大橋巨泉が余命は?胃がん、中咽頭がん、リンパ腫、肺がんとの闘病履歴

大橋巨泉が余命は?胃がん、中咽頭がん、リンパ腫、肺がんとの闘病履歴

大橋巨泉が余命は?胃がん、中咽頭がん、リンパ腫、肺がんとの闘病履歴

大橋巨泉が数度のがんを克服した奇跡

憎まれっ子、世にはばかる、という言葉がありますが、昭和9年、1934年生まれの大橋巨泉は、すでに81歳。最近は、数度のがんから、奇跡の生還を果たし、話題となっています。

2005年以降、何度もがんに襲われ続けている大橋巨泉。まず2005年には、余命3年と言われた胃がんで、大橋巨泉は胃の約半分を切除しました。2013年には、中咽頭がんで腫瘍を摘出。翌2014年には、縦隔のリンパ節へのがん転移が見つかり、大橋巨泉は30回にわたる放射線治療を受けます。

そして2015年5月には、さらにがんが移転したという大橋巨泉。右肺3分の1を切除します。さらに10月、縦隔リンパ節へと転移したがん腫瘍の摘出手術を受けたのです。しかし、大橋巨泉は手術後「徹子の部屋」に出演し、がんからの生還を自らの言葉で語っています。大橋巨泉、ただものではありません。

大橋巨泉は、テレビ創成期のレジェンド

大橋巨泉と同じ昭和9年生まれは、戦後の映画やテレビ創成期を飾ったタレントが多いことでも有名で、芸能界には昭和9年会という親睦団体があるほどです。しかし近年は、会員の物故者が続いているのも事実。例えば俳優の長門浩之、コント55号の坂上二郎、そして大橋巨泉とは無二の親友だった愛川欣也です。

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奇しくも、昭和の大スター石原裕次郎も、昭和9年生まれでした。大橋巨泉は、早稲田大学を中退後、ジャズ評論家から創成期のテレビ業界に入り、構成作家をしていました。しかし、日本テレビが深夜の大人向けワイドショー、伝説の「11PM」を制作するにあたり、競馬や釣り、麻雀など、大人の遊びに精通したホスト役として大橋巨泉を起用したことで、大ブレイク。

その後は、テレビのエポックメイキング的番組である、TBSの「クイズダービー」や「世界まるごとHOW マッチ」など、大橋巨泉は、数々の人気番組の司会を務め、テレビ界で盤石の地位を築きます。そして56歳でセミリタイアした後も、時折、テレビの特番やラジオに出演。今現在も大橋巨泉は執筆活動をしながら、テレビ業界や政界に対して、鋭い批評を続けています。

大橋巨泉、千葉の自宅が泥棒被害に遭っていた!妻・浅野順子との夫婦秘話

大橋巨泉が、がん手術の間に空き巣被害!

5月18日、右肺のがん腫瘍摘出手術を受け、22日に都内の病院を退院した大橋巨泉。実は、その日の深夜に、千葉県大網白里市内の自宅が、泥棒被害に遭っていたことが、翌23日に分かりました。幸い泥棒は、防犯装置の警報が鳴ったために家に入ることなく退散。からくも盗難はまぬがれましたが、大橋巨泉の自宅の網戸が焼かれていたそうです。

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大橋巨泉はこの日さっそく、TBSラジオ「土曜ワイドラジオTOKYO永六輔その新世界」に電話で生出演し、「何も取られないどころか、家にも入られなかった。ハッハッハ」と笑い飛ばしました。体調について聞かれても、「昨日もちょっと散歩したんですけど、息が切れなかった。ジジイのわりには強いんですよ」と、変わらぬ元気さをアピールしています。

大橋巨泉にとって、15歳年下の愛妻・浅野順子ががん特効薬

しかし、大橋巨泉の憎たらしいぐらいの元気さは、決して大橋巨泉ひとりのやせ我慢だけではないようです。大橋巨泉は、これまでに二度結婚しています。最初の妻は、有名なジャズ歌手のマーサ三宅でした。しかし、この結婚はほどなく破局。そして大橋巨泉は、35歳の時、元子役・モデルとして活躍していた、まだ21歳の浅野順子と再婚します。

それが大橋巨泉の現寿々子夫人です。当時は、大橋巨泉が少女誘拐したとまで言われたそうですが、以後大橋巨泉と妻・浅野順子の二人は、仲むつまじく暮らしてきました。大橋巨泉ががんで倒れた時、寿々子夫人は「あなた、私を人殺しにしないで」と訴え、大橋巨泉にがんと戦う気持ちを奮い立たせたそうです。

大橋巨泉が、がん手術後すぐに「徹子の部屋」に出演して不死身ぶりを披露

大橋巨泉は2015年10月14日に、左右両肺の間にある、縦隔のリンパ節に、2カ所転移していたがん腫瘍を摘出。その6日後には、テレビ朝日「徹子の部屋」の収録を行い、その出演分が11月2日にオンエアされました。大橋巨泉は、「みなさんこんにちは、大橋巨泉と申します。まだ生きています」と、番組の冒頭、視聴者に生還報告を行い、いつものふてぶてしい巨泉節を披露していました。

また、今回の腫瘍は悪性のもので、極めて危険な手術であったとも語っています。ここ最近の「徹子の部屋」は、大橋巨泉だけでなく、なかにし礼など、がんからの生還報告や、俳優やタレントのがん死を追悼した回が、やたら多いような気がしますが、それだけ日本人のがん死の比率が高いということなのでしょう。

ただ大橋巨泉の場合は、胃がんから始まり、中喉頭がん、肺がんと、呼吸器での転移が多いことを考えると、これからも予断は許さないでしょう。大橋巨泉は、黒柳徹子などとともに、テレビの創成期に関わった人です。また同じように、構成作家だった永六輔や、故前田武彦、東京都の都知事であった故青島幸男と同様、マスメディアの人間として、常に政治にコミットしてきた人でもあります。

しかし、今でも時の政府や政治に対して、憎まれ口を敲いているのは、大橋巨泉だけでしょう。憎まれっ子、世にはばかる。大橋巨泉には、もうしばらく長生きしてほしいものです。

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