岡本真夜「TOMORROW」の歌詞が真っすぐ突き刺さる!代表曲は名曲揃い!

岡本真夜「TOMORROW」の歌詞が真っすぐ突き刺さる!代表曲は名曲揃い!出典:http://www.myjcom.jp/wonderstudio/xmas.html

岡本真夜「TOMORROW」の歌詞が真っすぐ突き刺さる!代表曲は名曲揃い!

岡本真夜「TOMORROW」の歌詞が真っすぐ突き刺さる!

岡本真夜といえば、デビューと同時にミリオンヒットとなった名曲「TOMORROW」があまりにも有名です。「涙の数だけ強くなれるよ アスファルトに咲く花のように」という歌い出しは、ポップな曲調も印象的ですが、その歌詞が人々の心を強くとらえました。

アスファルトの隙間から力強く生え、花を咲かせる雑草の姿、そんな誰もが一度は目にした光景を歌詞で巧みに描くことで、岡本真夜の「TOMORROW」は、多くの人の心に真っすぐ突き刺さる応援歌となっているのでしょう。

岡本真夜の代表曲は「TOMORROW」だけじゃない名曲揃い!

岡本真夜の代表曲は、「TOMORROW」以外にも数多くあります。心にまっすぐ届くポジティブな歌詞と、誰もが口ずさめるメロディは、CMやドラマの主題歌でも多く採用されてきました。「そのままの君でいて」は、「もっと自由にもっと素直に 強がらないで歩いていこう」という歌いだしが、「TOMORROW」と同様に印象的で、TBSテレビ『帰って来たセカンドチャンス』挿入歌にも採用されました。

一方「Alone」は、泣ける失恋ソング。大塚食品の飲料「MATCH」CMソングとして耳にしたことがある人も多いと思います。あなたも、岡本真夜の曲を、いつの間か耳にして、知らずに口ずさんでいるかもしれません。

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岡本真夜が病気で声が出なくなった!結婚した夫や子供の現在は?

岡本真夜が病気で声が出なくなった!

岡本真夜は、2015年に、デビュー20周年を迎えました。記念すべき年ということで、TBSの「音楽の日」や、フジテレビの「水曜歌謡祭」等の歌番組に出演しましたが、「声が出てない」「歌声がぶれぶれ」といった批判が殺到。岡本真夜本人も声が出ていない自覚があったようで、ブログにはお詫びのコメントをアップしていました。

しかし、声が出ない状態が続いたことから、ついに病院を受診した岡本真夜。なんと診断は「メニエール病」。メニエール病といえば、耳鳴りや難聴、めまいという内耳におこるトラブル。歌手としては、なかなか深刻な病気ですから、今後の活動が心配です。

岡本真夜の結婚した夫や子供の現在は?

岡本真夜は、歌手としては深刻ともいえる「メニエール病」を抱えることになりました。そんな過酷な状況を支えてくれるのは、なんといっても家族です。しかし、2000年に結婚した元コンサートスタッフの夫とは、2014年に離婚している岡本真夜。現在は、夫との間に2001年に誕生した長男と暮らしているようです。

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岡本真夜は、離婚を発表した際に「息子に仕事を頑張っている姿を見せるだけ。それしかできない」とコメント。現在15歳で高校生となった息子の存在を支えに仕事を頑張っていこうとしているようです。慰謝料等はなく、円満な協議離婚だったため、現在でも元夫と子供と3人で食事をとるなど、家族として仲良くしていると語っています。

岡本真夜はまだまだ音楽をあきらめない

岡本真夜は、歌手として、デビュー20周年を迎えた2015年を経て、今年に入り、また新しい挑戦をしています。なんとピアニスト「mayo」としてデビュー。全編ピアノによるインスト曲を収録したデビューアルバム『always love you』を1月に発売したのです。
歌手としてデビューし、20年も走り続けてきた姿からすると意外ですが、実は岡本真夜は、もともとピアニストになりたかったそうです。

岡本真夜の出身は高知県。両親の離婚により、祖父母にひきとられ育てられました。内気で人見知りだった岡本真夜は、いじめを受けることもあったとか。そんな少女時代の岡本真夜の夢は、クラシックのピアニストになることでした。実際、小学校3年生から高校生1年生までピアノを習っており、中学では吹奏楽部に所属。そんな岡本真夜が歌手を目指すことになるきっかけは、ラジオから流れるDREAMS COME TRUEの「未来予想図Ⅱ」を聞いたこと。吉田美和のボーカルに衝撃を受けた岡本真夜は、密かに歌手になることを夢見るようになります。

その後、母親の紹介で、岡本真夜は、現在も所属する芸能事務所に自身の歌を吹き込んだカセットテープを送ります。事務所から、高校卒業後に上京することを勧められた岡本真夜は、祖父母の反対を押し切って、東京へたった1人で旅立ちます。
上京すると、事務所からは「100曲作詞作曲」できたらデビューという条件をつき付けられることに。しかし、当時の岡本真夜は、遊び程度に作曲したことはあっても、本格的な作曲の知識もなく、身一つで東京へ出てきて、お金も楽器も機材も何もない状態。そんな困難な状況の中、なんと40曲も完成させるのです。そのクオリティの高さには、周囲も驚かされたといいます。そんな努力が実り、1995年、21歳のとき、岡本真夜は「TOMORROW」でついにデビューを飾るのです。

しかし当時、デビュー曲として他にも4曲も候補があり、岡本真夜としては、他に一押しの曲があったといいます。しかし、「TOMORROW」がドラマの主題歌に採用されたことから、結果的にデビュー曲は「TOMORROW」に決定。しかも、もともとはミディアムテンポのバラードだった曲を、アップテンポの明るい曲調にしてほしいという要望があり、皆がよく知るあの「TOMORROW」が出来上がったといいます。

岡本真夜本人としては、かなりの戸惑いもありました。しかし、そんな思いに反して、「TOMORROW」は大ヒット。「TOMORROW」は多くの人の心に届き、ファンからは、「『TOMORROW』は人生を変えてくれた曲です」と涙ながらに言葉を贈られることもあったのだとか。そうするうちに、岡本真夜も、次第に「TOMORROW」を代表曲として受け止められるようになったそうです。

紆余曲折あったデビュー曲「TOMORROW」から20年がたち、岡本真夜はピアニストとして新たなステージに立とうとしています。デビューに際して、自身を振り返った岡本真夜は、「クラシックのピアニストになるつもりだったのが、ある時DREAMS COME TRUEの曲を聴いてシンガーを目指しました。5年ぐらい前から、自分の心の奥に眠っていた、やっぱりピアノをやりたいという思いが沸々と湧き出てきて、曲作りを始めました」とコメント。

歌、作曲、ピアノと表現の形態は変わっても、岡本真夜の音楽へむかう情熱は変わらなかったのでしょう。42歳の岡本真夜が見せてくれる新しい音楽は、また誰かの人生を変えることになるのでしょうか。

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