小西博之の末期がんは現在ウソのように寛解!講演会「命の授業」の評判は?

小西博之の末期がんは現在ウソのように寛解!講演会「命の授業」の評判は?出典:http://news.livedoor.com
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小西博之が末期がんを完治!闘病中に離婚?!

小西博之が末期がんを完治!いつ死んでもおかしくなかった?

小西博之(こにしひろゆき)は、1980年代に「欽ちゃんの週刊欽曜日」のレギュラーに抜擢され、欽ちゃんファミリーの一員として人気を博しました。その後も俳優やタレントとして活躍を続けていましたが、2004年に腎臓がんを患ってからは、闘病のため表舞台から姿を消していました。

腫瘍が見つかった時には、すでにいつ死んでもおかしくない末期がんの状態だったという小西博之。しかし、手術や長期にわたる治療を乗り越えた現在は、嘘のように寛解。手術から5年後には、主治医から「完治した」と告げられたそうです。

小西博之が闘病中に離婚?!

5年に渡る闘病を乗り越え、末期ガンを克服した小西博之は、現在も元気に活動しています。ちなみに、ガンとの闘病中だった1988年に結婚した妻とは離婚。入院中にお見舞いに訪れていた女性と再婚したという噂があります。さらに、小西博之がハワイアンドーナツのマサラダドーナツ店の販売の手伝いをしていたという目撃情報も。ネットには、実際に客と写真におさまる姿もアップされており、再婚した嫁と一緒にドーナツ店をやっているのではと見る向きも多いようです。

小西博之の講演会「命の授業」の評判は?「ウルトラマン」シリーズに多数出演!

小西博之の講演会「命の授業」の評判は?

小西博之が患った腎臓がんは、「縦20センチ、横13センチ」もあり、日本の腎臓がんの中でも5本の指に入るような大きさだったそうです。そんな末期がんから奇跡の生還を果たしたことで、小西博之には、「その経験を語ってほしい」という講演会の依頼が各方面から舞い込むようになりました。

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こうして誕生した「命の授業」と題した小西博之の講演は、老若男女問わず好評で、年間100回も開催されています。本にしてほしいという要望も多数あったことから、「生きてるだけで150点!」という1冊にもまとめられました。

小西博之は「ウルトラマン」シリーズに多数出演!

小西博之は幼い頃に、「ウルトラマン」をテレビで見て、「僕も地球防衛組織の隊員になりたい」と願ったという根っからのウルトラマンファン。俳優となり、「ウルトラマン」シリーズに出演することで、その夢を果たしています。

テレビシリーズでは、「ウルトラギャラクシー大怪獣バトル」と「ウルトラギャラクシー大怪獣バトル NEVER ENDING ODYSSEY」に、映画版では「ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY」と「大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE」に出演。宇宙組織ZAP SPACYが所有する宇宙輸送船を操る頼れる船長ヒュウガ役を演じました。映画版の舞台挨拶では「子供のころからの夢が叶った」と語っています。

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小西博之を余命ゼロから救った2つのものとは?

小西博之は、1959年9月28日生まれなので、現在58歳で、まもなく還暦を迎えようとしています。小西博之に余命ゼロの宣告を受けることになるガンが見つかったのは2004年、45歳の時でした。それまで病気らしい病気をしたことがなかった小西博之が異変を感じたのは2004年後半頃のことで、体調を崩し気味になり、血尿が大量に出たことをきっかけに受診しました。

詳しい検査を終えて、医師から告げられたのは、「今、この瞬間に死んでもおかしくない状態」「生きていること自体、あり得ないことです」という衝撃的な告知だったと言います。最初にがんかもしれないことを知った小西博之は、ショックのあまり荒れに荒れたとか。帰り着いた自宅で1人号泣しながら、ソファやクッションを引き裂き、本棚の本をぶちまけ、食器棚の食器も叩き割ったほどでした。

そんなどん底状態から、小西博之を救ったものが2つあります。
1つは、135mlの小さな缶ビールです。風呂で大泣きした後に開けた冷蔵庫に、たまたま入っていたそれを、普段はお酒を全く飲まないのに、ふと飲んでみたくなり手に取った小西博之。すると、「体中にアルコールが回ったら、何か肩の荷が下りたような楽な気持ちになり、そのまま眠ることができた」とのこと。

もう1つは、翌日、冷静さを取り戻した小西博之が思い出した、自らを見出し導いてくれた師・萩本欽一が掛けてくれた言葉です。曰く「人生は50対50だよ。幸・不幸は交互にやってくる」「落ち込んでもいいの。でも、不幸は拒絶せずしっかり受け止めなきゃならない」。

これは、人気バラエティ「欽ちゃんの週刊欽曜日」にレギュラー出演していた1982年当時よく言われていた言葉でした。小西博之は、その本当の意味が、この時になってはじめて分かったそうです。欽ちゃんの言葉は、小西博之にとって、自らの状況を受け入れる支えになり、その後5年にもわたる闘病を乗り越える礎になりました。

現在の小西博之があるのは、ビールのミニ缶と、師・萩本欽一の言葉のおかげだったのかもしれません。「がんを克服した人の、ハッピーエンドの映画を作って、多くの人を泣き笑いさせたい」と語る小西博之の夢が実現する日が待ち遠しいですね。

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