斎藤雅樹は遅咲きの元巨人軍エース!全盛期の最強伝説とは?

斎藤雅樹は遅咲きの元巨人軍エース!全盛期の最強伝説とは?出典:http://www.ad-vank.com

斎藤雅樹は遅咲きの元巨人軍エース!全盛期の最強伝説とは?

斎藤雅樹は7年目で開花した遅咲きエース!ショートへのコンバートも検討されていた!

1990年代の巨人軍投手陣の大黒柱と言えば、誰を思い浮かべますか?クレバーな投球術が光った桑田真澄、「ミスターパーフェクト」槙原寛己の名も挙げられるでしょう。しかし、何といっても「平成の大エース」斎藤雅樹こそ、巨人軍エースの称号にふさわしいのではないでしょうか。

2年連続20勝に、11連続完投勝利、防御率1点台を記録するなど、その安定感は今見ても驚きです。しかし、斉藤正樹がエースとして開花したのは、プロ入り7年目と遅咲きでした。入団当初から素材は高く評価されていましたが、温厚で人の良い性格が「ノミの心臓」と揶揄され、強心臓が求められる先発投手としては不適格と言われていた斎藤雅樹。そのため、野手としてのセンスを見込んで、ショートへのコンバートが真剣に検討されていた時期もあったと言います。

しかし、当時監督だった藤田元司の判断でピッチャーを継続。それと同時に、オーバースローからサイドスローへ転向しました。それでも、プロ入り3年目までは、12勝を挙げながらも低迷が続き、エースとして花開くことになったのは、藤田元司が巨人軍の監督に復帰した1989年のこと。

「お前は気が弱いのではない。慎重なだけだ。ピッチャーが慎重でなぜ悪いんだ」という藤田元司の言葉が彼を前進させたそうです。斎藤雅樹は凄いピッチャーになる器だと見抜いた藤田元司が、自信を持たせるために我慢強く先発で起用し続けたことで、風格あふれるエースとして成長を遂げていきました。斎藤雅樹の開花は、ひとえに藤田元司の度胸と慧眼があってこそと言えるでしょう。

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斎藤雅樹の全盛期は攻略困難な最強ピッチャー!「ミスター完投」はドラフトで荒木大輔の外れ指名だった!

斎藤雅樹の現役時代の通算成績は、実働18年間で、426試合登板180勝96敗11セーブ勝率6割5分2厘、2375回2/3を投げて防御率2.77を記録しています。うち301試合先発で、113完投、40完封、11無四球を記録。現役時代の投球といえば、ゆったりしたサイドスローからの威力抜群なストレートに、カーブやシンカーを織り交ぜる技巧的なピッチングが持ち味でした。

先発完投を身上に、「ミスター完投」の異名を取るほど驚異的なタフネスぶりを見せた斎藤雅樹。獲得タイトルは、最多勝5回に、最優秀防御率3回、最多奪三振1回です。表彰は、MVP1回、沢村賞3回、ベストナインと最優秀投手が各5回です。1989年からは、2年連続で最多勝と最優秀防御率タイトルを獲得した上、2年連続で20勝という伝説的な勝ちっぷりを見せ、防御率も1.62、2.17という数字を残しているのですからその実力は本物でした。

これらの数字は、相手バッターにとっては、攻略が極めて困難だということを意味しています。この2年間は、21、19という完投数に加えて、完封数も7、6を記録。11試合連続完投で日本記録更新という実績は、彼の全盛期到来を高らかに宣言するものだったと言えます。

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それ以降は、神がかり的な雰囲気こそ薄れますが、安定して勝てるエースとして、チームから絶対的な信頼を得ました。そんな斎藤雅樹は、1965年2月18日生まれで、埼玉県川口市出身。小学校5年生の時に、母親が、地元リトルリーグに勝手に応募したため、しぶしぶ野球を始めたというから人生は分からないものです。埼玉県川口市立北中学校を経て、市立川口高校入学後に頭角を表すも、埼玉大会決勝で甲子園出場を逃しています。高校卒業後の1982年、ドラフト会議で読売ジャイアンツの1位指名を受けて入団。

しかし実は、巨人は、「甲子園のアイドル」荒木大輔(早稲田実業)を指名したものの、ヤクルトに抽選負けしたことから急きょ斎藤雅樹に切り替えたという裏話がありました。つまり、外れ指名だった斎藤雅樹。もし母親がリトルリーグに応募しなかったら、もし巨人が荒木大輔の指名権を獲得していたら……、野球殿堂入りした「平成の大エース」はいなかった可能性が高いことになります。

野球を始めたきっかけといい、ドラフト指名の経緯といい、本人の思わぬところで運命が変わっていくわけですから、人生の偶然を感じさせます。2001年に現役引退していますが、200勝にあと20勝での引退は、あまりにも惜しいものでした。

斎藤雅樹の侍U23監督で高まる采配評価!巨人監督の可能性は?

