稀勢の里は希少な本物のガチンコ力士!?不器用すぎる性格とは?

稀勢の里は希少な本物のガチンコ力士!?不器用すぎる性格とは?

稀勢の里はガチンコ相撲で横綱に!八百長告発力士も真剣姿勢を証言していた!

稀勢の里が2017年の大相撲初場所で初優勝を果たし、横綱に昇進した話題が、連日のニュースを賑わせています。そんな稀勢の里は、正真正銘のガチンコ力士と評されることがたびたびあります。かつて、角界の八百長を告発した元力士が、「稀勢の里は八百長を行っていない稀少なガチンコ力士である」と話したことがありました。とはいえ、今回の優勝は、大関昇進から31場所目で、ようやくつかんだ初優勝。2013年からことごとく綱とりに失敗し、「弱い」と評されることもあっただけに、大相撲を知らない人の脳裏には、”八百長”の二文字がよぎるかもしれません。

しかし、2013~2015年は、全場所ではありませんでしたが、ほぼ2桁勝利を納めており、2016年は、年間最多勝をおさめている稀勢の里。これで一度も優勝が叶わなかったのは、時の運と見ることもできますし、もし角界に八百長があったとのだとすれば、ここまでガチンコ相撲で戦ってきた稀勢の里には、真の横綱たる威風を覚えます。

稀勢の里の不器用性格は中学時代から!素顔は目立ちたがり屋のネアカな性格!?

稀勢の里は、”スー女”こと相撲女子の間で「きせのん」と親しまれていますが、愛嬌キャラとは真逆の存在で、非常に口数が少ないことで知られています。バラエティ番組のオファーにも一切応じず、笑顔を排除して、ただ黙々と土俵に向かう稀勢の里は、本人曰く、”不器用な性格”だそうです。

4年来の友人というお笑い芸人ザブングル松尾によると、素顔の稀勢の里は、”よく喋り、よくボケる性格”なのだとか。中学時代の恩師も、「合唱祭でも指揮者を買って出たり、タモリのモノマネを披露する目立ちたがり屋」と証言しています。しかし、すでに鳴門部屋に入門が決まっていた稀勢の里にサインを求めると、「親方から、一人前になるまではサインはしてはいけないと言われている」という理由で断ったといいます。

普通の15歳の少年ならば、もう少し浮かれたところがあるものですが、過ぎるほどの一本気性格は、この頃から顕著だったようです。力士会のファンサービスの合唱で消極的な態度を見せる稀勢の里に、横綱・白鵬が苦言を呈したこともあったそうですが、「自分は力士。土俵の上でしか表現できない」と孤高を貫く姿は、あまりにも眩しいものです。

稀勢の里と白鵬の対戦成績!横綱昇進の条件は?

稀勢の里が白鵬の連勝記録を阻止!大きく負け越してはいるものの16勝は異例!

稀勢の里の綱とりがかかる中、特に、横綱・白鵬との対戦は、相撲ファンから注目を浴び続けてきました。八百長がなくなったと言われる現在でも、モンゴル人力士には、”怪しい相撲”が囁かれ続けていることもあり、ガチンコ相撲でのし上る日本人力士・稀勢の里との対戦には、とりわけ興味が注がれるというもの。2017年1月の時点で、稀勢の里の白鵬との対戦成績は16勝43敗。

自身の優勝を目前にするたびに白鵬に倒されるという勝負弱さが指摘されてきましたが、2013年7月場所で、無敵を誇っていた白鵬の連勝記録を43でストップさせたのは、他でもない稀勢の里でした。また、全力士の中でも、対白鵬で10勝以上を上げているのは、朝青龍・日馬富士・琴欧州と稀勢の里の4人しかいません。

稀勢の里の横綱昇進の条件とは!メンタルの弱さが綱とりを遠ざけてきた?

稀勢の里は、大関昇進から2年後、2013年の5月場所で初の13連勝を達成したことで、横綱昇進への可能性が言及されるようになりました。さらに11月場所で、白鵬、日馬富士という2人の横綱に土を付けたことから、北の湖理事長は「2014年初場所で13勝以上の優勝」という横綱昇進の条件を明言。しかし、2013年末の鳴門部屋移転騒動が祟ったのか、2014年の初場所では開幕から大乱調となった稀勢の里は、痛めていた右足親指が悪化して、欠場を余儀なくされてしまいます。

その上、7勝8敗と負け越しが決定しました。初の大関角番落ちを喫してしまったため、横綱昇進の話は立ち消えとなってしまいました。その後、見事に復調を見せた稀勢の里でしたが、2016年には最多勝利を上げながらも、優勝を目前としながら白鵬だけではなく、大関・琴奨菊に敗れてしまうメンタルの弱さが浮彫に。

それ以来、白鵬を始めとする3横綱を圧倒し、全勝優勝を挙げることが、稀勢の里に与えられた横綱昇進の絶対条件だとされてきました。

稀勢の里の横綱昇進に異論が続出する理由!奉納土俵入りに爆破予告も

稀勢の里が2017年初場所で初優勝し、日本相撲協会の満場一致で横綱昇進を決めました。1998年の若乃花以来、19年ぶりの日本人横綱の誕生に、日本列島は大フィーバー。敗戦のジンクスと言われてきた土俵下でのまばたきが、最近は見られなくなったと囁かれていましたが、その気迫は、千秋楽・白鵬戦での逆転劇が、全てを物語っていたように思われます。しかし、今場所は、日馬富士と鶴竜の2横綱が途中休場となり、大関陣の大乱調も目に余るものがありました。

稀勢の里は、自己最多となる14勝を挙げてはいますが、大関から関脇に陥落した琴奨菊に土を付けられています。「3横綱に勝って、全勝優勝」が昇進条件と言われていただけに、「時期尚早では?」とするダウンタウン松本人志だけではなく、稀勢の里の横綱昇進に疑問を呈する意見も少なくありません。明治神宮での新横綱奉納土俵入りという慶事の日に、両国国技館の爆破予告がネットに書き込まれるといった、穏やかではない話題もありました。

稀勢の里には、2011年に大関昇進が決まった時にも、成績が不十分ではないかと異論を唱える声が続出しました。しかし、蓋を開けてみれば、勝率は7割超え。貴乃花に次ぐ2番目の早さとなる17歳で初土俵入りを果たしてからの15年間で、休んだのは、2014年の右足親指の負傷による1日のみでした。

大関在位31場所目と、昭和以降で最も遅い横綱昇進ではありますが、このガチンコ精神は評価されてしかるべきです。体格に恵まれながら、中学の卒業文集に記した「天才は生まれつきだから、もうなれない。努力で天才に勝つ」という謙虚な姿勢で、精進を怠らなかった稀勢の里。横綱昇進伝達式で、近年の口上の習わしとなっていた四字熟語を用いず、「横綱の名に恥じぬよう精進いたします」とシンプルに述べた姿にも、相撲界を牽引するに相応しい意志の強さを感じさせられます。

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