真弓明信の監督采配と性格!打撃コーチの方が向いていた?

真弓明信の監督采配と性格!打撃コーチの方が向いていた?出典:http://toratigers.com

真弓明信の監督采配と性格!打撃コーチの方が向いていた?

真弓明信の首をかしげたくなる監督采配!温厚な性格は監督には不向きだった?

真弓明信は、阪神タイガースで「史上最強の1番打者」として活躍したプロ野球選手です。走攻守3拍子揃った万能プレーヤーとして活躍し、甘いマスクもあって、絶大な人気を誇りました。1985年の阪神日本一の際には、トップバッターで打撃を爆発させた姿を記憶にとどめるファンも多いことでしょう。

しかし、頼れる存在だった現役時代とは裏腹に、阪神監督としての采配には、首をかしげたくなる場面が目立ちました。性格面では温厚で、人格者として定評がある真弓明信。「監督をやるには性格が良すぎた」と評されることも少なくありません。真弓明信監督の基本的な傾向は、リリーフ投手を酷使し、若手より実績のあるベテランに重きを置いて起用しがちでした。中でも、ファンやメディアから批判を浴びたのが、金本知憲をレフトでスタメン起用し続けたことです。

肩が衰え、目を覆いたくなるほどの守備力にもかかわらず、判で押したようにスタメン起用を続けた真弓明信。この一件には毎日のように非難が集中し、監督退任の一因ともされているようです。また、勝負どころの局面で、代打や代走を惜しまず投入し、ベンチ入りした野手を使い果たすことも。

そのため、苦肉の策として、投手を外野手や代走で起用するという、高校野球みたいな采配も見受けられました。勝たなければいけない時に勝てない試合ぶりは、「意図的に優勝しないような采配をしているのでは?」とまで言われたほどです。温厚な性格自体は批判の対象となっていない真弓明信。しかしその人柄は、監督として采配を振るうには不向きだったとする声が根強いです。

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真弓明信は打撃コーチには向いていた?ソフトバンクがコーチ招聘に動いた?

監督としての采配は「?」という印象の真弓明信ですが、一方では、打撃コーチとしての手腕は極めて優秀との評判をとっています。そのため、「打撃コーチのポストが向いているのではないか」とも言われています。実際、真弓明信が阪神監督を辞任した後には、ソフトバンクホークスが打撃コーチとして招聘に動いたという情報が出たほどです。実際に、大阪近鉄バファローズでは、梨田昌孝監督のもと、打撃コーチのポストで入閣した真弓明信は、「いてまえ打線」とよばれた豪打の原動力となった打線を手掛けました。

2001年のリーグ優勝時には、1985年の阪神の猛打を再現したかのような打ちっぷりが評判に。リーグ優勝を決めた伝説の代打逆転サヨナラ満塁ホームランの場面で、打席に立つピンチヒッターの北川博敏に、「思いっ切りいけ」とアドバイスしたのも真弓明信でした。結果、豪快な一打が飛び出して、劇的なリーグ優勝達成へ。ヒーローとなった北川博敏も、「あの一言で落ち着いて打席に入ることができた」と振り返っています。打撃コーチとしてならば、阪神でものびのびと指導できたのかもしれません。

真弓明信のイケメン過ぎる現役時代の成績!出身、プロフィールは?

真弓明信はイケメン選手の先駆けだった?現役時代は先頭打者ホームランと代打打点記録で勝負強さ発揮!

真弓明信は、現役時代から、その甘いマスクで人気でした。二重瞼とポーカーフェースが頼もしさを引き立て、特に女性ファンからの人気は絶大。真弓明信の現役当時は、「イケメン」という言葉自体が存在しませんでしたが、今ならば、間違いなくイケメン選手として人気沸騰していたことでしょう。

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そんな真弓明信ですが、そのイケメン過ぎるマスクも買われて、現役時代から引退後にいたるまでCMにも引っ張りだこでした。「洋服の青山」では、イメージキャラクターとして登場した真弓明信は、降板後も、チラシモデルで登場しているほどです。「朝日オートセンター」CMへも長らく出演歴があり、同社イベントではゲストとして呼ばれていました。

同級生の梨田昌孝監督と、投手コーチの小林繁とともに、「男前首脳陣トリオ」として売り出されたのは、大阪近鉄バファローズの打撃コーチ時代のこと。地元関西の洋菓子メーカー「モロゾフ」では、バレンタインデーイメージキャラクターにも起用されていますから、その根強い人気が分かるというものです。

現役時代の成績も振り返ってみましょう。真弓明信の生涯成績は、2051試合出場6624打数1888安打292本塁打886打点、打率2割8分5厘。首位打者1回 、ベストナイン3回。真弓明信といえば、何といっても「先頭打者ホームラン」ですが、初回先頭打者ホームラン記録は通算41本で、これは、福本豊(元阪急)に続く日本歴代2位です。

