香川照之、息子が悲願の歌舞伎役者へ!父・市川猿翁との埋められない溝!

香川照之、息子が悲願の歌舞伎役者へ!父・市川猿翁との埋められない溝!

香川照之、息子が悲願の歌舞伎役者へ!市川猿之助(二代目亀治郎)からのアドバイスとは

香川照之、息子が悲願の歌舞伎役者へ!家庭はボロボロで嫁・香川 智子と娘は……

香川照之は、2011年9月、46歳にして歌舞伎界入りを果たしました。その名も「9代目市川中車」。それと同時に、当時10歳だった香川照之の息子も「5代目市川團子」を襲名し、歌舞伎役者になりました。これには、梨園内部からの批判もあったようですが、45年にわたる父・市川猿翁との確執のせいで叶わなかった、「市川猿之助」の名跡を息子に継がせたいという香川照之の悲願がそこにはあったのです。

しかしながら、嫁・香川智子にとっては「梨園の妻」は青天の霹靂。主婦業の傍ら、勝手の分からない世界で、贔屓筋のあいさつ回りや公演のサポートに追われるという多忙に振り回されます。また、先輩の梨園妻たちの影口に悩まされる日々に、突如として放り込まれてしまいました。

そんな中、子供が大役を務めた「春興鏡獅子」の共演大物役者が、ブログで子供のことを「只の駄馬」と酷評したことに対し、大きなショックを受けた嫁・香川 智子。何も対応しなかった香川照之に強い不信感を覚え、遂に梨園妻拒否宣言をするまでの事態になってしまいました。現在、香川家は、「香川照之と息子」「嫁・香川 智子と娘」と二分されてしまっているそうです。

香川照之、市川猿之助(二代目亀治郎)の関係!アドバイスの内容がキツイ!

香川照之と市川猿之助(二代目亀治郎)は、いとこ同士にあたります。市川猿之助(二代目亀治郎)といえば、NHK大河ドラマ「龍馬伝」などのテレビ出演でも有名。香川照之は、映像の先輩として、市川猿之助(二代目亀治郎の挨拶回りに付き添ったり、サポートしたりする仲だそうです。しかし、いくら香川照之の父が「三代目市川猿之助」だからといって、香川照之の「息子に市川猿之助を継がせたい」というあからさまな態度は、四代目である市川猿之助(二代目亀治郎)にとって愉快ではなさそう。

スポンサーリンク

ところが、実は、市川猿之助(二代目亀治郎)、香川照之が息子と共に歌舞伎界入りを宣言した際に反対していた香川照之の父・市川猿翁を、「自分は結婚する気がなく、いずれ香川照之の息子に明け渡すから、市川猿之助を継がせてほしい」と懐柔させることに成功。また、市川猿之助(二代目亀治郎)は、初の舞台を踏んだ香川照之に「まだ歌舞伎を全く全く分かっていない」と辛辣ともとれる指摘をし、「数をこなすしかない」とアドバイスしたそうです。これは、公私ともに信頼しあった同士だからこそ言える思いやりでしょうね。

香川照之と父・市川猿翁の埋められない溝!藤間紫との確執とは

香川照之と父・市川猿翁の埋められない溝とは?和解のはずが同居解消も……

香川照之は、歌舞伎の名門「澤瀉屋」に生まれ、母は女優の浜木綿子という芸能サラブレッドとして生まれましたが、3歳の時に、父・市川猿翁の浮気によって両親が離婚。そのことで、梨園から断絶されてしまいました。通常、息子は歌舞伎界に残ることができたのですが、母・浜木綿子の恨みがすさまじかったため、香川照之はできるだけ父・市川猿翁の話は避けて暮らしていたのです。悶々とした気持ちを抱えながら25歳になった香川照之。

勇気を出して父・市川猿翁へ会いに行ってみたところ、「息子でも父でもない。二度と会うことはない」と冷たくあしらわれてしまいました。それから2人の確執は修復不可能なものになっていきました。しかし、それ以降も、たびたび香川照之は、父・市川猿翁の舞台を見に行っているのです。2011年の歌舞伎界入りを果たしてからは、父・市川猿翁に教えを乞うために同居も発表しました。確執を超える敬愛の念が、香川照之の中にはあったのでしょうね。しかし、この同居は、父・市川猿翁が息子の質問攻めにストレスを訴えて解消されてしまいます。

スポンサーリンク

香川照之と父・市川猿翁の埋められない溝!藤間紫に翻弄された人生?

父・市川猿翁と母・浜木綿子の関係破綻に巻き込まれただけなのに、なぜ父・市川猿翁は、香川照之に冷淡なのかというと……おそらく浮気相手であった藤間紫を一途に思っていたからでしょう。父・市川猿翁にとって、藤間紫は初恋の相手。しかし、自分の師匠である藤間勘十郎の妻であったために諦めて、浜木綿子と結婚したのです。しかし藤間紫を忘れられず、家を飛び出し彼女と暮らし始めます。

そして藤間紫が他界するまで、50年に渡って互いを支え合い、2000年には入籍も果たしたのです。一方で、自分より15歳も年上の女に旦那をとられた母・浜木綿子の恨みは、息子への教育熱と化し、香川照之は常日頃から「父・市川猿翁や藤間紫より大物になれ」と発破をかけられて育てられました。母の思いを汲んで東京大学に入学し、父に憧れて会いに行けば冷たくあしらわれ……香川照之のこれまでは、全て藤間紫に翻弄されている感じがします。

しかし、2009年の藤間紫の葬儀には、香川照之は親族として参列しています。実はそれまで、藤間紫は香川照之との確執解消のために父・市川猿翁にアドバイスしてくれていたそうで、それが香川照之を歌舞伎界入りへと導いたとも言われているようです。

香川照之「父と息子」への想いとは?新たな家庭不和は修復できる?

香川照之は、46歳にして、長らく隔絶してきた自分のルーツである歌舞伎界に足を踏み入れた、自身の襲名会見で「この船に乗らないわけにいかないんです……」と語りました。140年続いた名家を守りたいという想いはもちろんのこと、父・市川猿翁に捨てられ、母・浜木綿子も女優だったために愛情に飢えて育った香川照之にとって、「父と息子」は憧れ。背中を追って追われる関係であるという強い理想があったのかもしれません。

そんな想いを抱いているにも関わらず、父・市川猿翁が同居を嫌がったのだとしたら切ない話ですが、香川照之に歌舞伎の手ほどきをする時の父・市川猿翁の視線は、決して香川照之を遠ざけるものではありませんでした。そればかりか、脳梗塞後遺症とパーキンソン病で言語や身動きがとれない自分が細かい指導ができないことを嘆き、「歌舞伎の歌、型、心を伝えてやりたいのに……」という心中を明かしています。

これがもっと早くに聞けたならば、香川照之は、一体どんな歌舞伎役者になっていたことでしょう。父から息子へ……それは、香川照之にとって、自身の息子への想いでもあります。しかし、梨園とはあまりにも特殊な世界。元キャビンアテンダントの嫁・香川 智子にとっては、端から理解できるものではありませんし、香川照之と息子の歌舞伎界入りを快く思わない人々の矢面に立つ役を突き付けられて、戸惑ったことでしょう。

父・市川猿翁の関係が懐柔されたと思ったら、嫁・香川智子との夫婦不和の泥沼にはまってしまった香川照之。両方を立てようと心機一転、引っ越しを敢行したそうですが、なかなかうまくいかないようですね。子供たちに同じような寂しい思いをさせないためには、何をどうすれば良いものやら……一般人には到底考えも及ばない世界ですね。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ページ上部へ戻る