尾崎裕哉の所属事務所はアイソトープ?母・尾崎繁美の現在は?

尾崎裕哉の所属事務所はアイソトープ?母・尾崎繁美の現在は?出典:http://フリーダムライフ.com

尾崎裕哉の所属事務所はアイソトープ?母・尾崎繁美の現在は?

尾崎裕哉の所属事務所は尾崎豊が設立したアイソトープ?

尾崎裕哉(おざきひろや)は、2016年現在、シンガーソングライターとして活動しています。広く注目されるようになったきっかけは、音楽番組で、父・尾崎豊の曲を歌ったことでした。

2004年からは、尾崎豊のトリビュートアルバム「”BLUE” A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI」に、Tomi Yoとともに、ユニットCrouching Boysのメンバーとして参加し、「15の夜」を歌って以降、ライブやラジオパーソナリティとして活躍してきた尾崎裕哉。2016年9月5日に、シングル「始まりの街」を発売するにあたり、レーベルはトイズファクトリーとなりましたが、所属事務所は公開されていません。

父・尾崎豊が、マネージャーと設立した芸能事務所、有限会社アイソトープ所属ではないのかとの噂もありますが、尾崎豊の死後、アイソトープはHP上で運営されているのみで、事務所は消滅しています。そのため、現在、尾崎裕哉は、フリーで活動を行っているようです。

尾崎裕哉の母、常に事件渦中にいた尾崎繁美の現在

尾崎裕哉がまだ2才だった1992年4月25日、父の尾崎豊が死去しました。診断された死因は、酒を飲み過ぎ、肺に水が溜まってしまったことにより引き起こされた肺水腫による呼吸困難。しかし、亡くなった尾崎豊には、複数の打撲の跡が見られたともいわれたことから、自殺などではなく、事件性があるものではないかという憶測などが、さまざま飛び交いました。

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2011年11月9日になると、文藝春秋に、尾崎豊のものとされる「遺書」が全文公開され、さらなる憶測が広がっています。そんなカルト的なカリスマ性を持っていた尾崎豊の遺書を守り続けてきた妻の名は、尾崎繁美。尾崎繁美は、芸能人ではなく、一般人です。

18歳の時に尾崎豊と出会い、交際の後に結婚しました。尾崎豊の死後、1998年には、「親愛なる遥いあなたへ 尾崎豊と分けあった日々」を出版し、自身の思いを綴っていますが、死因を疑うファンやマスコミから逃れ、ニューヨークで生活を送っていたといいます。尾崎繁美は、報道番組や遺産をめぐっての裁判に登場することは多々ありましたが、現在どこに住んで何をしているのかは不明です。

尾崎裕哉「音楽の日」で父・尾崎豊の名曲披露!出身大学、プロフィールは?

尾崎裕哉「音楽の日」で父・尾崎豊の名曲披露!DNAってすごいと話題に

尾崎裕哉の名を世間に広く知らしめたのが、2016年7月16日に放送されたTBSの音楽特別番組「音楽の日」への生出演です。父・尾崎豊の名曲「I LOVE YOU」と、両親への思いを込めたという自身のオリジナル曲「始まりの街」を披露したことがきっかけでした。

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以前より、イベントやライブ活動で、尾崎裕哉が父である尾崎豊の曲を歌ったことはありましたが、ゴールデンタイムのTV生放送で歌声を披露したのは初めてのこと。それ自体が大きなニュースであり、反響を呼びました。尾崎裕哉の歌声を最初に聴いて、まず驚くことは、声が尾崎豊にそっくりだという点です。

歌い方を真似しているわけではないようなので、歌唱法に違いはありますが、映像がなければ、尾崎豊の歌唱音源かと錯覚するほど。尾崎裕哉の顔立ちには、母親・尾崎繁美の面影も混じっているのか、尾崎豊にそっくりというわけではありませんが、「DNAってすごい」と思わず言ってしまうほどの衝撃があります。

尾崎裕哉の出身大学、プロフィールは?学歴がすごい!

尾崎裕哉は、1989年7月24日に、尾崎豊の長男として、東京荒川区に生まれました。2歳だった1992年4月に尾崎豊が死去すると、5歳から15歳までをアメリカで過ごします。その時の経験からか、尾崎裕哉は英語がとても堪能です。帰国後は、東京都調布市にある日本初のナショナルスクール「アメリカンスクール・イン・ジャパン」に入学し、2008年6月に卒業。大学は、慶應義塾大学の環境情報学部へ入学しています。

慶応の環境情報学部といえば、湘南藤沢キャンパス(SFC)に校舎を構える、慶應義塾大学内でも偏差値が高いといわれる学部です。尾崎裕哉は、「社会に溢れる人種、貧困、環境などのさまざまな問題を、音楽という手段で解決していきたい」という目標を掲げているため、それを目指して選んだ学部なのでは、といわれています。

大学卒業後は大学院に進学し、アーティストやラジオパーソナリティとして活動を並行させながらも、2015年3月に卒業しました。

尾崎裕哉26歳!亡き父親を探すドキュメンタリー番組に出演!

尾崎裕哉が2歳の時に、父・尾崎豊は、26歳の若さで亡くなりました。そのため、尾崎裕哉自身は、父親の記憶はないと語ります。父と同じ年になり、本格的に音楽活動を開始した尾崎裕哉が、尾崎豊とは何者だったのかを探る旅に密着したドキュメンタリー番組「父・尾崎豊を見つめて 裕哉 26歳の旅立ち」が2016年9月4日に、NHKBSプレミアムで放送されました。

番組の制作のきっかけとなったのは、NHK.の高橋義人プロデューサーが、尾崎豊をテーマにした番組をずっと作りたいと考えていた時に、26歳となった息子・尾崎裕哉が音楽活動をすると耳にし、「父と同い年になった裕哉さんは今、何を思っているんだろう……?」と考えたことでした。

父親探しというキーワードの中、音楽活動をする上で、必ず比較され続けていくであろう父親の存在と、自分らしさを探していく旅になった「父・尾崎豊を見つめて」。番組中では、5歳から過ごしたボストンへも赴き、尾崎裕哉自身の足跡もたどっています。

その中で、友人から薦められた曲が、韓国語でカバーされた尾崎豊の名曲「I LOVE YOU」で、「それ父親の曲」と言ったら学校中に広まったというエピソードが登場。その頃に、友人からギターを勧められたことが、音楽を始めるきっかけになったと聞くと、何か運命めいたものすら感じます。

父・尾崎豊の年齢を上回り、「父親の分まで生きていかなければならないという使命感が生まれた」と語る尾崎裕哉。もっと上手くなって、同じように胸を張れるようなアーティストになりたいと前を向く姿勢は、父親の影を追うのではなく、自分自身を見せていこうという気概を感じさせるものです。尾崎裕哉が、これからどのような歌を聞かせてくれるのか。苦悩と葛藤を乗り越えようとする青年の成長に期待です。

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