マリリン・モンロー死因の謎!ケネディ兄弟、CIAが絡んでいる?!

マリリン・モンロー死因の謎!ケネディ兄弟、CIAが絡んでいる?!

マリリン・モンロー死因の謎!ケネディ兄弟、CIAが絡んでいる?!

マリリン・モンロー謎の死は、アメリカ最大の謎「ケネディ大統領暗殺事件」の伏線だった!

マリリン・モンローは、20世紀が生んだセックス・シンボル。その死後、世界中のありとあらゆるメディアで、コピーやデフォルメが繰り返され、電脳空間で永遠に生き続けるビジュアルアイコンと化しています。しかし、どれほど人気があったとはいえ、一女優がこれほど人々の記憶に留まっているのには理由があります。

1963年11月22日、アメリカの自由と希望の象徴であった、ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺は、世界に衝撃をもたらしただけでなく、21世紀になった今も、多くの謎を残したままです。マリリン・モンローの死もまた、ケネディ大統領暗殺に連なるという陰謀説があり、これでアメリカの歴史に残すことになったのです。

ケネディ大統領暗殺には、さまざまな黒幕の存在が疑われていますが、1つの有力な説として、マフィアの関与が挙げられています。政治家と暴力集団との黒い付き合いは、洋の東西を問わず。また英雄色を好むとはよくいったもので、ケネディ大統領は、数多くのハリウッド女優たちと関係を持ったとされています。

スポンサーリンク

中でも、ケネディ大統領と、セックス・シンボルであるマリリン・モンローの関係は、世紀のスキャンダルとして広く世間に知られたところ。ケネディ周辺やCIA、またマフィアにとっても、マリリン・モンローは秘密を知りすぎた女として、やっかいな存在となっていたというのです。

マリリン・モンローとケネディ兄弟は、マフィアに殺されたという陰謀説

マリリン・モンローは1962年8月5日、自宅の寝室で、全裸のまま死んでいるのが見つけられました。その死因は、睡眠薬の大量摂取による中毒死。当時、死因は自殺だと発表されました。まだ36歳だったマリリン・モンロー、まさに女盛りの死でした。そして、翌1963年にケネディ大統領が暗殺され、さらに1968年には、兄を継いで大統領選を目指していた弟のロバート・ケネディが凶弾に倒れることになります。

ケネディ兄弟は、マリリン・モンロー暗殺以降、マフィアとの関係を一掃するだけでなく、マフィアを潰そうと画策していました。それをマフィア側が暗殺を持って阻止したというのが、ケネディ大統領暗殺マフィア説の概要です。アメリカの人々は、それが自殺であれ他殺であれ、一途な愛を非情な権力に奪われたマリリン・モンローを、アメリカ神話における悲劇の女神として、今なお愛し続けています。

スポンサーリンク

マリリン・モンローとシャネル5番は色褪せない!ほくろと美脚で政界を制す!

マリリン・モンローが、シャネル5番を、世界でもっとも有名な香水にした

マリリン・モンローが、寝室で全裸のまま死んでいたことは、実にセンセーショナルである一方、まことにシンボリックなことでした。しかし実はマリリン・モンローは、寝るときはいつも裸だったそうです。「何を着て寝ますか?」というインタビューに対して、生前「(シャネル)N°5を数滴」と答えています。

この一言で、「女性そのものを感じさせる、女性のための香水」として、ココ・シャネルが丹精込めて作り上げたシャネルN°5に、新たな伝説が加わりました。

マリリン・モンローの口元のほくろは、ほんとうは描いていた?!

マリリン・モンローは、身長166.4cm、体重53.5kgと、白人女性としては比較的小柄でしたが、スリーサイズはB94、 W61、 H86のナイスバディ。なかでも、美しいヒップラインから続く美脚を交差させて歩くモンロー・ウォークは、当時の男性ファンを釘付けにしました。髪はブロンド(実際はブルネット)で、美人というよりはとてもキュートな顔立ち。ぷっくりとした唇を強調する真っ赤な口紅と、口元のほくろがマリリン・モンローのトレードマーク。

実は、マリリン・モンローのこのほくろにもいわくがあります。何枚かの写真を見比べると、ほくろの位置が微妙に違うらしく、あえてセクシーさを強調するために描いていたのではないか、という説があるのです。いずれにせよ、マリリン・モンローの体全てが、セックス・シンボルとして、最高のパーツで作られていたといえるでしょう。

マリリン・モンローの3人の夫、そして恋人たち

マリリン・モンローは、死後幾度となくブームとなり、マスコミに取り上げられています。2015年末にもアメリカの「ESQUIRE 」誌で、「マリリン・モンローの滅多に見られない写真13枚」というフォト特集が組まれました。この13枚の写真では、恋多き女、いや愛を求め続けた女・マリリン・モンローの素顔を見ることができます。

マリリン・モンローは生涯三回結婚し、その間にも数多くの恋愛をしました。最初の結婚は女優になる前で、まだ16歳の若さで整備士と。しかしマリリン・モンローが20歳で女優になるとともに離婚。二度目の結婚は28歳の時、元ニューヨークヤンキースのスーパースターだったジョー・ディマジオと。

そして三度目の結婚は30歳の時、作家のアーサー・ミラーと。彼ら二人はそれぞれに、マリリン・モンローに愛情を注ぎますが、孤独な境遇に生まれた彼女の心を満たすことはできませんでした。そして、アーサー・ミラーとの破局の原因ともなった、ジョン・F・ケネディ大統領との秘めた交際が、彼女に悲劇の死をもたらすのです。マリリン・モンローをもっとも愛していたのは、二番目の夫、ジョー・ディマジオでしょう。彼は死の間際、友人に「死んだら、マリリンのところへいける」と告げたそうです。

マリリン・モンローがもしブロンドでなく、口元にほくろがなかったら……。しかし歴史に「もし」はありません。マリリン・モンローは、永遠のセックス・シンボルとして、スクリーンとアメリカの歴史の中に生き続けます。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ページ上部へ戻る