石川五右衛門の釜茹での刑が壮絶!子供まで処刑された理由とは?

石川五右衛門の釜茹での刑が壮絶!子供まで処刑された理由とは?出典:http://laughy.jp

石川五右衛門の釜茹での刑が壮絶!子供まで処刑された理由とは?

石川五右衛門が釜茹での刑は史実だった!何が豊臣秀吉の逆鱗に触れたのか?

石川五右衛門は、天下の大泥棒としてゲームやアニメにも登場しますが、安土桃山時代に実在した人物であることが分かっています。そして、石川五右衛門といえば、”五右衛門風呂”の名称の由来にもなった、かの有名な釜茹での刑。現在語り継がれている石川五右衛門の素性は、創作交じりの虚実不明なものが多いですが、1593年8月23日に、石川五右衛門が釜茹での刑に処されたことは、方々の文献で一致しているようです。

石川五右衛門は時の天下人・豊臣秀吉によって、釜茹での刑に処されました。具体的にどんな罪を働いて処刑されたのかは確定していませんが、「石川や、浜の真砂は尽くるとも、世に盗人の種は突くまじ」という石川五右衛門の辞世の句からも、盗みが原因であったと想像されます。しかし、「自分は死んでも泥棒はいなくならない」という辞世の句は確かに悪態が過ぎるものですが、盗みだけで、豊臣秀吉がここまでやったとは信じがたいくらいに釜茹での刑は凄惨を極めるものでした。

石川五右衛門が釜茹でではなく油で揚げられた!?カリスマ恐れて子供もろとも根絶やしに

石川五右衛門が処された釜茹での刑は、文字通りグラグラと煮えたぎる釜の中で煮殺すという陰惨たるものでした。ある説では、釜の中は、湯ではなく油だったともいわれ、”茹で”ではなく、生身の人間を”揚げ”にした可能性も捨てきれません。また、この時には、石川五右衛門の子供も同じ釜で処刑されており、苦しい思いをさせまいと自ら子供を沈め殺した説、熱さのあまり子供を下敷きにした説とさまざまです。

なぜ豊臣秀吉がこれほどの壮絶な処刑を行ったのかは、石川五右衛門が自分の鼻を明かすようなことをしでかしたと考えると合点がいきます。たとえば、石川五右衛門が権力に反抗して盗みをはたらく盗賊で、庶民のカリスマ的存在となっていたなら、反逆罪として極刑に値するものでしょう。そして、豊臣秀吉にとって、子供を含む石川一族もろとも根絶やしにしなければならない理由になります。全く後付けではありますが、かの辞世の句とも内容が合致するようでもあります。

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石川五右衛門の実像は何者?歌舞伎名ゼリフ「絶景かな」の場所はどこ?

石川五右衛門の実像は伊賀流忍者だった?盗みではなく豊臣秀吉暗殺を請け負ったという伝聞も

石川五右衛門は、”盗賊”と記されており、ただならぬ盗みが原因で釜茹での刑に処されたというのが、史実として固いとされています。しかし、実は、石川五右衛門は伊賀流忍者で、百地三太夫の弟子だったという伝説も。百地三太夫の妻と不倫をした挙句に、妾を殺害して逃亡したために、抜け忍びになったともいわれています。それに加え、元忍び者のずば抜けた身体能力を活かして、権力者の屋敷ばかりを狙い、くすねた盗品を貧しい庶民にばらまいていたというヒーローの説も。

豊臣秀吉の居城であった京都伏見城に押し入り、盗みを働こうとして釜茹での刑に処されたという話では、豊臣秀吉の家臣・木村常陸介に豊臣秀吉暗殺を依頼されて、侵入に失敗したからとの説もあります。歌舞伎や狂言で描かれることも多い石川五右衛門。こうした創作物との混同が、実像をより不明瞭にしているといえます。

石川五右衛門の実像は何者?歌舞伎名ゼリフ「絶景かな」の南禅寺は実在しなかった?

石川五右衛門が釜茹での刑に処されてから約180年後の江戸時代。石川五右衛門は、歌舞伎演目「楼門五三桐」で、豊臣秀吉ならぬ真柴久吉という権力者に反抗するヒーローとなって蘇ります。かの有名な「絶景かな、絶景かな。春の宵は値千両とは、小せえ、小せえ」は、”京都・南禅寺”で、真柴久吉に包囲された石川五右衛門が、ゆるりと煙草をふかしながら言うセリフ。楼門上で大見えをきる大泥棒・石川五右衛門と、それを捉えんと下で待ち構える真柴久吉との構図は、民衆の心をグッと掴みます。

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これは史実か単なる伝説か……当時の人々の胸にも、そのようなトキメキがあったことでしょう。しかし、実際に石川五右衛門と真柴久吉こと豊臣秀吉が一騎打ちなど、あまりに現実味を欠く話。しかも南禅寺三門は1467年に焼失しており、再建された時期を考えても、残念ながら石川五右衛門が生きた時代には存在しなかったようです。

石川五右衛門ドラマが市川海老蔵主演で放送決定!「絶景かな」の名シーンは見逃せない!

石川五右衛門の名セリフ「絶景かな、絶景かな」は、たとえ単なる伝説であったとしても、大泥棒と権力者のにらみ合いという粋さに惚れこんでしまうというもの。2016年10月から、テレビ東京系列で放送される時代劇ドラマ「石川五右衛門」では、歌舞伎舞台へ足を運んだことのない人にも、その名シーンにお目にかかるチャンスがやってきます。石川五右衛門を演じるのは、2009年に上演された新作歌舞伎「石川五右衛門」で主演を務めた市川海老蔵。同ドラマは、その歌舞伎作品を映像化したものです。

市川海老蔵は、「絶景かな」の伝説のシーンを、本物の京都南禅寺三門の楼門上でキセル片手にすでに撮影済み。ドラマ「石川五右衛門」の話の大筋としては、天下の大泥棒・石川五右衛門VS天下の権力者・豊臣秀吉という馴染みのある流れで、豊臣秀吉を演じるのは「アウトレイジ」などで注目を浴びた無言の圧力が恐ろしい俳優・國村隼。それに加えて、石川五右衛門と、女優・比嘉愛未が演じる豊臣秀吉の側室・茶々との恋の行く末も見どころです。敵対関係間での恋愛模様が一体どんな様相を見せるのか?多くが謎に包まれた石川五右衛門だけに、より人間らしく描かれるドラマ放送が楽しみですね。

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