、競馬ファンの間では、”コネ永”という、あまり喜ばしくない愛称が横行しています。デビュー以来、素質馬ばかりを乗り渡り、勝利数を稼いできた福永祐一ですが、肝心の重賞レースでは2着か3着、それ以下に甘んじてしまうことは珍しくありませんでした。しかも、福永祐一が勝つことができなかった馬が、彼が下りた途端にGⅠを制すことも頻繁に起こっています。

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元騎手・藤田伸二が、自著の中で、福永祐一の騎乗技術の欠点をあげつらったこともあり、競馬ファンの間では、”福永祐一は下手”という認識が一般的のようです。それにもかかわらず、素質馬に乗り続けられる福永祐一は、かつて天才ジョッキーとして名を馳せた、福永洋一元騎手の息子です。「きっと偉大な父親のコネに違いない」との世論に対し、最近の福永祐一は、「長く騎手をやってきて、今さらコネはない」と語っています。

しかし、確かにデビュー当時は父親の恩恵があったそうで、”強い馬に乗っていたから勝てていた騎手”という過去の汚名は、どうしても付きまといます。

福永祐一のビッグマウス発言にアンチ増も武豊を超えるための強がりだった?

福永祐一は、自信満々のビッグマウス発言のわりに、レースになった途端に、消極的な姿勢が目立つため、非常にアンチが多いようです。例えば、圧倒的人気のエピファネイアと、その母・シーザリオについて、「これまでの自分の騎乗成績は8戦8勝」と強気発言で臨んだ2013年の皐月賞では、あっさり敗戦。同年、菊花賞を獲りはしましたが、エピネファイアに素質馬以上の勝ちを付加する活躍はできませんでした。

ところが、このエピネファイアは、福永祐一から外国人騎手に乗り替わった途端に、最高レベルのGⅠレース・ジャパンカップを制覇してしまいます。この時、別の馬に騎乗して惨敗を喫した福永祐一は、レース後のインタビューで、「俺がエピネファイアに乗っていても、勝ってるんちゃう?」と発言し、さらにアンチを急増させました。

しかし、こうしたビッグマウス発言の裏側には、天才・武豊を超えたいとの思いがあったのだといいます。武豊が2008年の落馬事故から、ようやく復帰を遂げた2010年のこと。親友の俳優・伊藤英明と市川海老蔵から、「武豊がいない時に、お前が一番でなくては!」と叱咤され、自分ならやれると強く思い込むために、あえて強気の発言を繰り返すようになったそうです。

福永祐一と嫁・松尾翠が「徹子の部屋」出演!JRA通算勝利数歴代8位の真価とは?

福永祐一と嫁・松尾翠が、2016年10月27日の「徹子の部屋」に揃って出演しました。福永祐一は、今年に入って、松尾翠の所属事務所・ホリプロとマネジメント契約を結び、プチ芸能活動に乗り出しています。10月2日のGⅠレース・スプリンターSで、圧倒的1番人気のビッグアーサーを惨敗させているだけに、そんなことをやっている場合ではないのでは?と言われかねません。

しかし、10月16日のGⅠレース・秋華賞を、3番人気のヴィブロスで制覇し、牡馬では徹底的に弱い福永祐一ですが、牝馬限定GⅠレースでは、完全制覇まで、残すところ春のヴィクトリアマイルのみとしています。これで、JRA通算勝利数では、藤田伸二元騎手を抜いて史上8位に名乗りを上げた……というと、「強い馬に乗ってきたからだよね?」と反論が起こりそうなものですが、良血統に生まれ、素質馬に乗り続けるプレッシャーは、並大抵のものではなかったでしょう。

「徹子の部屋」でも語っていましたが、1998年の日本ダービーで、1番人気のキングヘイローに騎乗しながら、極度の緊張のせいで14着に沈んだ経験は、福永祐一にとって最も忘れられないレースとなりました。その呪縛からまだ逃れていないようですが、実は、レース前には芝の下見を入念に行うなど、努力に努力を重ねてきた真面目な人格である福永祐一。やはり、コネクションだけでは、ここまでの勝利数をあげることはできません。

また、藤田伸二元騎手から指摘があったように、身体の柔軟性に欠けていることから、落馬が多いのも福永祐一が下手といわれるゆえんです。しかし、30歳で落馬引退した父親・福永洋一もまだリハビリ中で、障害レースの騎手だった母親の弟も、落馬事故で脳挫傷を負い、今も後遺症に苦しんでいます。

それでも騎乗し続けることには、相当の勇気も要するはずですから、決して半端な気持ちではないはずです。今年で40歳となる福永祐一は、これまでのように素質馬に騎乗する機会は減っていくでしょう。そんな中で、日本ダービー、有馬記念、日本競馬界の悲願であるフランスの凱旋門賞を獲った日には、”コネ永”の汚名を口にする者はいなくなるかもしれません。

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