村井嘉浩が宮城県知事になったワケ!元陸上自衛官から政治家転身までの道筋

村井嘉浩が宮城県知事になったワケ!元陸上自衛官から政治家転身までの道筋出典:http://www.jiji.com

村井嘉浩が宮城県知事になったワケ!元陸上自衛官からなぜ?

村井嘉浩が宮城県知事を目指したワケは自衛隊任官中にあった!

村井嘉浩(むらいよしひろ)は、自衛隊出身という経歴を持つ、変わりダネの政治家です。現在は、宮城県知事を務めていますが、それにはワケがあります。自衛官時代には、ヘリコプターのパイロットをしていた村井嘉浩。北は北海道から南は九州まで、日本の空を飛び回っていました。そうしているうちに、「東北というのは魅力的な土地」だと思うようになったといいます。

空から見ると、もうすでに家や工場がぎっしりと立ち並んでおり、これ以上入る隙間がないと感じられる関東や関西の都市部。それに対して、東北地方には、まだまだこれから伸びしろがあると感じていたそうです。その上で、東北地方の牽引役としての役割を担うであろう可能性を、宮城県にとりわけ感じたとコメントしています。宮城県を東北地方の経済的中心地にせんと、自ら宮城県知事に名乗りを上げた村井嘉浩。空から日本を見たときに、東北地方に将来性を感じたという村井嘉浩の視点は、実にユニークです。

村井嘉浩の元陸上自衛官から政治家転身までの道筋

村井嘉浩が、元陸上自衛官に任官しながら、宮城県知事という政治の大舞台に飛び込んだのは、何故なのでしょうか。これについて村井嘉浩自身、「政治に不満があった」ことが一番の理由だと話しています。自衛官は、法律的に、政治に関与することができません。それならば、自衛官を退官して、自分が政治家になるしかないと考えた村井嘉浩。「政治は、誰がやっても同じ」という諦めともとれる風潮が蔓延する現状に対しても考えを異にしていて、「政治は、やる人によって大きく結果が変わるものだ」ともコメントしています。

村井嘉浩の出身高校やプロフィール!宮城県民の評判は?

村井嘉浩の出身高校やプロフィールなどを紹介!

村井嘉浩は、現在、宮城県知事を務めていますが、出身は大阪府です。出身高校は、出身地・大阪の明星高校。明星高校は、著名人やスポーツ選手なども多く輩出している学校で、進学校としても有名です。政治家では、総務大臣を務めた樽床伸二(たるとこしんじ)も、明星高校の卒業生です。

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村井嘉浩は、明星高校を卒業後、防衛大学校に進学、そこからさらに陸上自衛隊幹部候補生学校に進み、ヘリコプターパイロットになりました。ちなみに、陸上自衛隊において、ヘリコプターパイロットといえば、超がつくエリートです。任官された村井嘉浩は、東北方面航空隊に配属。その後は、自衛隊宮城地方連絡部募集課広報班長も務めるなど、順調に出世街道を走ってきました。

1992年に退官しますが、階級は一等陸尉ですから、この時点ですでに、曹士や准尉の上に立つ幹部でした。その後、松下政経塾を経て、1995年4月に出馬した統一地方選挙に当選。宮城県議会議員3期を務め、2005年に宮城県知事選挙に就任し、現在、第3期目となっています。

村井嘉浩への宮城県民からの評判はどうなのか?

村井嘉浩に対する宮城県民からの評判には、賛否両論あるようです。1995年に宮城県議会議員に当選した村井嘉浩は、3期の任期途中で県議会議員を辞職し、知事選に出馬して初当選を果たしています。その後、2009年と2013年の知事選においても勝利しており、現在は3選目です。

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これだけの当選回数そのものが、宮城県民から高く評価されていることの証ともいえます。東日本大震災による風評被害などについて世論に示した強い姿勢や、国の政策に対する物怖じしない姿勢などが好評なようです。村井嘉浩の人柄なのか、私利私欲がなく、クリーンな政治家というイメージも根強いもの。

その反面、気仙沼の巨大な防潮堤工事や、東京電力福島第1原発事故で発生した放射性物質などの最終処分場建設問題には、批判の声も上がっています。「反対ならば司法の場に」といった村井嘉浩の強気な発言は、かなりの波紋を呼んでいます。任期途中に起こった東日本大震災による甚大な被害も、県民とともに乗り越えてきた宮城県知事の村井嘉浩。東日本大震災から5年が経ち、長期的な問題が顕在化している今こそ、政治手腕が試される、まさに正念場といえるでしょう。

村井嘉浩知事が誘致!東京オリンピックのボート・カヌー会場は宮城に!!

村井嘉浩が、トップセールスとなって、東京オリンピックのボート・カヌー会場を誘致しています。事の発端は、東京オリンピックで、ボート・カヌー競技の開催が予定され、建設が計画されていた海の森水上競技場の建設費問題です。計画した当初は69億円で建設予定だった施設に、実際には491億円かかることが判明しました。そもそも計画自体が、計画とはいえないほどずさん極まりないものでした。

商業的要素が強くなったオリンピックですが、政治家の利権がらみでゼネコンのために建設されるような施設の費用を、一体誰が賄うというのでしょう。1998年に行われた長野オリンピックで使われた会場も、負の遺産化しているのが現状です。こうした背景から、計画が見直され、いくつかの代替案が浮上しました。その1つが、宮城県登米市にある長沼ボート場を会場とする案です。

長沼ボート場が会場となれば、すでにある会場を利用することで、開催費用を大幅に抑えることができます。何より、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県の復興アピールになる上、今後の地域活性化にもつながると、まさに一石二鳥のようにも思われるこの案。

しかし現在は、東京オリンピック開催までに、会場整備が間に合わない可能性が高いと、やや逆風にさらされている状況です。「宮城県を東北地方の経済的中心地にしたい」という村井嘉浩が宮城県知事になったワケを考えても、東京オリンピックボート・カヌー会場の誘致は絶好の機会でしょう。現在は賛否両論ある村井嘉浩の宮城県知事としての評価も、オリンピック会場誘致問題をうまく決着することができれば、さらに評価が高くなるに違いありません。

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