加山雄三の若い頃がかっこよすぎる!若大将人気が凄かった!

加山雄三の若い頃がかっこよすぎる!若大将人気が凄かった!出典:http://matome.naver.jp

加山雄三の若い頃がかっこよすぎる!若大将人気が凄かった!

加山雄三「永遠の若大将」はなんと79歳!

加山雄三の父は、往年の二枚目俳優・上原謙。母は、女優だった小桜葉子で、母方の高祖父は、明治の元勲・岩倉具視という家庭に生まれ、湘南の海が間近の神奈川県茅ケ崎に育ちます。慶応高校から慶応大学に進み、1960年、大学卒業と同時に東宝に入社した加山雄三。少し前の1956年に石原裕次郎が日活に入社するなど、この当時は、映画の黄金期を迎えていました。

そんな中、加山雄三は、黒澤明の「椿三十郎」や「赤ひげ」、岡本喜八の「独立愚連隊西へ」、松山善三の「名もなく貧しく美しく」など、名監督の作品に次々と出演します。しかし、加山雄三を一躍人気者にしたのは、なんといっても1961年からスタートした「若大将」シリーズでしょう。ところで、森嘉朗、笑福亭仁鶴、常田富士夫、加山雄三、この4人の共通点は何でしょうか。答えは、1937年生まれで79歳の同い年ということ。「若大将」加山雄三が、いかに若いイメージを保っているかは歴然ですね。

加山雄三「エレキの若大将」挿入歌「君といつまでも」は300万枚のトリプルミリオンヒット!

加山雄三こと「若大将」の田沼雄一は、石原裕次郎が演じた太陽族の不良とは異なり、戦後のキャンパスライフを謳歌する大学生の、等身大ヒーローとして、若者たちの圧倒的共感を呼びました。その人気の秘密はもう1つ。加山雄三が、当時まだ目新しかったエレキギターを弾きこなし、作詞や作曲のみならず、歌まで歌うことができる才能があったことです。

1965年の映画「エレキの若大将」では、300万枚という空前の大ヒットとなった「君といつまでも」と「夜空の星」が挿入歌として使用されています。加山雄三が歌の中でつぶやく、「幸せだなァ。僕は君といる時が一番幸せなんだ。僕は死ぬまで君を離さないぞ、いいだろ」という台詞は、半世紀以上たった今も語り継がれる、昭和を代表する流行語となりました。

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加山雄三率いるバンド「THE King ALL STARS」とは?ギターの腕前は?

加山雄三がKingとして最強ロックバンド「THE King ALL STARS」を結成

加山雄三は、今もなお現役のミュージシャンとして、自らのコンサートを開いていますが、その活動とは別に、とんでもないメンバーを集めたロックバンド「THE King ALL STARS」も結成しています。このバンドは、2013年開催された「ARABAKI ROCK FEST.」のために結成されたスペシャルバンド。

キヨサク(MONGOL800)、佐藤タイジ(シアターブルック)、名越由貴夫(Co/SS/gZ)、古市コータロー(THE COLLECTORS)、ウエノコウジ(the HIATUS)、武藤昭平(勝手にしやがれ)、高野勲、山本健太、タブゾンビ(SOIL&“PIMP”SESSIONS)、スチャダラパーという、各世代の才能あるミュージシャンたちが結集しています。

バンド名のKingとは、加山雄三が尊敬してやまないエルヴィス・プレスリーが、THE KINGと呼ばれていたことに由来します。また、加山雄三の頭文字Kと、喜寿にして進化し続ける、ingであることにも由来しているそうです。

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加山雄三のギターテクニックは「ギターの神様」寺内タケシのお墨付き

加山雄三のギターテクニックのほどは、いかがなものなのでしょうか。日本に一大エレキブームが起こったのは、1965年、ザ・ベンチャーズが来日して以後のこと。加山雄三が、ブームになる前からエレキギターを手にし、それなりに演奏できるレベルであったことは、映画で共演した、「ギターの神様」寺内タケシも認めるところで、エレキブームの一翼を担ったことは間違いありません。

さらに、その後のミュージシャンの多くが、加山雄三に憧れてギターを手にし、J-POPが生まれたと言っても過言ではないでしょう。

加山雄三に降ってわいたゴーストライター事件の真相は?

加山雄三は、永遠の若大将として、ずっと活躍してきたように思われがちです。しかし、1971年までに17作品が作られた若大将シリーズも、本人が30代半ばとなって成り立たなくなり、また、演技も一本調子のままだったため、加山雄三は、俳優として行き詰まっていました。

そして1970年には、ホテルやスキー場開発事業に失敗し、20数億円の負債を抱えてしまいます。加山雄三は、これまでには考えられないような切り詰めた生活をしながら、テレビドラマに出演するだけでなく、ナイトクラブやキャバレー回りをして、10年近くかけて莫大な借金を返したそうです。

今では、再び黄金期の加山雄三が戻ってきたような人気ですが、最近、降ってわいたような問題が発覚しました。加山雄三が弾厚作名で書いていた、初期の作品11曲の英語歌詞と、昨年「THE King ALL STARS」の曲として書いた「I Simple Say」の英語歌詞が、ゴーストライターによる作品で、作者に適正な作詩料すら支払われていないというものです。

このゴーストライターは、アメリカ人の男性で、現在は加山雄三と絶縁している、実妹の元夫という人物。作詩自体は、両者納得ずくで行われたようですが、加山雄三が、彼に、それなりの対価を払っていなかったことが明るみに出た形です。加山雄三は、地の性格なのか、それとも莫大な負債を返すための倹約生活がそうさせたのか、非常にケチであるという噂もありますので、ゴーストライター事件の行方は気になるところです。

とはいえ、この時代、スターがスターであり続けることは、たいへん難しい時代。だからこそ、石原裕次郎や高倉健など、昭和の大スターが亡くなった今、加山雄三には、せめて、昭和の大スター、永遠の若大将であり続けてほしいものです。

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