六平直政がドラマ「嘘の戦争」でも味のある存在感!息子の意外な職業とは?

六平直政がドラマ「嘘の戦争」でも味のある存在感!息子の意外な職業とは?出典:http://www.oricon.co.jp

六平直政がドラマ「嘘の戦争」でも味のある存在感!出身校やプロフィールは?

六平直政はドラマ「嘘の戦争」迫真の演技で存在感を発揮!

六平直政(むさかなおまさ)は、個性派俳優として、ドラマだけでなくバラエティ番組にも多数出演しています。2017年に放送されたフジテレビのドラマで、草彅剛が主演した「嘘の戦争」でも、味のある演技で存在感を発揮していました。

六平直政が演じたのは、草彅剛が演じる一ノ瀬浩一の家族が殺された事件と、関わりのある三輪刑事役です。真実を知りながらも、まだ9歳だった一ノ瀬浩一に、父親による無理心中だったと嘘の証言を強要して殺人事件を隠蔽した物語のキーマンでした。浩一から、「あいつだけはこの手で直接、破滅させたい」と復讐劇を仕掛けられ、盗撮犯に仕立て上げられた三輪。

彼が追い詰められるシーンは、思わず息をのむほどの迫力でした。圧倒的な存在感で、視聴者の心を揺さぶった六平直政。最後に、主人公の浩一に対する謝罪を意味する「嘘の証言」をするシーンでは、あまりにも深みのある演技に号泣した視聴者も多かったに違いありません。

六平直政の出身校と意外とインテリなプロフィール!

六平直政は、1954年4月10日生まれで、東京都中野区出身です。東京都立国立高校を卒業後、武蔵野美術大学彫刻科に入学しました。大学を卒業した後は、同大学大学院へ進学するも中退しています。そのコワモテなイメージとは違い、美術大学卒業という意外なプロフィールを持つ六平直政。祖父は東京大学を卒業し、父親は東北大学を卒業後に上京して都立高校の英語教師をしていたというインテリな家系に育ちました。

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「六平」という姓もまた珍しく感じられますが、六平直政の父親は秋田県由利本荘市の生まれで、現在は親族が住職をしているという実家は、代々続いてきた真宗大谷派寺院超光寺です。その土地には、「平家の落人が六つの赤旗を立てた」という言い伝えがあり、もともとの「むつあか」が省略されて「むさか」になったと言われているとか。全国の「六平(むさか)」姓はすべて親戚と言いますから、いかに珍しい姓なのかがよく分かります。

六平直政の息子はあのサッカー選手!職業経験が役者業の糧に!

六平直政の息子はあのサッカー選手だった!初孫にデレデレな素顔も

バツイチの六平直政には、前妻との間に2人の息子がいます。その次男は、なんと、現在「清水エスパルス」に所属しているサッカー選手の六平光成です。2010年に中国で開催された「AFC U-19選手権」では、U-19日本代表の主将として出場したというからその実力はトップレベルと言えます。「AFC U-19選手権」を観戦するためにすべての仕事を断ったほど息子を溺愛していることでも有名な六平直政の応援を一身に受け、中央大学卒業後に清水エスパルスに入団した六平光成は、現在もMFとして一線で活躍中です。

2014年には、群馬県出身の一般女性と結婚して、すでに子供も生まれています。こうしておじいちゃんとなった六平直政は、「これが初孫かあ」と大いに感動したそうです。2015年に放送されたTwellV「孫のためのJBナイツ」に出演した際には、初孫にデレデレな様子を隠すこともなく、「また一緒にディズニーランドに行きたい」と語っていた柔和な表情が印象的でした。

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六平直政の職業経験はアルバイト300種類!役者になるまでの道とは

六平直政は、今でこそ個性派俳優として不動の地位を築いていますが、役者として食べていけるようになるまでには、約300種類ものアルバイトを経験してきています。美大卒の六平直政は、もともと手を動かすことが好きなのか、なんと溶接の免許まで取得していたそう。

唐十郎が旗揚げした劇団「状況劇場」に所属していた頃にも、舞台装置の設置や大道具の仕事を経験しており、大道具の仕事ばかりで嫌気がさして逃亡したときに、佐野史郎に引き留められたというエピソードもあります。その他に、六平直政が大道具として手がけたものとしては、「夜のヒットスタジオ」のセットや、郷ひろみの結婚式、武田鉄矢のコンサート装置、さらには石原裕次郎の葬儀などがあります。

このレベルにまでなると、単なるアルバイトと呼ぶのはもったいない気もしますが、本人が目指していたのはあくまで役者の道。34歳の時に、かねてより親交のあった柄本明に誘われて「東京乾電池」に入団し、徐々に仕事が増えたと言います。その後は、コワモテを活かしたヤクザやチンピラ役・刑事役、はたまたコミカルで三枚目な役など、さまざまな役柄を演じてきたのはご存じの通りです。こうして、個性的な名バイプレイヤーとしての地位を築いていきました。

六平直政が父親から学んだこととは?出演オファー激減でギャラダウン?!

六平直政の父親は、代々続くお寺の長男として誕生しました。しかし、寺の後継者の地位は弟に譲り、東北大学で美学を専攻し、東京で都立高校の英語教師になったそうです。六平直政曰く、父親は「価値観の押しつけ」を嫌う人間だったと言います。

六平直政が高校3年生の時に美大へ進みたいとうち明けた際も反対はせず、芸術家になる道を曲げて劇団に入った時にも、何も言わなかったそうです。息子自身の生きる力や価値観を信頼していた父親のあり方から影響を受けた六平直政は、自身の息子がサッカー選手になることを希望した時も、一切口出しはしませんでした。

影響はそれにとどまらず、今なお、父親から言われた「他人の気持ちを推し量れるような人間になれ」という言葉を忘れずに、人付き合いに活かしていると語っています。知れば知るほど、コワモテからはうかがい知れない深い人間性を感じさせる六平直政。

彼はまた、あれだけ露出しているにもかかわらず、芸能事務所に所属せず、出演やギャラ交渉、スケジュール管理を自前で行っている点でもユニークな役者だと言えるでしょう。しかし最近は、かつては役を選び、強気なギャラ交渉をしていた六平直政が、出演料も抑えめで弱気になっていると話題になっています。テレビ関係者の見立てによると、仕事を選びすぎるあまり出演オファーが激減したことが弱気になった理由だとか。

とはいえ、坊主頭で額にしわを寄せにらみをきかせる唯一無二のベテランコワモテ俳優・六平直政を必要とする作品がなくなるとは考えられません。初孫にも恵まれ、やさしい笑顔を隠しもしない様を見れば、好々爺の役柄がぴったりはまることも容易に想像できます。今後も、自身の気持ちの赴くままに、今後も、作品に欠かせない名脇役として活躍してくれるでしょう。

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