近藤亜美(柔道)がかわいいと話題に!母校壮行会の男前名言とは?

近藤亜美(柔道)がかわいいと話題に!母校壮行会の男前名言とは?出典:http://www.tv-tokyo.co.jp

近藤亜美(柔道)がかわいいと話題に!母校壮行会の男前名言とは?

近藤亜美(柔道)がカッコかわいいと話題沸騰中!

近藤亜美(柔道)とは、日本女子柔道48kg級の選手です。無邪気な笑顔がチャームポイントの近藤亜美ですが、私服が男らしくて、カッコかわいいと注目を集めています。

浅田舞からインタビューを受けた時の写真を見ると、シンプルなブルーのニット姿の近藤亜美。地元である東海地方で、ご当地アイドルをしていた友達とのオフショットでは、白デニムに白シャツ、胸元にのぞくグレーのTシャツに、ごつ目のアクセサリーというファッションで、確かにどちらもボーイッシュな印象です。他にも、黒いパーカーに黒いパンツと、黒で統一したコーディネイトも、クールでカッコいいと評判の近藤亜美。

3位という屈辱を味わった大会以降、服がピチピチになるのが嫌で避けていたというウェイトトレーニングにも積極的になり、Sサイズだった洋服サイズが、今やLサイズになろうかというところなのだとか。柔道家として研ぎ澄まされた体躯と、笑顔のかわいさのギャップが大きくなることは、すなわち、近藤亜美がまた一歩強くなっていくことの証ともいえるでしょう。

近藤亜美(柔道)の母校壮行会での名言が男前過ぎる?

近藤亜美(柔道)が、48kg級で2016年リオオリンピック出場権を獲得すると、母校の大成高校で壮行会が開かれました。中高一貫校であるため、約1000人の生徒が集まったという壮行会では、近藤亜美に力強いエールが送られました。そんな大勢の後輩たちの前で、「後輩たちの次の目標になれるように、『私についてこい』と言えるように頑張ってきたい」と、頼もしい誓いを述べた近藤亜美。

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また、「在校生から見られることで、自分を追い込んでいきたい」と、母校の声援で自らを奮起させる姿勢を示しました。これらの名言を見ると、21歳となった近藤亜美は、ファッションがカッコかわいいだけでなく、メンタルも男前に成長しているようです。母校の大成高校は、柔道の名門校とあって、校長先生からも、「後輩のためにも、南米に輝く星となってほしい」と激励された近藤亜美は、「後輩の目標になれるよう、自覚と責任を持って頑張っていきたい」と、さらに力強く述べました。

近藤亜美(柔道)の父親は元力士!?学歴や現在の所属は?

近藤亜美(柔道)の強さの秘密は父親と祖父?元力士を相手に蓄えた実力を見よ!

近藤亜美(柔道)の父と祖父は元力士だそうです。近藤亜美は、幼い頃から、100kgもある父と遊びながら、自然と、筋力や身のこなしを身につけていったのでしょうか。先に柔道を始めていた兄の影響で、5歳から柔道を始めた近藤亜美は、柔道を始めてたった2カ月でいきなり準優勝し、その後も大会でも、必ず上位に勝ち進んで行きました。

しかし、低学年以下の試合では、最終的に男子との戦いになることも多く、なかなか優勝ができず、近藤亜美は、悔しさを溜めていきます。そんな悔しさを堪えきれず、トイレに閉じこもり、表彰式に出なかったという出来事もあったそうです。そんな近藤亜美でしたが、小学2年生の頃、吉田秀彦や谷本歩実らを育てた名門・大石道場へ入門すると、メキメキと柔道の実力を身につけていきます。

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近藤亜美(柔道)の学歴が気になる!出身校は?現在の所属はどこ?

近藤亜美(柔道)は、愛知県名古屋市出身です。地元の小学校へ通っていたようですが、すでに柔道に出会い、幾多の大会で好成績を納めていた近藤亜美は、中学からは、中高一貫の柔道の名門校である大成中学へ進学。中学時代の近藤亜美は、「平成の女三四郎」といわれ、期待されながらも、準優勝が最高位。

しかし、高校へ進んでからは、世界を相手に優勝を重ね、インターハイとグランドスラム東京でも優勝を果たし、一躍注目を浴びる存在となりました。高校卒業後は、三井住友海上へ所属し、社会人アスリートとなった近藤亜美。国内では優勝を重ねていたものの、得意技である払い腰を研究され尽くされ、海外の大会ではなかなか勝てずにいました。

しかし、近藤亜美は、負けてばかりではありません。過去の試合をビデオでチェックし、冷静に自分を分析することで、技の可能性を模索し続けます。その結果、「2014世界柔道選手権大会」や「2014世界ジュニア柔道選手権大会」「2016ワールドマスターズ・グアダラハラ」など、国際舞台でも優勝を飾るまでに成長しました。

近藤亜美(柔道)がリオオリンピックへ!ついにオリンピック金メダルを手にするチャンス!

近藤亜美(柔道)が、リオオリンピック出場を決めたのは、2016年4月に行われた全日本選抜柔道体重別選手権でした。リオオリンピック代表を決めた全日本の1カ月後に出場したワールドマスターズでは、見事優勝を果たしています。1年9カ月間も勝てなかった海外での大会でしたが、オリンピックの切符を手にしたことで、自分の可能性を見出した近藤亜美は、強気で攻め続け、自らの欠点を攻略することでトップの座を再び手にしたのです。これは、8月のリオオリンピックに向けても、自信に繋がる優勝となったに違いありません。

そもそも近藤亜美がオリンピック出場を夢に見始めたきっかけは、大石道場へ通っていた時、同じ大石道場を巣立ち、当時コマツ所属だった谷本歩実が持ち帰った金メダルに触れた時の感動からです。谷本歩実は、2004年アテネオリンピックと、2008年北京オリンピックと、63kg級で2連覇を成し遂げています。アテネオリンピックが開催された当時の近藤亜美は、まだ9歳で大石道場へ入門したばかりでしたが、負けず嫌いの少女が、本物の金メダルを見た時の表情は、夢にあふれ、キラキラと輝いていたのではと想像してしまいます。

日本のお家芸でもある柔道ですが、48kg級で活躍した谷亮子の引退後、ロンドンオリンピックでは苦戦を強いられてしまいました。伝統の48kg級を継ぐこととなった近藤亜美のプレッシャーは計り知れませんが、「私は注目されるほうが力が出るタイプ。全て背負って戦いたい」、「逃げられない。やるのは代表の責任」と、やはり男前な勇ましい言葉でリオオリンピックへの意欲を語っています。リオ、そして東京オリンピック……近藤亜美が、幼いころに憧れた金メダルを、自身の手にするときがようやく巡ってきました。

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