ジョン・レノンが本当に愛した不倫相手はオノ・ヨーコではなかった?!

ジョン・レノンが本当に愛した不倫相手はオノ・ヨーコではなかった?!

ジョン・レノンが本当に愛した不倫相手はオノ・ヨーコではなかった?!

ジョン・レノンの最初の妻が語る、驚愕の事実

ジョン・レノンはデビュー翌年、シンシア・パウエルと結婚。長男ジュリアン・レノンをもうけますが、オノ・ヨーコの登場によって離婚。そして1969年、ジョン・レノンは、オノ・ヨーコと再婚します。

ビートルズの解散は、オノ・ヨーコが原因と言われていますが、ジョン・レノンの女性問題は、さらに複雑であったようです。ジョン・レノンは、オノ・ヨーコと結婚するまでに、イギリスの人気歌手だったアルマ・コーガンとすでに関係があったといいます。アルマが8歳年上、オノ・ヨーコは7歳年上で、ジョン・レノンには複雑な家庭環境で育ったせいかマザーコンプレックス的傾向が強かったと、最初の妻であったシンシア・パウエルが自伝の中で暴露しています。

またジョン・レノンは、性的欲望も強かったようで、オノ・ヨーコはあえて、秘書として雇われていたメイ・パンをジョン・レノンの愛人として公認した上、妻として、ジョン・レノンとの関係性を保っていたと言われています。ある意味、ビートルズを解散してからのジョン・レノンをプロデュースしていたのは、オノ・ヨーコであったのかもしれません。

ジョン・レノンにまつわる女性スキャンダルと死の衝撃

ビートルズのジョン・レノンが、狂信的ファンの凶弾に倒れたのは1980年12月3日。早35年が経とうとしています。ビートルズ自体がすでに音楽の歴史となり、同時代にビートルズを体感した世代も、還暦を過ぎた歳になりました。ビートルズは、1962年にレコードデビューして以来、今ではスタンダードとなった数々の名曲を世に送り出し、世界の若者たちの音楽シーンを塗りかえた伝説的ロックバンドです。1970年解散後は、メンバーそれぞれが独自の道を歩みます。

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しかし、ジョン・レノン、ジョージ・ハリソンはすでに鬼籍入り。リンゴ・スターとポール・マッカートニーが、ソロミュージシャンとして現役で活動を続けています。ビートルズの音楽は、ジョン・レノンとポール・マッカートニーが作ったとされていますが、その主導権や、才能の優劣は、今も評価が分かれるところ。こと人物に関しては、ジョン・レノンは難解な性格の持ち主であり、女性関係でも、スキャンダルと謎に満ちた生涯でした。

ジョン・レノンの死因の真相とは?自らの死を予言していた?!

ジョン・レノンは凶弾に倒れ、伝説となった

ジョン・レノンは、その女性関係だけでなく、その死もまた衝撃的で謎に満ちています。ジョン・レノンは狷介な性格でもありましたが、東洋思想に傾倒し、平和主義者であったことはよく知られています。1979年には、ソビエトがアフガニスタンに侵攻。世界は新たな緊張を迎えていました。

このような世界情勢の中で、ジョン・レノンが説く平和主義は、一ミュージシャンの活動を越えて、大きな意義をもっていたのです。そのジョン・レノンが、狂信的ファンの凶弾に倒れるという衝撃的事件は、当時、平和を願う多くの人々に、さまざまな影響を与えました。犯人の名は、マーク・チャップマン。ジョン・レノンの熱狂的なファンだったとされています。

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しかし、死因となった弾道と、犯人の放った弾道が不一致であったなどから、国家陰謀説が囁かれるなど、今もなお、ジョン・レノンの死には疑問が残されているのです。

ジョン・レノンは、自らの死を予言していた!

ジョン・レノンは、その研ぎ澄まされた感性からか、「自分は40歳以上生きられない」「たぶん頭のおかしいやつにやられてポックリいくだろう」と、若い頃に発言しています。またジョン・レノン最後のアルバム「ダブル・ファンタジー」には、「ヘルプ・ミー・トゥ・ヘルプ・マイセルフ」というバラード曲があります。

「生き続けようとして一生懸命がんばったけれど、どこへ行っても破壊の天使がしつこく追いかけてくる」という歌詞は、自らの死を予言しているよう。ジョン・レノンが、自身の死因に迫ったわけでもないでしょうが、なんとも不気味な符号でした。

逆に、ジョン・レノンの訃報が全世界をかけめぐったとき、もし宇宙人が地球に来ていたら、世界中からジョン・レノンの「イマジン」が聞こえてきて、宇宙人は、地球人は平和を望む種族だと思ったかもしれません。

ジョン・レノンのギターが、3億円で競売!

久しく世間の話題から遠ざかっていたジョン・レノンでしたが、彼が使用し、50年以上行方が分からなくなっていたギターが、11月7日米ロサンゼルスで競売に掛けられ、241万ドル(約3億円)で落札されたというニュースが届きました。虎は死して皮を留めるといいますが、さすがジョン・レノンというところ。バンド結成時から、ジョン・レノンとポール・マッカートニーとは、その高い音楽性において、よき理解者であり、かつライバルであったとようです。

ともすれば、ジョン・レノンが、音楽に政治や哲学を持ち込むのに対して、ポール・マッカートニーは、ただひたすら音楽を楽しむといった傾向があったようで、ジョン・レノンのそういう傾向を位置づけたのが、オノ・ヨーコであったと考えられます。

オノ・ヨーコが登場しなくても、ジョン・レノンの妍介な性格が、やがてはビートルズを解散に導いたでしょうし、またオノ・ヨーコがいなければ、ジョン・レノンは、ラブ&ピースのレジェンドにはなり得なかったでしょう。

しかし、ジョン・レノンが残した平和や反戦、女性をテーマにした数多くの楽曲のメロディの美しさだけではない、強いメッセージ性が、80年代以降の平和活動や、女性解放運動の大きな支えとなったのは事実です。音楽は、剣より強し。

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