岡村隆史の病気(うつ病?)の原因は矢部浩之?!復帰できた理由とは?

岡村隆史の病気(うつ病?)の原因は矢部浩之?!復帰できた理由とは?

岡村隆史の病気(うつ病?)の原因は矢部浩之?!復帰できた理由とは?

岡村隆史の病気は、サラリーマン社会にも蔓延する「うつ病」

2010年6月初めから11月末まで、ナイティナイン岡本隆史の突然の休業は、芸能界だけでなく、一般の人たちにも大きな話題となりました。

統計では企業人口の約1%が、うつ病をはじめする心の病気にかかっていると言われるほど、サラリーマン社会では心の病気が大きな問題となっています。

岡村隆史の場合、芸能人であってもその辛さは同じなのだと、多くの人々の共感と慰めを得たこと、また岡本の才能を芸能界が惜しんだからこそ、突然の休養から仕事に復帰ができた、数少ない好例といえます。

岡村隆史の病気が、矢部とのコンビの絆を深めた

岡村隆史の症例は、典型的な働き過ぎです。この年、岡村隆史は「めちゃイケ」や「オールナイトニッポン」などのレギュラー番組の他に、主演映画「ティーダカンカン」の撮影が重なり、多忙を極めていました。

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1970年生まれの岡村隆史は40歳を迎え、お笑い芸人としては絶好調でしたが、そう若くない心と体が、気がつかないうちにすり減っていたのです。岡村隆史は、多忙から銀行にも行けない状態なのに、これだけ働いても財布にお金がないのだと思いはじめ、ついに、相方の矢部浩之に、金がないと訴えるようになります。

さすがに岡村隆史の異常に気がついた矢部浩之。とうとう、台本を覚えることもできなくなり、不眠で倒れてしまった岡村隆史を見るに至って、矢部浩之は会社と相談。その結果、岡村隆史に長期休養を取らせることになりました。

休養当初、岡村隆史のうつ状態はかなりひどく、絶対安静状態であったそうです。矢部浩之には、すでに大学へ進学していた岡村隆史を、お笑いの世界に引き入れてしまったという引け目があり、岡村隆史が休業の間、腹をすえレギュラー番組を守り抜きます。また、そのコンビの強い絆が、岡村隆史の復帰を早めさせたともいえます。

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岡村隆史に高倉健が伝えた伝説の名言とは?松本人志と犬猿の仲?

岡村隆史に伝えた、高倉健珠玉の一言「辞めたらダメだ」

相方矢部浩之の懸命なフォローだけでなく、岡村隆史にとっては、芸能界の多くの先輩たちからの励ましやお見舞いが、療養中の大きな支えとなったそうです。中でも、高倉健とのエピソードは、ファンの人たちだけでなく、芸能界の人々をも驚かせました。

岡村隆史と高倉健の出会いは、2000年の第23回日本アカデミー大賞の授賞式に遡ります。この年の話題は、高倉健が東映を辞めて以来、19年ぶりに出演した東映作品「ぽっぽや」で最優秀男優賞を受賞したことでした。そしてこの年、岡村隆史もまた香港映画「無問題」の主演で、作品部門の話題賞を受賞したのです。

岡村は受賞インタビューで、これからどんな俳優になりたいかと聞かれ、とっさにウケ狙いで「高倉健さんのような俳優になりたい」と発言。高倉健は自ら席を立って、岡村隆史に拍手を送りました。これが二人の初めての出会い。

そして岡村隆史が休養に入ると、ある人から突然岡村隆史の留守電に励ましの伝言が入っていたのです。それは高倉健本人からでした。そして岡村隆史が復帰すると、高倉健は、遺作となる「あなたへ」の出演を依頼します。その撮影の合間、高座健は小柄な岡村と肩を組んで歩きながら、次のような言葉を、岡村隆史にかけたのです。

「(仕事を)辞めたら辞めたで終わりだからな。辞めたらダメだ。何があってもやらないと。何があってもやる。続ける。命あるかぎり。辞めたらダメだ。続いているやつが勝ちなんだ」と。

岡村隆史とダウンタウン松本人志との、不仲説根底にあるもの

最近は、不仲説からの奇跡の共演などがもてはやされることが多いですが、かくいう岡村隆史と根強い不仲説があるのが、ダウンタウンの松本人志です。岡村隆史がかかったような心の病気は、生真面目でナイーブ、気配り上手な人がかかりやすいと言われています。

逆に言えば、芸人がこんな病気になること自体、不適格だという厳しい見方もあるようです。ダウンタウンの松本人志や浜田雅功のような自己主張の強い本音芸人からすれば、いくら芸が面白くても、岡村隆史はうわべだけのええかっこしいのように感じられ、扱いづらい後輩と感じるのでしょう。

人の個性はそれぞれですが、世の中を強く生きるためには、他人の評価は別として唯我独尊タイプのほうがいいのかもしれません。

岡村隆史がNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に出演、自らの休養理由を赤裸々に語る

この、高倉健が岡村隆史に声をかけるシーンが、10月26日に放送のNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に収録されていました。この番組に出演した岡村隆史は、番組の中で2010年の5カ月間にわたる休養について「ぼくは1回、思いっきり逃げたんですよ。自分で決めた仕事がうわ~ってなって、寝れなくなって、完全に仕事ができなくなって、その時はやめようと思いましたもん、芸能界。その時は1人で全部やらなくちゃいかん、と思い過ぎていた。気が付いたら寝ないで2日たっていた」と赤裸々に語っています。

実はこの番組の中で、岡村隆史は、三人のスペシャリストである、左官職人の挾土秀平氏、歌舞伎俳優の坂東玉三郎、「奇跡のりんご」栽培で有名な園芸家木村秋則氏と対談することで、それぞれから、人生を生き抜く上で貴重なアドバイスを得ています。

岡村隆史の悩みはまた、自分なりに仕事に取り組んできた中高年共通の悩みでもあります。岡村隆史のような苦しみに陥った時、必要なものは決して薬や休養だけでなく、家族の愛情であり、友人の助けであり、そして人生の先輩の励ましであると、岡村隆史は身を持って教えてくれたようです。

また、たった一度の出会いであった高倉健が、岡村隆史に熱いエールを送ったのは、時代は変わっても健気で不器用な男の生きざまに、強い親近感を感じたからではないでしょうか。

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