中村メイコと美空ひばりの友情秘話!自宅豪邸を手放したワケとは?

中村メイコと美空ひばりの友情秘話!自宅豪邸を手放したワケとは?出典:http://www.teinenjidai.com/index.html

中村メイコと美空ひばりの友情秘話!自宅豪邸を手放したワケとは?

中村メイコと美空ひばりは大親友!酒にまつわるエピソードから見える大物たちの素顔!

中村メイコと美空ひばりは、互いに、幼い頃から俳優、歌手として芸能界で活躍した大親友同士。家族ぐるみの付き合いの中で、本当の姉妹のように接してきた中村メイコと美空ひばりは、15歳の頃から、連日ゲイバーなどを飲み歩いたといいます。

日本芸能史を代表する超大物の中村メイコと美空ひばりの酒の席とは想像し難いものですが、ある時は、2人で、おでん屋台の主人が寝ている間に、自宅前の公園まで押して移動させてしまった、というお茶目なエピソードには拍子抜けしていまいますよね。その後、中村メイコと美空ひばりは食べたおでんの3倍以上の料金を払って、屋台を残したまま再び飲みに行ったそうです。こうした気の置けない関係は、中村メイコが結婚した後も続きましたが、やがて美空ひばりは、酒量が祟って病気になってしまいました。

「何で私だけ病気にならないの?」と言う中村メイコに、美空ひばりは「メイコは止めてくれる人がいるでしょう。私はいないから、その後も飲んでいたのよ」と言ったそうです。こうした心情を吐露できたのは、中村メイコと美空ひばりがいかに近い存在だったかを物語っているようでもあります。

中村メイコが自宅豪邸を手放した”終活”の実像!

中村メイコは、2014年に、30年間暮らした自宅豪邸を手放して、3分の1の広さのマンションに引っ越しています。もともと中村メイコは思い出を大切にするタイプでしたが、2010年、大人気エッセイ「人生の終いじたく~だって気になるじゃない、死んだ後のこと。」を出版したあたりから2年間にわたり、長い女優生活の証である台本などの資料、紅白歌合戦で着た振袖などの衣装や、夫のグランドピアノまで、トラック7台分もの身の回りの品を処分したといいます。

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また、事務所スタッフが自宅の1室に保管してくれていた中村メイコのポスターやブロマイド類も、『美空ひばりのように歴史的価値はない」との理由で、全て処分しています。わざわざ手狭のマンションに引っ越したのは、「狭ければ、必要最低限の物以外をためこまない」との意図があったそう。自分が亡き後、家族や友人の手を煩わせることのないようにと始めた”終活”の一環だったのです。

中村メイコの息子、旦那は誰?娘・神津はづきの夫はあの俳優!

中村メイコの息子、娘たちも有名人!旦那・神津善行は有名作曲家!

中村メイコには3人の子供がいますが、息子は、スペインを拠点に活動する洋画家・神津善之介です。神津善之介の14歳上の長女・神津カンナは作家で、10歳上の次女・神津はづきは女優として活躍中。才能溢れる3人の子供たちはそれぞれ、息子・神津善之介は武蔵野工業大学卒業後にスペインへ、神津カンナと神津はづきは東洋英和女学院高等部卒業後にニューヨークへ留学しています。

中村メイコは決して教育ママではありませんでしたが、1957年に24歳で結婚した旦那もまた、映画音楽を中心に約300曲以上も作曲している著名な作曲家・神津善行。3人の子供を異国の地へ手放したのには、国立大学音楽器楽科卒業の実力派音楽家と大物女優・中村メイコの子供という”おまけ”を得ずに、自力で羽ばたいてほしいとの願いを込めてのことだったようです。

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中村メイコの娘・神津はづきの夫は俳優・杉本哲太!両親の”耳”は確かだった!?

中村メイコの次女・神津はづきが1992年に結婚した夫は、ドラマや映画で見ない年はないというくらいに有名な俳優・杉本哲太です。当初、杉本哲太は、ドラマで共演した歌手で女優の岩崎良美を狙って食事に誘ったそうですが、2人きりで会うことをためらった岩崎良美が、神津はづきを同席させたことが2人の出会いのきっかけになり、1992年に結婚に至っています。

当時、すでに俳優として活動していた杉本哲太ではありましたが、高校中退の暴走族上がり、デビューは横浜銀蠅ファミリーのロックバンド・紅麗威蘇(グリース)というアウトローキャラを拭いきれずにいました。そこで、中村メイコと神津善行は、わざわざ紅麗威蘇時代のレコードを探して聴き、音楽を通じて杉本哲太を理解しようと努めたそうです。結婚生活においても、短気で怒りっぽい杉本哲太ではありましたが、神津はづきが3児の母となって、25年も添い続けているところを見ると、やはり両親の耳は一流だったといえそうです。

中村メイコはテレビ放送黎明期の立役者!昭和の大スターの貫禄は凄かった!

中村メイコは、1934年5月13日生まれの現在82歳。2歳で、P.C.L映画製作所(現・東宝)製作の映画「江戸っ子健ちゃん」で子役デビューを果たし、幅広い役柄を演じる”7色の声”で、天才の名をほしいままにしました。また、1940年に開催予定だった東京オリンピックに先立つ実験放送の頃からNHKテレビ放送に出演していた中村メイコは、日本のテレビ放送黎明期を語るに欠かせない存在でもあります。

結婚して子供が生まれてからの中村メイコは、「家族は揃って食事を摂るもの」という旦那・神津善行の方針に沿って、16時には撮影現場をはけ、毎日夕食の準備をしたといいます。毎朝の子供たちの弁当作りも欠かしたことはなく、仕事に穴をあけたこともないそうです。自身は「美空ひばりとは違って歴史がない」と仰ってはいますが、長きにわたり、家庭と女優業を見事に両立しつつ、近年も「怪奇恋愛作戦」「プラチナエイジ」とドラマ出演を続ける姿には、畏敬の念を抱かずにはいられません。

芸歴80年を迎えんとする中村メイコが、2015年末の「アウトデラックス」に登場した時には、「昔の子役って、常識とか学問とか怠ってるもんね!」とダメ出しされた坂上忍も、さすがに頭が上がらない様子でした。そして、大親友・美空ひばりや金銭感覚について話が及ぶと、歯に衣着せずに豪快なエピソードを披露してくれる気さくな性格には、余裕すら感じさせられます。昭和の大スター・中村メイコ。駆け抜けてきた人生に自ら有終の美を飾ろうとする終活の潔さからも、大物たる心意気と貫禄が伝わってくるようです。

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