押尾コータローの独特な奏法を徹底解剖!使用ギターや弦も気になる

押尾コータローの独特な奏法を徹底解剖!使用ギターや弦も気になる出典:

押尾コータローの独特な奏法を徹底解剖!使用ギターや弦は?

押尾コータローの独特な奏法って?「叩き系」を徹底解剖!

デビュー15周年を迎えたアコースティックギター奏者の押尾コータロー。アコースティックギターだけで繰り広げられているとは思えない広がりのあるサウンドで、多くのファンをひきつけています。そのサウンドの秘密は、独特な奏法にありました。

押尾コータローは、ギターの弦やボディをパーカッションのように叩く「叩き系」と呼ばれる独特の奏法で、ギター1本とは思えないリズミカルでアクティブな音を実現。この叩き系には、タッピング奏法、スラム奏法といったものがあり、より複雑なサウンド展開が可能になります。「叩き系」の奏法は、ピックを使わず爪で行うため、押尾コータローは、常に爪の手入れを怠らないそうです。

押尾コータローのギター所有ギターは40本以上!使用ギターや弦は?

日本における「叩き系」奏法の第一人者といえる押尾コータロー。ギターファンからの評価も高く、押尾コータローの使用ギターや愛用している弦が気になるファンも多いようです。現在、押尾コータローは、40本以上のギターを所有しているといいますが、高校生の頃から愛用しているのは、アメリカのメーカー「グレーベン」のギター。

弦はアニーボールのアコースティックギター弦2546エバーラストを使っています。弦の表面にコーティングがしてあるコーティング弦で、長時間の演奏でも汗や手垢をはじいてくれる優れものです。

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押尾コータローの結婚やプロフィール!最新アルバムやライブ情報は?

押尾コータローは結婚している?子供は?プロフィール!

押尾コータローは、1968年2月1日生まれの49歳。大阪府出身で、活動の拠点は、現在も大阪に据えています。テレビやラジオ等でトークする様子を見ると、イントネーションはばっちり関西人です。プライベート情報は、ほとんど公にはされていませんが、2002年のメジャーデビュー前に、1歳年上のみゆきさんという名の一般女性と結婚しているそうです。

1999年、インディーズ時代にリリースしたアルバムに収録した「ちいさな輝き」という曲は、生まれた子供のために作ったといわれています。ちなみに子供は男の子というのがもっぱらの噂です。

押尾コータローは全国ツアー中!気になる最新アルバムやライブ情報!

押尾コータローは、2016年11月に、最新アルバム「KTR×GTR」をリリースしています。アルバムタイトルは、コータローという名前と、ギターの表記が似ていることから、一心同体という意味も含めてつけたとか。現在、押尾コータローは、最新アルバムを引っ提げてのコンサートツアーの真っ最中。

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デビュー15周年目ということもあり、ツアーは大規模で、2017年2月から7月にかけて、47都道府県をめぐります。東京公演は、7月14日に東京国際フォーラムで、千秋楽は、7月22日に北海道の道新ホールで行われます。

押尾コータローが遅咲きでも成功できたわけとは?

デビュー15周年を迎えて、充実した音楽活動を送っている押尾コータロー。押尾コータローの、アコースティックギター1本という、ボーカルのないインストゥルメンタルのスタイルは、一見すると地味です。そのスタイルで、今の日本の音楽界で成功をおさめたことは珍しいといえるのかもしれません。

しかし、押尾コータローのギターを一度聞けば、ギター1本とはとても思えない奥行のあるサウンドと、さわやかでキャッチーな曲調に、アコースティックギターに抱いていたイメージを一変させられる人も多いようです。

そんな押尾コータローの独自のスタイルは、どのように築かれていったのでしょうか。押尾コータローがギターを始めたのは、中学生の頃。中川イサトのギター教室にも通い、教えを受けていたそうです。中川イサトは、フォークグループ「五つの赤い風船」のギタリストで、押尾コータロー以外にも、多くの後進を育てています。また、押尾コータローのピックを使わない指弾き(フィンガーピッキング)のスタイルは、日本においては、中川イサトが草分け的な存在でもあります。

アコースティックギターの魅力にのめりこんだ押尾コータローは、高校卒業後に東京の音楽専門学校に通い、ギタリストの岡崎倫典や小松原俊にも学びました。その後は大阪に戻り、バンド活動を開始しますが、なんとギターではなくベースを担当。なんでもベースしかメンバー募集がなかったからだとか。

バンド解散後にようやくソロギタリストとして活動を開始しますが、押尾コータローのメジャーデビューが決まるのは、34歳の時でした。関西のラジオでオリジナル曲が紹介されたことをきっかけに注目が集まり、デビューのチャンスをつかみました。30代半ばという遅いデビューでしたが、押尾コータローには、不思議と焦りはありませんでした。年齢を重ねていたからこそ、周囲のスタッフからの意見も柔軟に受け入れ、音楽作りにいかすこともできたといいます。

当時のことを、「受け入れてよりよい音楽を作っていこうと思えたのも、遅咲きだったからこそと思うんです」と語っている押尾コータロー。遅咲きだったからこそ、独りよがりにならずに多くの人に受け入れられ、長く愛される音楽を作ることができたのでしょう。

その姿勢はコンサートにも表れています。関西育ちらしい楽しいMCや、馴染み深いアニメソングやCMソングを演目に取り入れるなど、聴衆を飽きさせない工夫をこらしていることは、ファンの間では有名です。そのため、一度コンサートに行くと、リピーターになる人が多いのだとか。そんな地道な積み重ねが、押尾コータローの充実した15周年イヤーにつながっていると言えそうです。

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