和泉元彌が母の反対を押し切って嫁・羽野晶紀を選び現在公私とも順調!娘、息子も狂言の道へ

和泉元彌が母の反対を押し切って嫁・羽野晶紀を選び現在公私とも順調!娘、息子も狂言の道へ出典:https://cybozushiki.cybozu.co.jp

和泉元彌が母・和泉節子とワイドショーを賑わせた過去!結婚した嫁は羽野晶紀!

和泉元彌が母・和泉節子とワイドショーを賑わせた過去!発端は和泉流二十世宗家の襲名

和泉元彌(いずみもとや)は、能楽狂言方和泉流二十世宗家を名乗る狂言師です。2001年のNHK大河ドラマ「北条時宗」に出演したことで一躍有名になりました。その後、いろいろな騒動が明るみに出たことから、ワイドショーも賑わすことに。

騒動の発端は、1995年に父の和泉元秀が亡くなり、和泉元彌が和泉流二十世宗家を襲名した時から始まりました。襲名するための必要な手続きがなされていなかったため、能楽協会や能楽宗家会、和泉流職分会は彼の襲名を認めず、能楽協会から退会処分となり、対立してしまった和泉元彌。「自分たちが正しい」という主張を繰り返し、ついに「和泉流二十世宗家 和泉元彌」の商標登録を出願するに至ります。

しかし、裁判所も「宗家と認められない」という裁定を下し、損害賠償と退会処分取り消しを求めた和泉元彌側の請求を棄却。こうした一連のお家騒動がマスコミに大きく取り上げられたことから、ワイドショーで和泉元彌を見ない日はないという状況になりました。

スキャンダラスなイメージが定着してしまった和泉元彌は、度重なる駐車違反の出頭要請に応じなかったと逮捕されたり、人身事故を起こしたりというトラブルも重なってますますクローズアップされました。公演のドタキャンやダブルブッキングなどドタバタ劇がさらに続くと、マネージャーである母・和泉節子も表に出ることに。

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しかし、彼女の登場で、さらにワイドショーが盛り上がりました。上品な言葉遣いながらも強気で毒舌キャラの和泉節子は、息子を庇おうとして話せば話すほど世間からの批判を集める結果になりました。

和泉元彌と嫁・羽野晶紀のできちゃった婚は、母・和泉節子の反対を押し切るため?

和泉元彌は、2002年1月、女優の羽野晶紀とできちゃった結婚をしています。舞台「ロミオをジュリエット」の共演がきっかけで交際がスタートした2人ですが、かねてから息子が芸能人と結婚することに反対だったという母・和泉節子の存在もあり、結婚にいたるまでにはいろいろ大変なこともあったようです。伝統を重んじる家柄でありながらできちゃった婚になったのも、母の強固な反対姿勢が原因だったのではないかと言われています。

和泉元彌の母と嫁の確執は、結婚当初より以前の交際中からすでにあったとされ、結婚当初からずっと離婚説が囁かれてきました。2007年には、羽野晶紀が子供を連れて実家に戻ったとの別居報道がなされ、いよいよ離婚かと騒がれました。しかしその後は、和泉元彌が羽野晶紀の元に足しげく通う様子が報じられ、いつの間にか別居は解消。お互いのブログでは、平和な家族生活の様子が綴られています。

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和泉元彌の子供・采明と元聖も狂言の道へ!狂言師の野村萬斎との仲は!?

和泉元彌の子供・采明と元聖も狂言の道へ!1歳半から稽古開始!

和泉元彌には子供が2人います。2002年5月に生まれた長女・采明(あやめ)と、2004年7月に生まれた長男・元聖(もときよ)です。男性しか舞台に立つことが許されない歌舞伎の世界とは違い、狂言の世界には男女の制約はありません。そのため、2人の子供たちは、それぞれ1歳半から稽古を始めました。

かなり幼い頃から稽古を始めるのは、狂言の稽古は模倣から始まるものとされ、周りの大人の真似をし始めるこの年頃から始めることが一番良いという「宗家の習わし」があるからだそうです。稽古場では、自らもそうであったように、子供たちには厳しく教えているという和泉元彌。それを受ける子供たちが、どんなに叱っても、頑張って稽古に励んでいるのは、父親の真剣さやその裏にある深い愛情を感じているからでしょう。

和泉元彌と狂言師の野村萬斎との仲は?交流や共演が不可能?!

和泉元彌が名乗る「能楽狂言方和泉流二十世宗家」にある「和泉流」とは、狂言における流派の1つです。京手猿楽を起源としますが、かつて中絶してしまった歴史があり、現在は、狂言共同社、野村派、三宅派に分かれて活動しています。その三派が設立したのが、能楽に関する決め事を合議の上決定している和泉流職分会。和泉流は宗家を置かないことになっているため、勝手に「能楽狂言方和泉流二十世宗家」を名乗ったとされる和泉元彌を宗家として認めない立場です。

三宅派に属する野村万蔵家の家系には、映画やドラマなどでも活躍している野村萬斎がいます。伝統芸能の出身でありながら俳優としても活躍しているという似た経歴を持つ和泉元彌と野村萬斎。過去には、和泉流宗家継承騒動について、「あまりかっこうのいいことではない」と野村萬斎が苦言を呈したこともあり、同世代ながら交流したり共演したりすることはありません。そのためか、「仲が悪い」と言われることもある2人ですが、野村萬斎にしてみれば、和泉流職分会の決定を無視するわけにはいかず、仲が良いとか悪いという以前の問題なのでしょう。

和泉元彌はトラブルや苦難を乗り越え、現在は本業・狂言師一本!

一時は、母親の和泉節子とともにワイドショーを席巻していた和泉元彌ですが、最近はテレビで見かけることもほとんどありません。2005年にはプロレスに挑戦すると言い出すなど、いったいどこへ向かっているのかと思わせることもありました。しかし、周囲の戸惑いはよそに、和泉元彌は今もなお狂言師として活動を続けています。

2017年10月7日には、石川県立能楽堂で開かれた「第5回金沢狂言の会」に出演した和泉元彌。この公演は、江戸時代に加賀藩お抱え狂言師だった名跡・三宅藤九郎を受け継いだ十世三宅藤九郎のお国帰りということで開かれたものです。十世三宅藤九郎とは女性狂言師で、和泉元彌の姉に当たり、この舞台では、和泉元彌の長男・元聖との共演も見られました。和泉流宗家継承騒動で退会を申し渡された和泉元彌は、能楽協会が関連している舞台には立つことはできません。しかし、独自の舞台公演は今も精力的に行っていて、全国各地を飛び回っています。

2017年10月18日には、「和泉流十九世宗家和泉元秀二十三回忌追善公演」が。また、2017年11月26日から始まる大伴家持生誕1300年記念演劇「大伴家持 剣に歌に、夢が翔ぶ!」では、主役の大伴家持を演じます。これまでいろいろ世間を騒がせたこともありましたが、宗家であるか否かはともかく、1人の表現者として自分の芸を表現するスタンスについて決まりはないと言えるでしょう。これからも、狂言師として、己の思う道を自分らしく進み、芸の道を極めて行ってほしいですね。

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