萩本欽一 認知症予防で4月から駒沢大学1年生!

萩本欽一 認知症予防で4月から駒沢大学1年生!

欽ちゃん(萩本欽一)が認知症予防のために2015年4月から大学生に!!

認知症予防の為に大学受験を決意!?社会人入試制度で見事ストレートで合格しました。
欽ちゃんが駒沢大学生になったんですね。

2015年2月27日にタレントの萩本欽一さん(73歳)は駒沢大学の仏教学部に合格しました。
本格的に大学の学業を学びたい社会人を対象とした社会人入試制度で受験をしたんです。

昨年3月の明治座公演で軽演劇を引退した欽ちゃん。
認知症を予防するには、頭を使って記憶するのが良いのでは・・・と、引退後の4月に大学受験を決めたそうです。

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欽ちゃん、1日10数時間も勉強することもあったそうです。さすがですね。
社会人入試制度での受験科目は、小論文(1200文字以内)、英語Ⅰ(辞書使用可)、面接口試。
見事合格を果たしました。

欽ちゃん(萩本欽一)は駒沢大学に入学したら「野球部に入りたい!」

「授業も休まず行く。学校に迷惑を掛けない学生でいたいけど、今までにない生徒になり
たい。」と抱負を語っていました。

もちろん、仕事も続けながらの二足のわらじになりそうです。
「野球部に入りたい!」「神宮球場を満員にしたい。」「お笑いコーチになりたい。」
大学生活に向けての“夢”が膨らんでいます。

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欽ちゃん(萩本欽一)は、なぜ?駒沢大学を受験したの?

欽ちゃん(萩本欽一)が駒沢大学を受験したのは、
親交のあるプロ野球監督、仲畑清DeNA監督の出身校であることと、約10年前に仲畑監督とともに講演に招かれたことがあることからだそうです。

欽ちゃん(萩本欽一)は、2005年に社会人硬式野球チーム「茨城ゴールデンゴールズ」を創設。

初代監督として話題になりました。
2010年に監督を引退。二代目監督は片岡安祐美さんです。
駒沢大学野球部の練習風景に欽ちゃんの姿を見つけることが出来そうですね!?

欽ちゃん(萩本欽一)は芸能生活50年!!愛されるキャラクター

「欽ちゃん」の愛称で人気者ですね。
「欽ちゃん」といえば、子どもからお年寄りまで不動の人気を誇りますが、やはりそこにたどり着くまでには色々苦労があったようです。

幼少期は父親がやっていた「カメラ屋」が順調で裕福に過ごしていましたが、中学時代から事業が傾き始め一転「極貧」へと転落してしまいます。
学校を辞めて働こうとしますが「欽ちゃん」は、「きちんと学校を卒業してからでも遅くない」と助言してくれる先輩に恵まれます。

高校を卒業してから浅草の「東洋劇場」に入り修行時代を過ごします。

今ではまるで想像もつきませんが、上がり症でセリフも満足にいえず「やめた方がいい」と言われるほど。
でも、ここでも「先輩」たちの暖かい励ましと助言に支えられて欽ちゃん(萩本欽一)は人気者へと成長していきます。

「先輩」に恵まれた欽ちゃんですが、恵まれる素質があったんでしょうね。
浅草時代の恩人の一人でもある東八郎さんには「大恩」があると言っていました。
東さんが亡くなった後に息子の東MAXさんへ欽ちゃんの「恩返し」が「恵まれる素質」の
一つなのかもしれません。

欽ちゃん(萩本欽一)の次郎さんとの出会いと「コント55号」結成

欽ちゃんと次郎さんの「はじまり」は決して好印象ではなかったようです。
お互いのプロ意識と負けん気で「相手よりも自分が・・・」という対象だったので、
のちにコンビとして組んだ時にも「すんなり」よりも「一回限り」のつもりだったと後に明かしています。

それでも一緒に時代を走った「戦友」は欽ちゃんにとって「大事な人」で、東日本大震災の1日前に亡くなった次郎さんの葬儀には
震災後の混乱期にもかかわらず駆けつけて男泣きしたそうです。

欽ちゃん(萩本欽一)の次郎さんは1966年に「コント55号」結成

結成する2年前に当時読売巨人軍の王貞治選手が年間55号ホームラン記録を樹立したのにあやかって
「お笑い界のホームラン王」を目指して「コント55号」になりました。

「お笑いのホームラン王」として活躍していましたが、コンビとしてよりも単独での仕事が増えてきた1970年代後半に
それぞれに活躍の場を・・・と単独での活動に重点を置くようになり、坂上次郎さんは「俳優」として活躍していきます。

欽ちゃん(萩本欽一)は視聴率100%男!?

一方の欽ちゃんは1975年フジテレビの「欽ちゃんのどんとやってみよう」から1976年テレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの!?」で最高視聴率42%を記録。
1981年フジテレビ「欽ドン!良い子悪い子普通の子」は38.8%と高視聴率をとり、《視聴率100%男》と呼ばれるようになります。

欽ちゃんの黄金期かと思いきや1985年には「充電」と称して当時のレギュラー番組を全て降板(よって番組も全て打ち切り)しましたが、
日本テレビの「欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞」の司会だけはずっと続けています。

「先輩」に恵まれた欽ちゃんは、「同期」や「後輩」へも「先輩」から受け継いだ「いろんな贈り物」をしていて
「今あるのは欽ちゃんのおかげ」という芸人さんは少なくありません。

欽ちゃん(萩本欽一)の育った東京都台東区の【浅草公園六区】

浅草公園六区東京都台東区浅草にある日本の歓楽街です。

明治から昭和の娯楽の中心地でしたが、昭和39年(1964年)東京オリンピック以降から娯楽の中心がテレビへと移り、娯楽施設が次々と閉館となりました。
2014年複合型エンターテイメント施設が開業し【浅草公園六区】の復活の兆しが見えてきました。

渥美清・萩本欽一・ビートたけしを輩出した「浅草東洋館」は今も健在で、現在も演芸興行を行い、
月末には独自で若手芸人主体の「お笑いライブ」が開催されています。

「未来の大物お笑い芸人」を発掘しに足を運んでみるのも楽しそうです。

欽ちゃん(萩本欽一)の育った東京都台東区の「浅草寺」

浅草に行ったら「浅草寺」にお詣りに行きたくなります。
お参りに行ったら小腹がすくので「オススメグルメ」が知りたくなりますね。

昭和の大スターたちに思いを馳せて来たので思いっきり「昭和」に浸ってみてはいかがでしょう?

喫茶・洋菓子の「アンヂェラ」

外観もメニューも昔懐かし昭和な雰囲気満載です。

「ダッチコーヒー」発祥の店

お湯ではなく、水で抽出するコーヒーです。

ケーキはバタークリームのケーキ。

コーヒー 550円

梅ダッチコーヒー(アイス)720円

レモンケーキ380円

サザリン380円

場所は東武伊勢崎線 浅草駅から徒歩4分、東京メトロ銀座線 浅草駅6番出口から徒歩3分です。

椅子やテーブルは小ぶりですが、団体でくるお客さんもいるそうです。

新しくなった【浅草公園六区】や【スカイツリー】をレトロな喫茶店から眺めるのも良さそうではありませんか?

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