陽月華と大和悠河の宝塚歌劇団宙組トップコンビ時代!退団理由は?

陽月華と大和悠河の宝塚歌劇団宙組トップコンビ時代!退団理由は?出典:http://topicstrendy.com

陽月華と大和悠河の宝塚歌劇団宙組トップコンビ時代!退団理由は?

陽月華が宝塚歌劇団宙組のトップコンビだった大和悠河と一緒に退団した理由とは?

陽月華(ひづきはな)は、元宝塚歌劇団宙組トップ娘役を務め、現在は女優として活動しています。宝塚歌劇団入団後の相手役は柚希礼音が多かった陽月華ですが、2007年に宙組トップ男優になった大和悠河の相手役として、娘役のトップに就任しました。

ところが、2年後となる2009年、陽月華と大和悠河は、ファンから惜しまれつつ、宝塚をそろって退団します。2人で一緒に退団するいわゆる「添い遂げ退団」については、過去の宝塚においても珍しいことではありません。少し昔になりますが、男役トップの大スターだった大地真央が退団した際に相手役だった黒木瞳も後を追うように退団しました。固い信頼関係で結ばれている男役娘役にとって、お互いの存在は2人あってこそなのでしょう。

しかし、陽月華の場合、それに加えて、「歌唱力に自信が持てなかった」という理由もあったようです。いかにトップと言えど、芝居・ダンス・歌唱力と三拍子揃ったタカラジェンヌはなかなかいません。誰しも得手不得手があるようですから、その辺りの事情もあったのではないでしょうか。

陽月華が宝塚歌劇団星組時代に演じた男役のようにカッコよかったアンドレ

陽月華は、宝塚歌劇団において娘役でした。今や大御所の風格さえ漂う天海祐希をはじめ、大地真央や真矢ミキなど宝塚出身者で芸能界でも活躍している女優は男役がほとんどで、娘役出身で有名になっているといえば、黒木瞳や壇れいくらいではないでしょうか。実際、娘役出身者は退団後に結婚することも多いそうです。

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そんな中、2000年に宝塚に入団し、2007年に宙組娘役トップに就任した陽月華は、2009年に宝塚退団後も、スペースクラフトに所属し、女優として、舞台「ULTRA PURE」(2010)でヒロインを演じたり、人気番組「相棒」(Season10・12)に出演したりと、地道ながらも、芸能界でのキャリアを積み重ねています。

端正な顔立ちから「男役でもよかったのでは?」との声もありますが、身長があまり高くなかったので娘役になったようです。それでも星組時代には「ベルサイユのばら2001」で主人公オスカルの相手役であるアンドレの少年時代を華やかに演じ、ファンから「娘役としてはカッコよすぎる!」と大きな声援を浴びました。

陽月華に結婚や整形の噂!?身長体重、本名やプロフィールは?

陽月華は結婚しているの?鼻を整形しているって噂は本当?

陽月華は、舞台や映画、テレビドラマに数多く出演し、「吉田羊に似ている!」と話題になっていますが、その清楚な容貌から「整形しているのでは?」との噂もあるようです。特に、鼻筋が綺麗に通っていることから「鼻を整形しているのでは?」とネット上で話題になっています。

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しかし、陽月華の整形疑惑に関しては「単なる噂」と考えてよさそう。宝塚の舞台化粧は煌びやかですし、目元や鼻筋を誇張する派手なメイクを施します。どうやら宝塚時代の写真がネットに多く出回ったことから、「整形疑惑」の誤解を招いたようです。

結婚に関しても、今は独身のようで、男性の噂は聞こえてきません。舞台だけでなく、テレビのバラエティ番組に引っ張りだこの陽月華ですから、今は仕事のほうに気持ちが向いているのかも知れませんね。

陽月華の身長体重、本名とプロフィールは?

陽月華の身長は164㎝と男役としては少々小柄ですので、この微妙な身長を考えて娘役になった可能性は高いでしょう。体重は公表してないようですが、モデル並みにスラリとした細身の体型ですので、40キロ台ではないかと推測されます。陽月華の本名は「梅津洋子(うめづようこ)」。とても古風な名前ですよね。普段のニックネームは、本名から「うめ」とか「ようこ」と呼ばれていたようです。

芸名に「華」と付けたのは、本名に「華子」と付ける予定だったから。「陽月」については、誕生日が9月2日ということですから、陰暦10月の異名「陽月(ようげつ)」から来ているのかもしれません。東京都出身で1980年生まれの陽月華は、今年36歳になります。そんな陽月華が宝塚を目指したのは、なんと高校生になってからのことでした。

熱烈なファンだった叔母にチケットを貰って観劇したことがきっかけでハマってしまったのだとか。バレエを習ったのも高校生になってからで、「とにかく宝塚の受験生になることが夢だった」そうです。

陽月華が語る「夢の続き」だった宝塚の舞台で初めて知った「プロとしての厳しさ」とは?

陽月華は、「宝塚の受験生になる!」の一念のもと、努力と信念で、宝塚歌劇団という難関受験を見事合格。厳しい舞台の世界に飛び込んだ後でさえも、「仕事と意識したことはなく、とにかくただ楽しくて、楽しくて……夢の続きでした」と感じていました。

そんな陽月華に、初めてプロとしての自覚が芽生えたのは、ある企業のイメージキャラクターの仕事をした時のこと。人前でポーズを取ったり笑ったりすることが苦手だった陽月華は、「仕事をすることは、苦手なことを克服することなのだ」と実感したといいます。

その後、新人公演で娘役のトップを演じることになり、舞台でのキャリアも順調だった陽月華に思わぬ出来事が待っていました。それは新人公演の大舞台でのこと。当日あまり体調が良くなく、思うように演じられなかった陽月華は、自分の直前に歌った同期の歌唱力の凄さに圧倒されてしまいました。「自分とは実力が違う」そう思い込んでしまった後は、「どう演じたのか記憶がない」と、舞台を演じるのではなく、舞台に呑みこまれてしまう恐怖を味わいます。

「プロとしての厳しさ」を思い知らされた陽月華は、あまりの不甲斐なさに、舞台後2日間泣き続けたそうです。それでも「この失敗をバネに成長するしかない」とひたすら稽古を頑張り続けた陽月華は、2007年宙組娘役トップに就任。2年後に惜しまれつつ退団しますが、今も女優として舞台や映画で幅広く活躍できるのは、この時に味わった「プロとしての厳しさ」の経験があったからこそ、ではないでしょうか。

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