仁科克基は元嫁の多岐川華子に未練タラタラ!若い頃のボンボンぶりが凄かった!

仁科克基は元嫁の多岐川華子に未練タラタラ!若い頃のボンボンぶりが凄かった!出典:http://trend-vix.seesaa.net

仁科克基は元嫁の多岐川華子に未練タラタラ!離婚理由は何?

仁科克基が「今でも好き」元妻・多岐川華子に未練タラタラ?

仁科克基は、父親が松方弘樹で、母親が仁科亜希子という2世タレントです。肩書は「俳優」ですが、最近はお芝居をする姿は見られず、バラエティ番組で目にする印象のほうが強いかもしれません。

そんな仁科克基は、2011年1月に、かねてから交際が報じられていた女優・多岐川裕美の娘である多岐川華子と結婚。「2世カップル」として注目を集めました。しかし、2012年に、わずか1年9カ月で離婚しました。多岐川華子からSNSで一方的に離婚を告げられたと語る仁科克基は、「今でも好き」と、元妻に未練タラタラなのだとか。

テレビに出演する時は、復縁したい気持ちをアピールするために、多岐川華子にもらったアクセサリーを付けているという仁科克基。多岐川華子のブログは毎日チェックし、残していった衣類や指輪も、「華子box」という箱に大事にしまってあると言います。当の多岐川華子は「もう関係ない」とバッサリ。未練をチラつかせるのは、テレビに出るために仁科克基がわざとしているとしか考えていないようです。

仁科克基と多岐川華子の離婚理由は??

仁科克基は、2011年1月11日にグアムで挙式をし、著名人を招いた披露宴も大層話題になりました。しかし、当初から上手くいっていなかった2人の結婚生活。2011年末に大ゲンカになると、翌年の7月には、多岐川華子が家を出て別居となります。多岐川華子からLINEで「離婚したい」と言われた仁科克基でしたが、その理由がまったく思い浮かばず困惑したといいます。

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しかし、巷では、仁科克基の止まらないキャバクラ通いや、女癖の悪さ、金遣いの荒さなどが原因ではとの声がちらほら。仕事のオファーが来ても、やりたくないものは拒否する上、多岐川華子が持ってきた仕事も断っていたと言います。離婚の真相は当人にしか分かりませんが、仁科克基に非がないとは言えなさそうです。

仁科克基はジャニーズ出身だった!?若い頃のボンボンぶりが凄かった!

仁科克基はジャニーズJrだった!?松方弘樹の力で特別扱い??

仁科克基は、芸能人の子息も多く通っているという神戸の芦谷学園中学校に通い、堀越高校に進学しました。小学生の頃から、子役として映画や舞台に出演していた仁科克基ですが、中高生のころは、ジャニーズJr.としても活動していたようです。俳優専門として活動しており、いわゆるアイドルタレントとして表に出ることはなかったため、そうと知る人は少ないかもしれません。

しかし、アイドル雑誌の撮影では、他のジャニーズメンバーを差し置いて、ソロのグラビアが掲載されていたというから驚きです。裏では、父・松方弘樹の力が働いていたとかいないとか……。ジャニーズ事務所を辞めた現在は、松竹エンタテイメントに所属し、広くタレント活動をしています。

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仁科克基の暮らしぶりは?5000万円の豪遊!桁外れのボンボン生活とは?!

仁科克基は、生まれた時から、父・松方弘樹との豪快な生活を当たり前のように送ってきました。自宅は、お手伝いさん7人に、住み込み運転手、自家用ヘリに、大きなプールのある豪邸。中学生時代のお小遣いはサラリーマンの月収並みで、自宅のある京都から神戸の中学校までの通学は、新幹線のグリーン車を利用していました。さらに、仁科克基がお金を出し、友人を連れての海外旅行や京都祇園でのお茶屋遊びまでしていたと言います。

その額は約5000万円!まさに桁外れのボンボンぶりです。それでもお金が足りず、松方弘樹の財布から拝借していた仁科克基。それが当たり前だったと言ってしまえばそれまでですが、今現在の様子を見るにつけ、自立せずにボンボンのまま生き続けることは難しかったようです。

仁科克基「しくじり先生」で亡き父・松方弘樹は「今、自分の中で生きている」

仁科克基は、2017年4月23日にテレビ朝日で放送された「しくじり先生 俺みたいになるな!!」に出演し、2017年1月に亡くなった父親の松方弘樹と絶縁状態だったことを告白しました。最近では、離婚した多岐川華子への「未練タラタラの元夫」というキャラクターでテレビにでることが多かった仁科克基ですが、バラエティ番組で、父・松方弘樹の話題に触れることは一切ありませんでした。

仁科克基は、両親が離婚してから19年間というもの、松方弘樹とは全く会っていなかったそうです。松方弘樹が出るテレビや映画なども見ることもなく、完全にシャットアウトしていたと言います。松方弘樹が入院したことも知らず、体調を崩していることを知ったのは、芸能リポーターの井上公造から「松方弘樹さんが危篤なのではという話を聞いた」と、連絡をもらったからでした。

松方弘樹の復活を信じていた仁科克基は、回復し、退院したら、父に会いに行こうと考えました。しかし、次に知ったのは、すでに密葬されていたという切ない事実。これにより、父との再会は永遠に叶わぬものとなってしまいました。すねをかじり続け、絶縁状態となって以降は、偉大な父の様子を知ろうともしなかった仁科克基。

しかし、父を失った今、著名人や、各界の友人、知人たちから生前の松方弘樹の話を聞いて知ることも多いと語りました。今は、「自分の中で父が生きている」と感じているそうです。亡き父への謝罪と後悔を噛みしめた仁科克基には、これからは、後悔することのないように、大切な人たちとの関係を大事にしていって欲しいですね。

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