サヘル・ローズ 壮絶人生!母国イラン、養母への思い!「探検バクモン」で爆笑問題を仕切る!

サヘル・ローズ 壮絶人生!母国イラン、養母への思い!「探検バクモン」で爆笑問題を仕切る!

サヘル・ローズ 壮絶人生!母国イラン、養母への思い、日本の恩人とは

サヘル・ローズ 壮絶人生!母国イラン、空襲で父、母、家族を失い孤児院へ

バラエティ番組で明るく振る舞う姿は明るく日本人以上の気遣いを見せる、タレントでモデルのサヘル・ローズの壮絶人生が衝撃的すぎました。

サヘル・ローズは、母国イランのクルディスタンに11人兄弟の末っ子として生まれました。土で塗り固めて乾燥させただけの住居と、兄姉で食糧を奪い合う日々。大工であった父の収入だけで充分な生活をしていくことは難しく、サヘル・ローズは養子に出される予定でした。しかし、そのまま4歳(推定)まで家族と暮らし、惨劇を迎えることになります。

当時はイラン・イラク戦争の真っただ中。両国が境界線を巡って激しく争う中、イラクとの国境付近にあったサヘル・ローズの住む町は、毎日の空襲警報に怯える生活が強いられていました。そして遂に1989年2月夜、イラクの大規模空襲によって町は壊滅。サヘル・ローズ一家も全員死亡しました。

空襲から4日後、たった1人、奇跡的にがれきの中から救出されたサヘル・ローズは孤児院へと送られます。その後、サヘル・ローズを瓦礫の中から救った学生救助活動ボランティアのフローラ・ジャスミンが、養母として彼女を引き取ることになりました。

スポンサーリンク

サヘル・ローズ 全てを捨てて守ってくれた養母への思い、ホームレス生活から救ってくれた日本の恩人とは

高名な家柄に生まれた養母が、「家名に傷がつく」と反対され、援助を打ち切られながらも、自分を見放さなかったこと。日本にいる婚約者を頼って養母が来日するも、その彼に捨てられてもなお自分を守ってくれたこと。サヘル・ローズは、そんな養母への感謝してもしきれない思いから、東京都立園芸高校へ進学し、学校で作った農作物で家計を助けました。同時期に芸能界を目指して、数々のオーディションを受けていたことも、同じ理由で起こした行動だったのです。

また、こうして養母とサヘル・ローズが日本で生きてこられたのはまた、日本の恩人、小学校の給食調理員の存在があったからです。日本に来てすぐに、養母の婚約者の手続きで小学校に通うようになっていたサヘル・ローズは、数週間で彼のアパートを出され、土管の中に寝泊まりしていました。そんなホームレス生活も2週間が過ぎた頃、毎日同じ服を着ているサヘル・ローズに気づいたのが恩人となる、学校給食調理員の女性。夕食の差し入れや、養母の仕事口の世話、アパートの保証人など、サヘル・ローズたちに救いの手を差し伸べてくれたそうです。

サヘル・ローズ 本名は滝川クリサヘル?!「探検バクモン」で爆笑問題を仕切る!

サヘル・ローズ 本名は滝川クリサヘル?!滝川クリステルとその家族も「似てる」

「THEサンデー 週刊!男前ニュース」(日本テレビ系)でニュースを読む、滝川クリステルのそっくりさん「滝川クリサヘル」。これは、滝川クリサヘルことサヘル・ローズで、もちろん、本名ではなくものまねです。テレビ出演するようになってから1年、サヘル・ローズは友人の紹介で「そっくりものまね歌合戦」(フジテレビ系)のオーディションを受けることになりました。

スポンサーリンク

しかしプロのものまね芸人に勝てる能力がないと悟ったサヘル・ローズは、素人部門の「顔だけそっくりさんコーナー」に出演して”滝川クリステル似”を披露することに。その番組を観た「THEサンデー」の担当者が、サヘル・ローズに出演依頼をしました。こうしてあの「滝川クリサヘル」が誕生したのです。「THEサンデー」のレギュラー出演は終了してしまいましたが、3年経って東京五輪招致演説時の滝川クリステルの「お・も・て・な・し」の流行と同時に、サヘル・ローズの滝川クリサヘルは再ブレイク。本物の滝川クリステルとその家族にも「似てる」と太鼓判を押され、励ましの言葉をもらったそうです。

サヘル・ローズ 「探検バクモン」で爆笑問題を仕切る!その確かなトーク力

滝川クリサヘルで注目を集めたサヘル・ローズは、バラエティ番組に次々と出演するようになりました。現在はレギュラー番組5本の他、NHK「探検バクモン」に出演中のサヘル・ローズ。番組のプロフィールには「ペルシャ絨毯に乗ってイランからやってきました、さっちゃんことサヘル・ローズです」と完全に滝川クリサヘルから離れたサヘル・ローズ。今では、爆笑問題と絡みながら、普段一般人が目にすることがない世界に潜入したり、地球上に存在する未解決疑問の謎を追求したりしています。

高校3年のときに受けたラジオ局の「日本語の話せる外国人」のリポーターオーディションで、歌舞伎の舞台ゼリフを1作品分暗唱して審査委員たちを驚かせ、J-WAVE史上最年少リポーターになったサヘル・ローズ。その確かな日本語と、軽快なトーク力で、準レギュラーという立場でありながら、サヘル・ローズは「探検バクモン」の進行役として爆笑問題をしっかり仕切っているのです。

サヘル・ローズ 夢はオスカー女優!美しい容姿以上の美しさ 

気が付くと、重い瓦礫の下敷きになって身動きが取れなくなっていた……戦争と貧困の中、サヘル・ローズは、母国イランで多くのものを失いました。一家を失くしたことで正確な出生名や出生年までも不明になったため、孤児院にてサヘル・ローズという名前が与えられ、1985年生まれと推定されます。

孤児院にいた頃は7歳にして「死にたい」という言葉を毎日口にしていたサヘル・ローズ。なぜ私だけ生き残ったのか……そんな罪悪感にさいなまれながら、日本の学校での陰湿ないじめや極貧生活にも耐えかねたサヘル・ローズは自殺を決意します。しかし、養母は自分以上に追い込まれながらサヘル・ローズを育ててくれていたことに気づき、決意は、自殺から恩返しへと方向転換されていったのです。それを考えると、現在のサヘル・ローズの活躍は、養母への恩返しとしては充分ではないか、と、周囲は感じるでしょう。

しかし、サヘル・ローズの本当の夢は、女優として活躍すること。大学卒業後、イランで観た「おしん」を思い出して女優になる夢を抱くようになり、これまでにも映画、ドラマ、舞台に出演して研鑽を積んできました。「使い捨てになりたくない」「イラン人であること、母とここまで一緒に来られたことが私の誇りです」というサヘル・ローズの意思は固く、目標はあくまでオスカー女優。受賞のあかつきには、養母にその誉を送り、母国イランに孤児院を創るそうです。

壮絶な人生を乗り越えて、常に前を向くサヘル・ローズ。その容姿以上の美しさが彼女を一層輝かせている気がします。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ページ上部へ戻る