リヴァー・フェニックス 死因と親友・ジョニー・デップとの関係は?

リヴァー・フェニックス 死因と親友・ジョニー・デップとの関係は?

リヴァー・フェニックス 死因と親友・ジョニー・デップとの関係は?

リヴァー・フェニックス 死因について

ジェームス・ディーンの再来と言われたリヴァー・フェニックス。両親が宗教団体の活動家だったことから、幼少の頃より南アメリカの各地を転々としながらも、小さい時から妹と共に舞台に立っていました。その後、母親がNBCで働いたことから10歳でテレビ出演を果たし、1985年には14歳で映画デビュー。

その翌年に映画「スタンド・バイ・ミー」に抜擢されたリヴァー・フェニックス。映画の大ヒットにより、リヴァー・フェニックスの名は世界に知れ渡りました。しかし、キャリアも順調でまさにこれからという時、リヴァー・フェニックスは23歳という若さで亡くなりました。リヴァー・フェニックスの死因は、ヘロインとコカインの過剰摂取による心不全と言われています。リヴァー・フェニックスは生前、動物・自然環境保護活動に熱心でしかも反麻薬を訴えていました。

ですから、その死因が公表された際、ファンの中には「マスコミの捏造ではないか」と疑う人もいました。15歳という若さで映画「スタンド・バイ・ミー」に抜擢され、周囲から期待されながら輝かしいスター街道まっしぐらだったリヴァー・フェニックス。有名人になったリヴァー・フェニックスには、パーティーなどで当たり前のように薬物が回ってきたといいます。

また、リヴァー・フェニックスは、自身の本来の姿と周囲から見られる自分とのギャップに悩んでいたそうです。その気持ちを埋めるために薬物に走ってしまったのかもしれません。実際、リヴァー・フェニックスはとても繊細でした。徹底した菜食主義だったリヴァー・フェニックスは、ガールフレンドが、レストランでカニを食べているだけでも泣いてしまうほどだったと伝えられています。

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リヴァー・フェニックス 死因と親友のジョニー・デップとの関係は

しかし、リヴァー・フェニックスが本当に求めたものは薬物ではなく、音楽だったことを友人が証言しています。たしかにリヴァー・フェニックスが亡くなった場所はナイトクラブ。そして、そこは奇しくも、リヴァー・フェニックスの親友だったジョニー・デップが共同経営しているクラブだったのです。

心が通いあった人とは深い関係を築くジョニー・デップは、リヴァー・フェニックスが亡くなったその夜も一緒にいました。親友であるジョニー・デップと一緒に、音楽に癒されていたリヴァー・フェニックスが、その日どうして命を失うことになってしまったのか……繊細なリヴァー・フェニックス本人にしかわからない理由があったのかもしれません。

リヴァー・フェニックス 名作「スタンド・バイ・ミー」あらすじネタバレ!愛し継がれる名曲の歌詞

リヴァー・フェニックス出演・名作「スタンド・バイ・ミー」のあらすじネタバレ!

リヴァー・フェニックスが抜擢された名作「スタンド・バイ・ミー」について、あらすじネタバレを。原作は、ホラー作家のスティーブン・キングですが、この作品ではホラー色を一切封印した青春ストーリーになっています。

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少年の頃に親友だった弁護士クリスが刺殺されたニュースを見て、作家ゴードンが少年の頃を回想するシーンから始まります。ゴードン、クリス、テディ、バーンの少年4人組はいつも一緒に遊んでいました。ある日、3日前から行方不明になっている少年が30キロ先の森の奥で列車にはねられ、死体が野ざらしになっていることを知り、死体を見つけて有名になりたい、と死体探しの旅に出る4人。

旅の間、4人は助け合い、語りあい、励ましあい、また同じように死体を探しにきた不良グループと戦います。そうして、ひと夏の冒険を終え、いつものように町のはずれで別れるのです。その後、進路も別々になった4人は、それぞれの道を歩み始め、お互いに疎遠になっていきます。

弁護士になったクリスとも10年以上会っていなかったゴードンは、ニュースを見ながら、あの頃のような親友はできないなと思い返すという内容の映画です。「スタンド・バイ・ミー」の中でリヴァー・フェニックスは、少年時代のクリスを演じています。

リヴァー・フェニックス 名作「スタンド・バイ・ミー」愛し継がれる名曲の歌詞について

リヴァー・フェニックス出演の名作映画「スタンド・バイ・ミー」の主題歌は、言わずと知れた名曲「スタンド・バイ・ミー」で、今もなお歌い継がれています。「スタンド・バイ・ミー」の愛し継がれている名曲の歌詞の意味はどのような内容なのでしょうか?「スタンド・バイ・ミー」というタイトルの意味は「私のそばにいて」です。曲全体の歌詞をまとめると、愛しい人にそばにいてほしい、という内容になっています。

その愛しい人とは、人によっては、恋人かもしれませんし、友達なのかもしれません。しかし、名曲「スタンド・バイ・ミー」の歌詞の根本にあるのは、人は弱く、何かを乗り越えて強くなっていき、そして強い人が弱い人を守る、という人間の真理だと思います。これはまさに、幼い頃の友情と冒険をテーマにした映画の内容にもぴったりとはまります。名作「スタンド・バイ・ミー」と供に今なお愛し継がれています。

リヴァー・フェニックス 幻の遺作「ダーク・ブラッド」について

若くして亡くなったリヴァー・フェニックスは、亡くなった1993年、映画「ダーク・ブラッド」の撮影途中でした。リヴァー・フェニックスの死により、「ダーク・ブラッド」は製作が中止となり、長い間未完成のまま陽の目をみることはなかったのです。しかし、この作品の監督であるジョルジュ・シュルイツァーが大病を患い、余命を宣告された時に、自身最後の作品として2009年に製作の再開を決意し、そして2012年に完成しました。

監督の強い意志と、リヴァー・フェニックスへの想いから完成した映画「ダーク・ブラッド」は、リヴァー・フェニックスの没後20年にあたる2013年に公開。それを見届け安心したかのように、翌2014年にシュルイツァー監督も世を去りました。「ダーク・ブラッド」はリヴァー・フェニックスのイメージを一新する内容だった映画で、各地の映画祭でも喝采を浴びました。映画を愛し、この世を去ったリヴァー・フェニックス。映画を愛した監督によりスクリーンに甦り、そして映画ファンの心にあらためてリヴァー・フェニックスの存在を刻みつけたことでしょう。

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