桂ざこばのうつ病やアル中で番組降板も!大げんかの過去がすごい!

桂ざこばのうつ病やアル中で番組降板も!大げんかの過去がすごい!

桂ざこばのうつ病やアル中で番組降板、大げんかの過去がすごい!

桂ざこばが、酒や喧嘩、博打に明け暮れても大阪人に愛され続ける理由

桂ざこば師匠は、上方落語の重鎮。喚く、ごねる、すねる、ぐずる、最後は泣き叫ぶ。しかし、その全てがガチンコ。庶民の本音を包み隠さずさらけ出すのが、桂ざこば師匠の真骨頂です。桂ざこばは、その強烈なキャラクターで、「動物いじめ」などという独自のネタを編み出し、テレビタレントの道を歩み始めました。

まだ大阪弁がめずらしい時代、東京の全国放送のリポーターにも抜擢されますが、ディレクターと衝突して降板。以後も、番組でもめたり、スタッフとの大げんかは日常茶飯事。その怒りキャラがかえって面白がられ、桂ざこばの仕事は増えていきました。しかし本人は、感情のコントロールがなかなかできず、酒によるアル中や博打、喧嘩に明け暮れ、34歳では、とうとううつ病となり、1年間の休業を余儀なくされます。

病気が収まっても、桂ざこばの多情多恨な性格は相変わらずで、たびたび問題を起こしますが、その不器用で一途なキャラクターがかえって大阪人に愛され続けることになります。実は、やしきたかじんとも、ささいなことで大げんかとなり、数年間絶交していました。その後、仲直りを経て、親友として深く付き合うようになったようです。

桂ざこばは、桂米朝門下の破天荒芸人

桂ざこばは、大阪の人々にとって、隣のうるさいけど気のええおっちゃのような存在。その真価が発揮されるのは、今は亡きやしきたかじんが作った、読売テレビの辛口トークバラエティ「そこまで言って委員会NP」における発言でしょう。かなり右寄りの硬派コメンテーターが多い中、桂ざこばの存在は際だっています。

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大阪人特有の気質である「ごちゃごちゃ能書きはええから、ほんまのとこはどうやねん?」と、硬派論客を唸らせる、桂ざこば師匠の極めて健全な庶民的疑問・直言が、視聴者の大きな共感を得ています。桂ざこばは、1947年生まれの68歳。小学校2年の時、両親が離婚。その三カ月後、桂ざこばを引き取った警察官の父が自殺してしまいます。孤独な幼少期を過ごしました。中学に入り、桂ざこばの孤独を慰めたのは、寄席通い。

そこで先日亡くなった人間国宝、桂米朝の落語を聞いて感激し、中学生ながら桂米朝を訪ね、何度も弟子入りを申し込みます。米朝師匠は、せめて高校だけでも出ておけとアドバイスしましたが、学校の成績も散々だった桂ざこばは、結局高校へ進学せず、桂米朝の内弟子に。以後、桂ざこばは、米朝師匠を実の父のように慕い、落語に精進しますが、米朝師匠が演じる正統派の古典落語を身に付けることは、なかなかできませんでした。

桂ざこばの娘・関口まいの結婚と離婚や現在は?子供はいるの?

桂ざこば唯一の泣き所は、娘の関口まい

桂ざこばの頑迷な性格は、家庭でもいかんなく発揮されます。子供は、女の子2人を授かり、長女はすでに一般人と結婚して、無事家庭を持ちました。しかし、次女の関口まいは、親父の血を引いたのか、タレントになりたいと言い出します。最初は猛反対した桂ざこばも、娘可愛さから根負けし、芸能界入りを認めるます。親の七光りか、関口まいは関西ローカルでリポーターなどで、タレントとしてそれなりに活動していました。しかし、今度は娘・関口まいの結婚相手で、またひと悶着が起こります。

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桂ざこばも仰天消沈。娘・関口まいの結婚相手は、桂文枝の無名弟子桂三若で、3年で離婚

桂ざこばの娘・関口まいが選んだ結婚相手は、桂文枝(現)の弟子で、まだ無名の桂三若でした。父である桂ざこばの思いは、いかばかりであったでしょう。すったもんだの末、2008年に二人は結婚し、男の子が生まれますが、結局わずか3年で離婚してしまいます。こと娘の話になると、桂ざこばは、テレビに出演しているときも喜怒哀楽はばからず、何度泣いていたことか。

しかし、こんな桂ざこばの見事なダメおやじぶりが、大阪人たちの琴線に触れ、その人気は今も衰えません。今では二人の娘の孫にも恵まれ、好々爺になったかと思いきや、孫たちが小遣いばかりせびってかなわんと、相変わらずテレビでぼやいています。桂ざこばはいつまでも、隣のうるさいけど気のええおっちゃんのままです。

桂ざこばが兄と仰ぐ天才桂枝雀の息子が、弟子の桂りょうばとしてデビュー

桂ざこばも属する、故桂米朝を師匠と仰ぐ米朝一門は、総勢80名近くの大所帯。上方落語きっての最大派閥です。その特徴は、一門のほとんどの落語家が吉本興業や松竹芸能ではなく、米朝事務所に所属しているということ。米朝亡き後、一門の一番弟子は月亭可朝ですが、現在彼はフリーで活動しています。二番弟子は、その不慮の死が今も惜しまれる天才桂枝雀で、次が桂ざこば、桂南光と続きます。

こうして見ていくと、上座の弟子たちは師匠の米朝とは全く異なり、破天荒な弟子たちが多く、入門時期が下るほど、米朝師匠の正統な上方落語を目指す弟子が多いようです。いずれにせよ今では、桂ざこばは桂米朝一門の重鎮として、重大な責任を負っています。桂ざこばにとって、桂枝雀はすぐ上の兄弟子であり、桂米朝師匠が父ならば、桂枝雀は実の兄のような存在でした。

その桂枝雀の息子がこの正月、桂ざこばの弟子、桂りょうばとして高座デビューを果たしました。桂りょうばは、すでに43歳になっていて、天才と呼ばれた父の後を継ぐことに、これまで長い間迷いがあったのでしょう。桂ざこばは、「ハリセンを持つ手の小指の角度など、兄さんそっくり。期待大や。せっかくうちに来たんやから、大物になってもらわなあかん。特別扱いはできないが、多分してしまうな」と、恩人である兄弟子枝雀の息子デビューを、心から喜んでいるようです。

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