石原裕次郎の死因は川島なお美と同じ肝臓がんだった!?

石原裕次郎の死因は川島なお美と同じ肝臓がんだった!?

石原裕次郎の死因は川島なお美と同じ肝臓がんだった!?

石原裕次郎の死因は、川島なお美と同じ肝臓がん

先日、女優の川島なお美が肝内胆管がんで亡くなったことが話題になりましたが、日本人の死亡理由の第一はがん。川島なお美の他にも、昨年から今年にかけて、やしきたかじん、蟹江敬三、淡路恵子、菅原文太、今井雅之など、数多くのタレントや俳優が、がんでなくなっています。

中でも肝臓がんは、肺がん、胃がんについで、年間70万人以上の人々の命を奪っています。また川島なお美は54歳でしたが、肝臓がんは、50代から60代の中高年が発症しやすく、がんの原因は一様ではありませんが、肝臓がんの場合は第一に過度な飲酒、そしてたばこやストレスに伴う、長年の不規則な生活が影響していると言われています。

川島なお美の場合は、「私の体の血はワインでできている」と言ったほどのワイン好き。ある意味、宿命だったのかもしれません。そしてもう一人。ブランデーグラスを持つ姿が印象に強い、昭和の大スター石原裕次郎もまた、肝細胞がんで亡くなっています。

石原裕次郎 壮絶な闘病とその死

石原裕次郎の場合、晩年はそれまでの暴飲暴食や過度なストレスがたたってか、がんを発症する以前にも、さまざまな病気を患い、入退院を繰り返していました。そして1981年、ついに解離性大動脈瘤に見舞われます。

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大手術に挑んだ石原裕次郎は、見舞い客12,000人、手紙5,000通、花束2,000束、千羽鶴1,000束にも及ぶファンたちの声援を励みに、生還率3%と言われた手術に、奇跡的に成功します。その後、石原裕次郎は、ハワイでしばらく静養していましたが、新たなに肝細胞がんが発覚。治療の甲斐なく、1987年7月17日に亡くなったのです。享年52歳でした。

初石原裕次郎に子供ができなかった本当の理由とは!

石原裕次郎 がん死にまつわる驚愕の噂

石原裕次郎の肝臓がん死に関しては、1つの疑惑があります。それは、解離性大動脈瘤の手術は成功したものの、大量の輸血が原因でC型肝炎を併発し、これががんになってしまったのではないかという説です。

またさらに、石原裕次郎が解離性大動脈瘤を発症したのは、若い時にかかった性病である梅毒が原因ではないかという、とんでもない噂があります。

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石原裕次郎最大のタブー 子供ができなかったわけ

これは、昭和の大スター石原裕次郎にとって、最大のタブーとされる噂です。なぜこのような噂が流れたのでしょうか。太陽族そのままに、颯爽と映画デビューした石原裕次郎は、若さと健康のシンボルであり憧れ。そして愛妻三枝夫人とのオシドリ夫婦ぶりも有名でした。

しかし、一方で太陽族は無軌道な若者たちの代名詞でもありました。石原裕次郎も、デビュー前は相当な放蕩生活だったようですし、デビュー後も、今の芸能人など比べ物にならないスター生活が、石原裕次郎の日常をかなり蝕んでいたと考えられます。つまり、石原裕次郎は若い時に梅毒にかかり、その影響が子供に出ることを恐れ、子供を作らなかったというストーリーです。

しかし、当時でも梅毒は、早期に完全治療すれば、その後性交渉を持ったとしても、相手に病気がうつることはなく、無事に子供も産めたはず。石原裕次郎クラスの大スターなら、それなりの対応はできたでしょうし、今となっては、子供がいなかったというのは、石原裕次郎夫婦に子供の縁がなかったとしか言いようがありません。

石原裕次郎 昭和の大スターに見られる孤高の生き様

不思議ですが、昭和の名だたる俳優は、男優女優に関わらず、独身者が多く、結婚したとしても子供がない人が多いようです。一方、1970代以降の歌手や俳優を含めたタレントと呼ばれる人たちは、それなりに結婚し、子供もできた元アイドルなどは、ママドルなどと呼ばれて芸能界に出続けています。

これもまた、スターという概念が、次代と共に変わってきた証拠ではないでしょうか。昭和の大スターたちを見てみましょう。石原裕次郎と同じく日活のスターだった小林旭は、美空ひばりと結婚しましたが、ふたりの間に子供はできませんでした。そしてもう一人の大スター赤木圭一郎は、不慮の事故で亡くなっています。女優陣はどうでしょうか。

吉永小百合は15歳も年上の岡田太郎氏と結婚しましたが、子供はいません。朝丘ルリ子は石坂浩二と結婚していましたが、高齢になって離婚。彼女も子供はできませんでした。東映では、言わずと知れた高倉健がいます。彼も江利チエミと離婚後は、独身を通し子供はいません。

そして絶世の美女大原麗子も、二度の結婚離婚でも子供はできず、不幸な晩年を迎えています。こうしてみると、昭和の大スターは、今のタレントなど到底及ぶことができない輝かしい栄光を手にした分、人並みの幸せには無縁で、孤高の生き方をせずにはいられなかったのかもしれません。石原裕次郎は、まさにそんな昭和の大スターのひとりだったといえます。

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