川内優輝の日本陸連不信感のワケは?オリンピック選出は絶望的?!

川内優輝の日本陸連不信感のワケは?オリンピック選出は絶望的?!

川内優輝の日本陸連不信感のワケは?オリンピック選出は絶望的?!

川内優輝の日本陸連不信感のワケは?ナショナルチーム辞退には何があった?

川内優輝は、埼玉県職員という肩書を持つ最強市民ランナー。常に注目を集めてきた川内優輝が、日本陸連へ不信感をあらわにし、ナショナルチームをも辞退してしまいました。その不信感は、2015年4月1日に発足したナショナルチームにまつわる日本陸連の態度によるものだといいます。ナショナルチームのメンバーは、科学的サポートが受けられる一方、夏の合宿参加などが義務付けられます。

しかし、リオデジャネイロオリンピックの選考において優位になるということで、昨年のメンバーだった川内優輝は、今年のメンバー発表を待っていたのです。ところが、いつまで経っても日本陸連からはなしのつぶて。”川内優輝選手が困惑している”とスポーツ紙が報じた翌日に、ようやく連絡があったのだそうです。

しかも、当初約束されていたリオデジャネイロオリンピックの優位性も、5月の日本陸連理事会で突然廃止が決定。その時も、実業団に所属している選手には連絡が回っているのに、長らく埼玉県職員である川内優輝の耳には入って来なかったのです。

川内優輝の日本陸連不信感が招いた?調整不足でオリンピック出場が危うい?!

「日本陸連には何度も裏切られた」という川内優輝は、こうした日本陸連の情報系統の不備を指摘しています。その上で、契約書に「報道陣には不用意な発言をしないように」という文言があったことが、組織としての態度に不信感と強める材料になりました。また、「科学的なサポート」という点でも、昨年度のメンバー12人の中には、故障によって大会はおろか、夏の合宿さえも参加できない選手もいました。

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2時間10分を切る「サブテン」を達成できたのは川内優輝と今井正人だけだった、という現状にも大きな疑問を感じた川内優輝。そのため、「時間が縛られる。メリットは全くない」として、ナショナルチーム入りを辞退するに至ったのでした。そうなると、スポンサーを持たない川内優輝は、全くの独自路線でオリンピックを目指すしかなくなります。

その先駆けとなった12月6日の「福岡国際マラソン」では、調整不足により、ふくらはぎにしびれを発症してしまった川内優輝。タイムは2時間12分、無念の8位でした。残る可能性は、日本陸連の設定した選考基準である「2時間6分30秒」を来年初旬の大会で達成するしかないのですが、やや厳しい状況となってしまったのです。

川内優輝のマラソン練習方法は?箱根駅伝への熱いメッセージ!

川内優輝のマラソン練習方法はマラソン実践!練習し過ぎないことがポイント?!

川内優輝は、ご存じの通り、スポンサーを持たない一介の公務員です。よって、マラソン練習方法は、綿密に練られたカリキュラムに沿ったものではありません。川内優輝は専門家から「出場レースの多さ」が指摘されていますが、レースこそが自分のために見出した究極のマラソン練習方法。あくまで実践主義なのです。そんな川内優輝は、走り込みの合宿以外でのポイント練習(強度の高い練習)は、週2回しか行いません。

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かねてから、多くの選手が「ペース走」や「集団ジョグ」といったメリハリのないポイント練習をし過ぎていることを問題視している川内優輝。これでは「体の芯の疲労」「精神的な疲労の蓄積」を招いてしまうと話しています。また、多くのマラソン選手が朝、昼、夜に60分ずつ走る2部、3部練習をやるところを、川内優輝の場合は午前1部90分、20㎞で済ませます。このほうが精神的疲労を最小限に練習効果は上がり、余った時間を、故障防止やトレーニング方法の研究、息抜きに充てられるメリットがあるそうです。

川内優輝の箱根駅伝への熱いメッセージ!できないことはない!

川内優輝は、2007年と2009年に、決して強豪校とはいえない学習院大学から、関東学連選抜として「箱根駅伝」に出場しています。2007年の結果は6区・区間6位、2009年は6区・区間3位と芳しい成績ではありませんでした。2007年大会のヒーローといえば、今夏世界陸上を髄膜炎で欠場した今井正人。5区の上り区間で11人抜きしたことで「登りの神様」という異名を与えられ、現在トヨタ自動車所属のプロランナーです。

反して川内優輝は、大学卒業後は埼玉県庁に就職して、フルタイムで働きつつ、独自の練習と積むしかありませんでした。そんな無名の川内優輝が、箱根駅伝から4年後には、エリートランナーである今井正人を、追い付き追い越ししてしまったのです。この川内優輝の異端ともいえる活躍は、従来の「エリート校出身のエリートランナー→実業団」というセオリーを打ち破り、多くのランナーたちに勇気を与えたに違いありません。

川内優輝自身、「諦めない心」を学んだ箱根駅伝への思い入れは強く、今日箱根駅伝を目指すランナーたちに「できないことはない」という熱いメッセージを送りました。

川内優輝の福岡国際マラソン惨敗は天罰?日本陸連に従えばよかった?

川内優輝は、2011年の東京国際マラソンで、初のサブテン達成となる2時間8分というタイムで3位表彰台に上がりました。彗星のごとく現れた、いち市民ランナーに過ぎない公務員が日本人1位に輝くという、あの鮮烈なレースは、多くの人に勇気と感動を与えてくれました。それにも関わらず、「タイムが問題」として、ロンドンオリンピック代表選手に川内優輝を選出しなかった日本陸連に対しては、関係者でなくとも煮え切らなさを感じましたよね。

もちろん川内優輝にとって、日本陸連は、この頃から信用ならない組織でした。しかしながら、川内優輝の走りは夏に弱く、非常にムラがあったことも確か。日本陸連がもつ「川内の走りへの不安」はやむをえなかったのかもしれません。企業に所属していない川内優輝にとって、日本陸連が主催するナショナルチームへの参加は、傍からみればその不安を解消する機会だったはずですが、一方では「川内の走りを潰す」という声も実際にありました。

リオデジャネイロオリンピックを目指す川内優輝にとって、今年度のナショナルチーム入り辞退が吉と出るか凶と出るかは一つの注目点だったのです。そして迎えた12月6日の福岡国際マラソン。非常に大事な大会で、川内優輝は足の痙攣を発症し、思うような走りができないまま惨敗を喫してしまいました。

しかし、「天罰だな」と唇をかみしめる川内優輝に「やっぱり日本陸連に従っておけばよかったのに」と言ってしまったら、これまでの川内優輝を否定することになりかねません。川内優輝をここまで連れてきたのは、間違いなく実直なまでの「諦めない心」と、どこにも属さないことで培ったハングリー精神。オリンピック出場は厳しくなりましたが、そんな川内優輝が代表に選出されたなら、きっと分野を超える多くの人々が鼓舞されることでしょう。

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