林マヤがパリコレモデルから借金地獄へ陥ったワケ!

林マヤがパリコレモデルから借金地獄へ陥ったワケ!出典:http://rock73.com

林マヤのパリコレモデル時代!本名やプロフィールは?

林マヤはパリコレモデルだった!「マリ・クレール」登場は日本人モデル初の快挙

林マヤは、元ファッションモデルのタレントです。現在は、ぶっちゃけトークでも人気を集めています。友人の紹介でモデルを始めた林マヤですが、可愛いというよりは個性的だったため、国内での需要がありませんでした。林マヤがモデル撮影会に出向いても、アマチュアカメラマンすら集まらず、コーヒーを飲んで帰ってくる毎日で、日本でのモデル活動に限界を感じたそうです。

そこで、大好きなパンクファッションの本場であるロンドンへ出向くことを決意しました。日本を飛び出した林マヤは、経由地だったパリでスカウトされ、日本人として初めてファッション誌「マリ・クレール」フランス版に登場することに。それをきっかけに、パリコレへも出演するなど、トップモデルの道を駆け上がっていきました。

林マヤの本名は?厳しいモデル生活で病気になった経験も

林マヤの本名は、大内理枝(おおうちりえ)と言います。もう還暦という年代ですが、身長171センチのスラリとした姿は、さすがは元パリコレモデルです。長野県上田市出身で、高校卒業後に就職のために上京しましたが、社員寮の門限破りが止められず、わずか2週間で会社を辞めることになりました。

その後は、風呂なしアパートに住みながら、アルバイト生活を送ります。そして、高校時代の友人から紹介されたモデル事務所に入り、売れない時代を数年間過ごしますが、日本を飛び出してパリコレモデルとして活躍。雑誌「anan」で活躍していた林マヤの姿をご記憶の方も多いことでしょう。

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とはいえ、華やかなだけではないモデル生活。林マヤは、体型を維持するために過激な食事制限を実行し、健康を害したこともあったと言います。体調を回復させる過程で食生活の改善を考え、農業に出会った林マヤは、2009年に茨城県に移住。現在は、タレント活動と並行して、自ら野菜を栽培する農業生活を送っています。

林マヤが借金地獄に陥った理由!夫・笛風呂タオスとの現在は?

林マヤが1億円の借金を背負った理由とは?

林マヤは、モデル人気がピークだった1991年に、ジャズアルバム「MAYA」を発売しています。さらに、「ビジュアルミュージッククリエイター」を名乗り、自らのプロモーションビデオ制作や、ライブの開催を企画。20カ所近くの会場でライブを行った際には、スタッフへの給料だけでなく、アメリカまで衣装を買い付けに行くなど、自腹でかなりの散財もしました。モデル業と同様、歌手としても成功を果たせればよかったのですが、こちらは大失敗。

それでも、パリコレ時代に身に付いた金銭感覚のままに生活を続けていたため、1億円もの借金を抱えてしまうことになりました。当時は、「この世から逃げてしまいたい」と、自殺も考えるところまで追いつめられたと明かしています。その後、アルバイト三昧の返済生活を続けた結果、1億円あった借金は完済。「あの時の失敗があるから今がある」と語れるまでになりました。

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林マヤと夫・笛風呂タオスは移住して農業を実践中?!

林マヤは1986年、トップモデルとして活躍している時に、最初の結婚をしています。その後、離婚し、プロのカメラマンで野菜文化研究家でもある笛風呂タオスと再婚しました。林マヤが、笛風呂タオスと出会ったのは、1991年に音楽活動を始めた頃のこと。自身のプロデューサー兼マネージャーだったと言います。当然、1億円の借金地獄も共に潜り抜け、「自殺しよう」と富士山に向かい、「生きよう」という気持ちを取り戻したときにも2人は一緒にいました。

壮絶な毎日を経て2人がたどり着いたのは、何かとストレスの多い都会から離れた田舎暮らしです。借金完済のめどがつき、林マヤと笛風呂タオスの年齢が合わせて100歳になった2009年に、茨城県守谷に移住。現在は、休耕農地をオーガニック菜園に再生して、珍しい野菜を栽培中で、自然に即した野菜作りについての情報発信も行っています。

林マヤの過激なプライベート!夫婦喧嘩で肋骨を骨折?!

現在は、主にバラエティ番組で見かけることが多い林マヤ。さすがはモデルで、いつ見ても、年齢を感じさせないセンスの良い装いをしています。しかし、トークの内容が過激すぎて注目を集めることもしばしばです。日本テレビのバラエティ番組「行列のできる法律相談所3時間SP」に、夫である笛風呂タオスと一緒に出演したときには、壮絶な私生活について明かして視聴者を驚かせました。

夫婦喧嘩になって、林マヤがドロップキックをかましたところ、笛風呂タオスは12針を縫う大けがを負い、着地に失敗した本人も助骨2本を折る大けがを負ったとか。激しい夫婦喧嘩の話題に限らず、学生時代はスケバンだったことや、1億円を抱えた借金地獄についても包み隠さず話す林マヤ。

ここまで自分をオープンにできるのは、多額の借金を作ってしまった責任をしっかり受け止め、どん底を味わいながらも、逃げることなく立ち向かってきた人生に自信があるからなのかもしれません。破天荒な話題ばかりに目が生きがちですが、実は地に足をしっかりつけて生きている林マヤが発信するコメントには、学ぶべきことも多いのではないでしょうか。

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