川中美幸の旦那が逮捕された理由が衝撃だった!経営店「関西風 お好み焼川中」評判・口コミは?

川中美幸の旦那が逮捕された理由が衝撃だった!経営店「関西風 お好み焼川中」評判・口コミは?

川中美幸の旦那が逮捕!幼少からの苦労を耐え抜いて幸せを得たはずだったのに…

川中美幸の旦那逮捕!というニュースは衝撃的でした。大物演歌歌手・川中美幸の夫(当時テレビ局のプロデューサー)が、薬物所持の現行犯で逮捕されたのです。その衝撃は、誰よりも妻の川中美幸が一番大きかったのではないでしょうか。

川中美幸は1955年12月5日、鳥取県で食料品店を営む家に生まれます。川中美幸が2歳の時、母親の故郷大阪に移り住みますが、その後、父親が起こした交通事故のため、家庭は大変な苦労を強いられました。父も母も必死に働く中、川中美幸は寂しい思いをしながら幼少を過ごしまします。その時、美空ひばりなどを口ずさみ、寂しさを紛らわしていたそう。

ここで、演歌歌手・川中美幸の才能が芽を出し始めます。小学3年生の時に、ちびっ子のど自慢で優勝し、その後も数々ののど自慢で優勝。そして、中学2年の時にスカウトされ中学卒業後に上京、プロダクション入りをします。定時制高校に通いながら、1973年に「春日はるみ」の名でデビューを果たしますが、なかなか目が出ず、一度故郷大阪に戻り、母親の営むお好み焼き屋で働くことを余儀なくされました。

しかし、1976年に「ネオン街音楽祭」でグランプリを獲得し、再び上京。1977年芸名を「川中美幸」に変え再デビューを果たします。そして万人が知る、「ふたり酒」が1980年に大ヒット!その後もヒット曲に恵まれ、紅白出場も勝ち取りました。
プライベートでは1991年、仕事で一緒になった、当時関西テレビプロデューサー・山田一雄と結婚。幼少時代に寂しい思いをし、苦労してきた川中美幸には、結婚生活は憧れであり同時にやっと掴んだ幸せの瞬間だったでしょう。

幸せを得た川中美幸は、国民的大物演歌歌手の道を歩きます。テレビ局のプロデューサーが職業の夫ならば妻の立場を考えながらも仕事や生活を送ると思われますが、2000年に「川中美幸旦那逮捕!」という衝撃のニュースが飛び込んできます。川中美幸の夫は、覚せい剤取締法違反と大麻所持の現行犯で逮捕されます。

それも、警察側が別の張り込み時に、川中美幸の夫が薬物使用のためパイプを購入するところを偶然見られ、現行犯逮捕となったのです。夫の逮捕後に出場を危ぶまれた2000年紅白歌合戦ですが、無事出場を果たしました。しかし、途中、大粒の涙を流し歌えなくなる場面も。そしてその頃から徐々に、川中美幸の姿はテレビから消えていったのです。

川中美幸の母親のお好み焼き屋「かわなか」口コミは?川中美幸が手伝う姿も見られる

川中美幸の母親のお好み焼き屋は、当初は大阪府吹田市にありました。その後、川中美幸が東京に母を呼び寄せ、渋谷の立地に「関西風お好み焼き・鉄板焼き かわなか」をオープンさせます。川中美幸プロデュースの、「家庭の味、産直こだわり」が評判で、食べ放題コースなどもあります。

中でもオススメは、「京都九条ねぎ焼き」。だし醤油で是非、食べたい一品です。ワンコインで食べられる日替わりランチメニューもあり、東京の渋谷では驚くような安さです。口コミでは「豚バラ焼肉定食」の評判がよく、「芸能人のお店だから初めから期待していなかったけど『豚バラ焼肉定食500円』は期待を大きく裏切る美味しさだった」と投稿している人も多くいます。

川中美幸は同フロアに、「関西風お好み焼き・鉄板焼き かわなか」と「Bar まいどおおきに」もプロデュースしています。「美味しいものをお手頃価格で」がモットーということで、多くの人が安心して通えるようにノーチャージのお店です。こちらでも、「関西風お好み焼き・鉄板焼き かわなか」のメニューを注文することもできます。川中美幸らしい粋な計らいですね。

川中美幸のラジオ「人・うた・心」が終了する?!新歌舞伎座公演が人気のワケ

川中美幸のラジオ番組「人・うた・心」も旦那の不祥事がありながら周りに支えられ放送継続

川中美幸がパーソナリティーを務める、ラジオ番組「人・うた・心」は、1984年10月1日より放送を開始します。月曜日から金曜日までの夕方の10分の帯番組で、各界からの有名人をゲストにトークを繰り広げます。歌手やミュージシャンがゲストの場合は、後半は持ち歌をラジオで流すという演出でした。

2000年の川中美幸の旦那の逮捕という不祥事の時には、さすがに活動自粛を強いられながらも、代理のパーソナリティーをたて、川中美幸「人・うた・心」は放送を続けることができました。しかし、2012年3月末をもって終了します。昭和から続いていた番組ですから、リスナーから残念な声が多く上がりました。

川中美幸の巧みな話術とファンの支えが大盛況新歌舞伎座公演の真の立役者

川中美幸は大物演歌歌手となってからも不遇な時を乗り越え、歌だけでなく芝居にも全力を尽くし、舞台ファンからも大きな評価を受けています。第66回文化庁芸術祭 大衆芸能部門大賞を受賞した、「天空の夢」は再演を重ね、地元大阪の新歌舞伎座では演技もさることながら、巧みな話術でファンを魅了していました。

松平健との大物ダブル座長公演は、大盛況を納めマツケンファンにも、女優:川中美幸の存在を認めさせました。その後は舞台だけでなく、松平健とのダブルコンサートで全国の劇場をまわりました。

川中美幸が独立 母の介護重視し3月末に退社

川中美幸が2016年3月末をもって、所属事務所を退社するとのニュースが飛び込んできました。不動の大物演歌歌手、女優川中美幸にその固い決意をさせたのは、「大切な母親の介護」と言われています。退社後は独立かともいわれていますが、川中美幸ファンクラブも解散し、徐々に清算業務にはいるとの情報もあります。

川中美幸の母親は、2014年1月に脳梗塞で倒れ、手術後闘病生活を送っていたようです。現在90歳になる母親の残りの人生を共に過ごしたい、と強い願いがあるのでしょう。川中美幸は幼少より寂しく苦労もしましたが、それ以上に母親も大きな苦労をしたに違いありません。

川中美幸は、今後の芸能活動よりも、今までの自分を支えてくれた母親の介護を選択したのです。今年40周年を迎える川中美幸。今のところイベント等も予定がないようですが、決して引退ではなく、仕事をセーブしながら人の心を歌い続けてほしい、と切に願ってやみません。

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