キャシー中島の長女・勝野七奈美の壮絶肺がん死!自身が患った病気とは?

キャシー中島の長女・勝野七奈美の壮絶肺がん死!自身が患った病気とは?

2022年4月4日 更新

キャシー中島の長女・勝野七奈美の壮絶肺がん死!自身が患った病気とは?

キャシー中島の長女・勝野七奈美は小細胞肺がんで死去!29歳の壮絶な最期

キャシー中島は、ハワイアンキルトの第一人者として活躍するハワイ出身のタレント。俳優・勝野洋との再婚でもうけた1男2女は、全員芸能界デビューしています。長女・勝野七奈美もまた、19歳からモデル、ジュエリーデザイナー、シンガーソングライターと芸能活動をしてきましたが、29歳という若さで、肺がんによる壮絶な死を遂げました。

勝野七奈美は、亡くなる8カ月前に、ヒップホップダンサー猪田健と結婚した頃には、特に自覚症状はなかったそうです。2009年1月末には、風邪症状を訴え、診療所で”気管支炎”と診断されています。その時の処方薬を持って、キャシー中島の故郷であるハワイ・マウイ島での新婚旅行を楽しんだ勝野七奈美でしたが、帰国後に咳が悪化し、大学病院で診断されたのは肺炎。

抗生物質も全く効かず、別の病院へ検査入院し、肺がんの中でも悪性度が最も高い小細胞がんと宣告されました。手術も適応されることなく、それからわずか4カ月後の2009年7月7日に、入院先の国立がんセンターで、勝野七奈美は亡くなってしまいました。

キャシー中島の消えぬ長女・勝野七奈美への思い!今度は自分が皮膚がんに

キャシー中島は、長女・勝野七奈美の死後、「浮かんでくるのは苦しむ表情だけ」と、その悲痛な思いをブログに綴っています。喉の痛みに呻く勝野七奈美が、最期に口にしたのは、ピオーネ1粒半。もっと早く肺がんを発見できていれば、しかし、手術も追いつかないほど、極めて進行の速い小細胞がんに対して成す術があったのか……。葛藤するキャシー中島は、勝野七奈美が大好きだった、オレンジを基調とするキルト作品「サンシャインガール」を制作することで、前向きな人生を取り戻していきます。

ところが2016年1月、今度は、キャシー中島自身が皮膚がんに侵されていることが発覚。異変を感じて1年半が経っていたことと、部位が右目下だったことから、病院に行くのをためらったそうですが、家族に背中を押されて受診したことで、幸いにも早期に手術切除することができました。深く、大きく切除した傷跡が顔に残されても、「どんなことがあっても、前を向いて生きて行く」と明るく話すキャシー中島。その胸の中には、オレンジを愛した、明るく元気な勝野七奈美が常にいます。

キャシー中島はハワイアンキルト教室展開中!次女・勝野雅奈美の現在は?

キャシー中島のハワイアンキルト教室、キルト展が大人気!モデルからの華麗なる転身

キャシー中島は、現在、銀座、横浜、鎌倉、京都、神戸など8カ所のスタジオを持ち、ハワイアンキルト教室を展開しています。教室には、キャシー中島本人による直接指導、および認定講師による指導を受けるため、全国から、数千人の生徒が集まります。また、毎年全国各地で開催される展示会や、常設の御殿場キルトミュージアムは、観光スポットとしても高い人気。

幼い頃から手芸が好きだったキャシー中島は、ロサンゼルスで出会ったキルト作品に感銘を受け、すぐさま教本を手に取って学び始めたといいます。17歳で、当時はまだ10数名しかいなかったモデルになり、ちやほやされてきたはずのキャシー中島ですが、今では、自ら経営するキルト教室の指導者としてだけではなく、アーティストとして、世界的な権威を誇るように。キャシー中島のキルト教室では、このキャリアアップ術にも学ぶべきことがありそうです。

キャシー中島の次女・勝野雅奈美は現在妊娠中!ハワイアンキルトが繋ぐ家族の絆

キャシー中島の次女・勝野雅奈美は、1982年1月11日生まれの現在34歳。1998年に、長女・勝野七奈美と共に芸能界デビューを果たし、女優だけではなく、フラダンサーとしても活躍中です。なかなか結婚とは縁遠かった勝野雅奈美ですが、ウエディングキルトを制作して待ち望んだキャシー中島の願いかなって、2015年2月8日についに結婚。その後も、フラダンスの海外公演など精力的に活動してきましたが、2016年現在は、第一子妊娠のため休業中です。

勝野雅奈美がハワイのフラダンスに興味を持つようになったのは、ハワイアンキルトに没頭していたキャシー中島の影響でした。また、俳優の長男・勝野洋輔は、パリの刺繍学校に通い、キャシー中島のハワイアンキルト作品とコラボ制作することもしばしば。キャシー中島が熱中してきたハワイアンキルトは、勝野七奈美が肺がんで他界して以降も、家族を繋ぐ固い絆となっていたのです。

キャシー中島「愛を綴るキルト展」絶賛開催中!パワフルな人生に自己プロデュース力あり!

キャシー中島がハワイアンキルト作家になって、2017年で45周年を迎えます。それに先駆け、2016年7月20日~8月1日には、日本橋高島屋で、「キャシー中島~愛を綴るキルト展」を開催。これまでの代表作や、最新作、長男・勝野洋輔の作品を展示すると共に、彼女自身のパワフルな人生を写真や、エッセイなどを紹介しています。1952年2月6日、ハワイ・マウイ島生まれのキャシー中島は、アメリカ軍人の父と日本人の母を持つハーフとして、日本に渡ってからは、例にもれず、好奇の目に晒されました。

思春期になると、派手な身なりで、横浜界隈を遊び回る不良少女に。しかし、街で偶然会ったスタイリストに、「痩せれば売れる、モデルになれる」とスカウトされたのをきっかけに、20kgのダイエットを経て、モデルデビューを果たします。キャシー中島が、突出した自己プロデュース能力を発揮するのはここから。モデル事務所の電話番をして、「かわいい子がいる」と、自らを売り込み、たちまち人気モデルとなりました。

実はキャシー中島には、19歳の時に、モデル仲間との結婚を、短期間で破たんさせてしまった過去がありました。テレビで見かけた現夫・勝野洋に、「こんな真面目な人と結婚したい!」とターゲットを絞ると、知人に出没スポットをリサーチ。偶然を装って、運命を感じさせ、交際に漕ぎつけてから、1カ月で婚約発表させているのです。

まだ日本では一般的ではなかったハワイアンキルトにおいても、スケジュール調整がつかなかった勝野洋の代役として出演した「笑っていいとも」のテレフォンショッキングで徹底アピールし、それが今日の大成功の一端となりました。今もなお、常に前向きな姿勢を忘れないキャシー中島。若くして亡くなった長女・勝野七奈美にとっても、誇り高い母親でしょう。

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