小堺一機、「ごきげんよう」継続に脱帽!「徹子の部屋」には出演不可能?

小堺一機 継続30年を超える長寿番組「ごきげんよう」に脱帽!

フジテレビお昼の看板番組だったタモリ司会の『笑っていいとも!』が2014年3月末に終了。突然のフィナーレ決定に、巷ではペットロスならぬ「タモリロス」現象まで引き起こすほどの衝撃が走りました。一方で、小堺一機司会の『ライオンのごきげんよう』は変わらぬ人気を保っています。

童顔でいつまでも若々しい小堺一機ですが、この『ライオンのごきげんよう』が始まったのは、1984年のこと。最初の番組名は『ライオンのいただきます』。「いただきます」のタイトル通り、毎回ゲストの御茶請けに、美味しそうなスイーツが出ていましたよね。

後に番組は『ライオンのいただきますⅡ』に改題され、1991年から現在の『ライオンのごきげんよう』となりました。最初から数えると何と!30年以上も続いている長寿番組なんですね。

小堺一機は「徹子の部屋」には出演不可能ってホント?

30年以上も続く小堺一機司会の『ライオンのごきげんよう』ですが、上には上がいます。それはテレビ朝日の超お化け番組!『徹子の部屋』。1976年2月に放送を開始したこの番組は、2015年5月17日の放送で、何と何と10000回を達成しました!故人を追悼する番組としても定評があり、番組に招かれるゲストは、タレントや俳優のみならず、作家、歌手、政治家と非常に幅が広いことも強みの一つ。

ただ、裏番組や前後の番組に出演しているタレントは出演NGのようです。小堺一機もその一人ですが、1996年から一年半『徹子の部屋』の時間と被らなかった時期があったにも関わらず、番組に招かれることはありませんでした。どうやら時差ネットで放送された地方局(大分放送)があったことから、出演できなかったようです。

小堺一機 ガン克服を支えた妻、息子の現在は?関根勤との伝説のタッグ

小堺一機、手術で番組を一時降板 ガン克服を支えた妻と家族

いつも元気一杯で明るいイメージの小堺一機ですが、2004年に首にできた腫瘤を摘出する手術を受けるために番組を一時降板しました。最初は首に違和感があって検査を受けたそうですが、摘出した腫瘤にガンが見つかり、小堺一機は、その後すぐに手術を受けたそうです。

「最初は驚いたけれど、現実を見なきゃって腹を決めました」そう語る小堺一機ですが、奥様は相当ショックを受けたようです。幸い初期の癌で、手術後は抗がん剤や放射線療法は一切せずに免疫力を高める薬だけで済みました。

退院後はしっかりと自宅療養し、食事制限がなかったので奥様の美味しい手料理で、小堺一機は逆に太ってしまったそうです。「今まで家族とこんなに一緒に居たことはなかった。本当に感謝している」。息子さんと娘さん二人のお父さんである小堺一機は復帰会見で「家族の有難さ」をしみじみと話していました。

小堺一機の息子の現在は?盟友・関根勤との伝説のタッグ

小堺一機の息子、小堺翔大は、現在フリーアナウンサーとして活躍しています。帝京大学在学中に放送部に所属していましたが、就職活動をする中で「やっぱり自分にはアナウンサーの仕事しかない」と、卒業後に東京アナウンス・声優アカデミーに入学して基礎からみっちり鍛え直したそうです。小堺翔大は、首都圏ローカル番組でレポーター役をしていましたが、真面目な性格と努力が認められてNHKのレギュラー番組も担当しています。

萩本欽一を師匠と仰ぐ小堺一機、お笑いで一世を風靡した萩本欽一・坂上二郎の「コント55号」に続くコンビとして、親友だった関根勤と二人の名字を縮めた「コサキン」という伝説のタッグを結成しました。ところが、二人ともあくまで「ピン芸人」として仕事をすることにこだわり、このコンビ名は一緒に仕事をする時にだけ使うようです。

「コサキン」は、地道なライブ活動が中心でしたが、テレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの!?」や、TBS「欽ちゃんの週刊金曜日」のレギュラー出演で全国的に知名度が大幅アップ!

活躍の場はテレビに留まらず、ラジオで二人がパーソナリティを務めた「『コサキン』シリーズ」は27年以上続いたそうです。最近では女優の天海祐希と司会を組んだフジテレビ「コサキン・天海の超発掘!ものまねバラエティーマネもの」でも息の合ったコンビを見せてくれています。

小堺一機「継続を力に」舞台最後の仕上げはお客さん

31年目に突入した「ライオンのいただきます」シリーズや、今年30周年を迎える舞台「おすましでSHOW」など、長きに渡って番組や舞台を担当することの多い小堺一機。長く続けていける秘訣とは一体何なのでしょう?

30回目を迎える「おすましでSHOW」ですが、関わってきたスタッフは、元々バラエティ担当ではなかったそうです。ゆえに小堺一機の考えを理解してもらい、今のような信頼関係を結ぶまでは相当な苦労があったと思うのですが、「『いいね、楽しそうで』って言われるのがコメディアンにとって最高の褒め言葉。

逆に周囲から『大変だね』って思われたら失格」と、まるで今までの失敗やハプニングを楽しむように語る小堺一機。「スタッフと共に30年を重ねてきたことが財産」と、まさに「継続は力」なのですね。

舞台は毎日が違います。「30年やってきても本番は何がウケるか幕が開いてみないと分からない。やってみたら、こっちが必死でやってきたことよりも、場違いの所で笑いが起きたりする。結局コメディってのは、最後はお客さんが仕上げてくれるもの」だからこそ、日々の稽古を大切にするのだとか。

上ばかりを見ずに、足元にあるその日のことを一番に考えているという小堺一機。どうやら日々前進の姿勢が長く続けられる秘訣のようです。これからも日本中に笑いの渦を巻き起こし続けてくださいね!

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