また、現役晩年の1994年には、代打の切り札として抜群の勝負強さを発揮した真弓明信。65試合で、17安打2本塁打30打点、打率2割7分を記録しています。中でも、代打でありながらの30打点は、シーズン日本記録にも輝くほどです。1983年に首位打者を獲得し、1985年には一番打者でありながら打率3割2分2厘、34本塁打というクリーンアップに匹敵する成績を残しています。

これらのことから、福本豊とともに、「史上最強の一番打者」と呼ばれている真弓明信。惜しまれるのは、2000本安打を視野に入れながらも、現役引退を余儀なくされたことでしょうか。これは、ケガで試合欠場が2桁に達することも珍しくなく、満足にフル出場できなかったこともあったとみられます。真弓明信がもう少しケガに強かったら、2000本安打も悠々とクリアできていたに違いありません。

真弓明信プロフィールでは熊本県出身だった?「世紀のトレード」で阪神入り!

真弓明信は、1953年7月12日生まれの63歳。同世代には、落合博満や、梨田昌孝、中畑清らがいます。生まれは、熊本県玉名郡南関町ですが、出身は、福岡県大牟田市とされています。これは小学3年生の時に転居した事情によるようです。姓の表記は、本来「眞弓」と書くのが正しく、先祖は、弓の名手・隠岐次郎左衛門広有とされており、かなり由緒正しい家柄に育った様子の真弓明信。

妖怪・以津真天を退治した功により、後醍醐天皇から五位の位と「真弓」姓(真に弓を射る者)を賜ったと伝わっています。真弓明信のバッティングも、「真に弓を射る」というイメージにピッタリではないでしょうか。真弓明信は、九州屈指の強豪校・柳川商業高校で2年からレギュラーを獲得。全国制覇してもおかしくないほどの戦力でしたが、在学中は、甲子園出場に届きませんでした。

社会人野球の電電九州に進むと、1年目から先発出場機会も多く、第43回都市対抗野球ベスト8進出などの原動力になります。それらが評価され、1972年のドラフト会議で、西鉄ライオンズの3位指名でプロ入り。しかし、球団は、西鉄が経営権を手放し、太平洋クラブライオンズとして再出発します。真弓明信の高い身体能力には定評があったものの、プロ入り後数年は結果が残せず、その間は、アメリカへの野球留学も経験します。

アメリカでは「Mayumi」は発音しづらいことから、ニックネーム「ジョー」(Joe)が定着することになりました。5年目の1977年に116試合に出場すると、翌1978年にレギュラーに定着した真弓明信は、初めて規定打席に到達。オールスターゲームに初出場を果たし、ベストナインにも選ばれるなど充実した年でした。

しかし、その年のオフに、主砲・田淵幸一らとの「世紀のトレード」で阪神への移籍が決定し、一躍知名度を上げることになります。移籍初年度から1番打者として125試合で打率2割7分5厘をマークするなど活躍。以降の真弓明信は、走攻守を兼ね備えた強打者としてファンから絶大な人気を誇りました。1983年には首位打者のタイトルも獲得していますが、やはり出色は、1985年の伝説的な優勝でしょう。

このシーズンに遂げた、「猛虎打線」のけん引役としての34本塁打の活躍は、今も鮮烈な印象です。それ以降はチームの低迷により、中軸を打つケースもしばしば。1994年には、代打の切り札として抜群の勝負強さを見せ、存在感を発揮しています。1995年以降も現役継続に意欲を示していましたが、獲得に名乗りを上げる球団もなく、同年限りで現役引退しました。

その後は評論家活動を経て、大阪近鉄バファローズの打撃コーチ、ヘッドコーチを歴任。2008年シーズンオフには阪神第32代目の監督に就任しますが、優勝には縁遠く、2011年のシーズンで退任しました。

真弓明信のシーズン代打打点記録は別格!「プレッシャーなんてなかった」のが大記録の秘訣?

真弓明信のシーズン代打打点記録は、いまだに日本記録として残っています。1994年に残した30打点の活躍は、今ならば、「代打の神様」と呼ばれること請け合い。後輩の狩野恵輔が、2016年シーズンに、リーグ1位タイの11打点をマークしていますが、それでも約4割弱ですから、いかにすさまじい記録かということがうかがい知れます。

1994年のシーズン、真弓明信が放った安打数は17本。それで30打点をマークしたのですから、滅法勝負強かったともいえます。阪神の低迷時、いわゆる「暗黒時代」の最中でしたから、真弓明信の活躍が、ファンにとっては、一筋の光明で、溜飲が下がる思いであったことは間違いありません。

その記録達成の秘訣は、実にシンプル。本人曰く「プレッシャーなんてなかった。誰も、何も言ってこなかったから」といいます。チームが低迷していたから、当然と言えば当然かもしれませんが、それが無類の勝負強さを引き出したというのならば皮肉な話です。

現役時代を通じて、ひときわ勝負強さが光る真弓明信ですが、指導者として再びユニフォームを着る機会もあるかと思われます。打撃コーチとしての適性は十分ありそうですので、ぜひ後進を育てて欲しいものです。

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