米良美一 事件騒動、病気から救った美輪明宏の「ヨイトマケの唄」

米良美一 事件騒動、病気から救った美輪明宏の「ヨイトマケの唄」

米良美一 事件騒動、病気から救った美輪明宏の「ヨイトマケの唄」

米良美一 過去に起こした暴行事件騒動とは?

カウンターテナー歌手として世界的にも高い評価を受けている米良美一。彼の人気を不動にしたのは、1997年の大ヒット映画「もののけ姫」のテーマ歌手に起用されたことでした。

その頃はまだ馴染みのなかった「カウンターテナー」という音の領域に加えて、米良美一の風貌から醸し出される独特な「もののけ観」?が映画との相乗効果を呼び、一躍時の人となりました。ところが、その年の10月、米良美一は風俗デリバリーを利用して深夜自宅に若い男性を招き入れ、服を脱がしたところで「自分の好みではない!」という一方的な理由で大激怒。

相手男性を何回も殴りつけるという暴行事件を起こしてしまいます。幸いにも相手との示談が成立して逮捕はされなかったものの、その後は謹慎処分となり、しばし表舞台から姿を消すことになりました。

米良美一を突如襲った病気とは?美輪明宏の「ヨイトマケの唄」に救われる

自らが招いた暴行騒動でしたが、奇しくもこの事件をきっかけに自分に正直に生きようと決意した米良美一。それまで歌手として高く評価してもらいたいがために身体的コンプレックスや病気のこと、生い立ちを頑なに隠し続けてきました。実は幼い頃から先天性骨形成不全症を患い、骨折は日常茶飯事。

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身体も小さく、腕もまっすぐに伸ばせなかったことから酷いイジメを受けていたそうです。高額な治療費を払うために、父親だけでなく母親も男性に混ざって工事現場で肉体労働までされました。美輪明宏さんの歌う「ヨイトマケの唄」の世界観はまさに米良美一の実体験そのもの。

ご自身もこの歌のおかげで随分と救われたのだとか。暴行騒動後、何かが吹っ切れたように自虐話をネタにバラエティに出演するなど徐々に活躍の場を増やしていた米良美一でしたが、昨年の12月に突然自宅で倒れ意識不明になり、救急搬送されます。病名は「左部分のくも膜下出血」でした。

米良美一、身長、体重、家族、性格は?生い立ちが壮絶だった!

米良美一の身長、体重、家族は?性格はどうなの?

米良美一は1971年5月21日生まれ。宮崎県西都市の出身です。先天性骨形成不全症のため背が伸びず、身長は142.7㎝。体重は公表されていないようですが、昨年くも膜下出血で倒れて手術されていますし、その後、水頭症の後遺症を防ぐ手術と、二度の大手術を経て現在リハビリ中とのことですので、病前よりお痩せになられているかもしれませんね。

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ご家族は父親の伸八さん、母親の京子さんの三人家族ですから、米良美一は一人息子さんのようです。一時は周囲からの重圧やご自身の容姿からのコンプレックスで自慢の声が出なくなるほどストレスを抱えていた米良美一。元来は明るい性格だったようで、バラエティに出演した時の弾けようは「並みの芸人を蹴散らすほどの勢い」とネットでも評判になりました。

米良美一の生い立ちは壮絶だった 伏せていた過去

幼い頃から先天性骨形成不全症を患っていた米良美一は一旦、市立の三財小学校に入学しました。しかし身体が小さかった上に両腕がまっすぐに伸ばせなかったため、周囲から酷いイジメを受けました。また、米良美一の治療費を払うために母親が肉体労働をしていたため「土方の子」と言われていたそうです。

そのため、小学校の行き帰りでは、子供心に恥ずかしさを覚え、工事現場で働く母親と目を合わさないように家路に急ぐという悲しい過去もありました。七歳からの数年間は宮崎県立赤江養護学校で寄宿舎生活を送り、幼い頃から歌が大好きだった米良美一は、体調がすぐれない時には寝床のカセットテープで歌謡曲を聞いて過ごし、演歌や民謡に親しんだそうです。

この時養護学校で出会ったオルガンが、結果的に米良美一の人生を決定付けたのですが、卒業後に養護学校と小学校を訪れたのは2010年のこと。それまで一度も訪れなかったとは、よほど根深い理由があったのでしょうね。

米良美一が語れなかった壮絶な生い立ち「全ては自分の気持ち次第」

2010年にNHKの特番でそれまで一度も訪れたことがなかった母校の養護学校と小学校を訪れた米良美一。それはずっと封印してきた自身の過去を解き放つ旅でもありました。自分のコンプレックスを劣性と見るか、個性として受け入れるか。もちろん、それは言葉にするほど簡単なことではありません。

けれど、「全ては自分の気持ち次第だなって感じています」。米良美一は自身のコンプレックスを、自分の個性として楽しむ事を選択しました。

昨年末、自宅廊下で倒れていたところをマネージャーに発見されて救急搬送された米良美一。病名はくも膜下出血。緊急手術を得て一命を取り留めました。しかし医師から「最悪だけは免れたステージ4。復帰どころの話ではない」と告げられ、術後も意識が戻らず、母親の決断で危険覚悟の「水頭症」の後遺症を取り除く「シャント挿入手術」を受けます。

この手術が成功し、宮崎市内の病院に転院して二カ月のリハビリ中を受け、無事退院した米良美一は「もう少し発見が遅れていたら、間違いなく自分は死んでいた。神様に生きることを許された」と、その時の想いを日刊スポーツ新聞のインタビューで打ち明けました。

幸い喉には異常がなく、今秋ステージに立つことを目標に実家で療養中だそうです。「自分の歌で皆さんを元気にできたら」と笑顔で語る米良美一、無事退院出来て本当に良かったですね!天使の歌声、美しいカウンターテナーが聞ける日を心待ちにしています!

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