斎藤雅樹はU23代表監督で世界一に!「元気ハツラツ」な采配に評価高まる!

斎藤雅樹の指導者手腕への評価を一躍高めたのが、2016年の第1回U23ワールドカップです。同大会で監督を務めた斎藤雅樹率いる日本チームは、見事に優勝を飾って大会初代王者に輝きました。それまでも、巨人の2軍監督を務め優勝に導いた経験はあったものの、日の丸を背負う選抜チームを率いて世界を制した感慨はひとしおだったことでしょう。

若き侍ジャパンを率いた斎藤雅樹の方針は、「元気ハツラツ」。大会を通じ、自らが率先して、常に笑顔で、「小さなミスをとがめず、選手の良かった点を取り上げる」という懐の広さを貫きました。采配面では、犠牲バントでランナーを得点圏に確実に送り、小刻みに得点する攻撃を基本とする日本のお家芸「スモール・ベースボール」を徹底し、そのニーズに合致した選手たちを集めたと言います。

こうして確実に勝利をもぎ取ると同時に、選手たちには、貴重な国際大会ならではの経験を積むことを期待したそうです。メンバーの中に、古巣・巨人の選手は皆無でした。選考段階では数名リストアップされていたものの、さまざまな事情により、最終的にはメンバー入りを果たしていません。「普通は1人2人はいるもんだよね」と苦笑いしながらも、そんな事もものともせず、見事に世界一を勝ち取った斎藤雅樹の采配は高く評価されています。

斎藤雅樹の巨人監督就任は可能性低い?温厚な性格がマイナスに?

現在は巨人の2軍監督を務める斎藤雅樹ですが、将来的に巨人の1軍監督昇格という可能性はあるのでしょうか。近年の巨人は、長嶋茂雄や原辰徳といった元スターの長期君臨が目立ちますが、かつてはエース出身の藤田元司や堀内恒夫が監督を務めた事例もあります。しかし、スター性を求められる風潮の中、いくらチーム生え抜きでも、投手出身者が監督を務めることは、かなりハードルが高いようです。事実、かつて投手陣でエースを張った江川卓や桑田真澄ですら、監督就任という雰囲気はありません。

実際のところ、巨人軍監督になるには、以下の条件を満たさないと難しいとか。まずは「巨人一筋の元花形選手」であること(厳密に言うと、藤田元司は大洋コーチ経歴あり)。そして、「コーチ経験を有する」こと。「長嶋茂雄や高橋由伸は、コーチ経験がないのでは?」とツッコミが入るかも知れませんが、2人とも現役晩年に選手兼任コーチだったので一応クリアしています。

もっとも「選手兼任コーチがコーチと言えるのか」と言われると微妙なところですが……。最後に、「球団とトラブルがない」こと。その点では、桑田真澄などは難しいかも知れません。これら3つの条件に、当然、「指導力、決断力に富むこと」との条件が付加されることになるでしょう。

全ての条件を満たしているように見える斎藤雅樹には、1軍を率いる監督としては性格が温厚すぎるという批判くらいしか見受けられません。野手出身者が多い歴代の巨人監督たちではありますが、U23第1回優勝で見せた手腕が、果たしてどう評価されるのかは注目されるところです。

斎藤雅樹の若手指導法にスポットライト!経験に基づく育成方針「成功体験が一番」!

斎藤雅樹の指導者としての株が、今、上昇中です。2016年シーズンに2軍監督として就任するや、イースタン・リーグ優勝に、ファーム日本一。さらに、第1回U23大会で日本代表監督を託され、世界一を全うするという使命も果たしました。とはいえ、野球殿堂入りまでしているかつての大エースが2軍監督というのは、傍から見ていると違和感すら覚えます。

しかし、本人は全く意に介していない様子です。それどころか、「年間通してやってみて、すごく楽しかった」と、2軍監督への手応えを実感しています。若手選手の育成に対しては、「経験して、成功体験をして、はじめて本当の自信になる」と語っている斎藤雅樹。「負けて覚えるより、成功体験が一番」、これは、自らの現役体験に基づくものだそうです。

エースとして11試合連続完投の日本記録を更新して20勝を挙げた、1989年のシーズンがまさにそうでした。当時の藤田元司監督の我慢強い起用に応えて、先発ローテーションの柱として結果を出した経験は、説得力に満ちています。遅咲きだった経験を持つだけに、与えられたチャンスをものにした喜びを伝えるにも、斎藤雅樹ほどうってつけの人物はいません。

その指導力がスポットライトを浴びたのが、U23日本代表監督としての采配でした。限られた期間でチームを一つにするため、「元気ハツラツ」をスローガンに掲げ、目標を明確化。さらに、「僕らの現役時代は何でもありだったが、今はそんなのNG。現代の若者にはやることを理論立てて説明すべき」「若手を伸ばすのは、褒めていったほうがいい」「ただし、約束事を破った時は、ガツンと言わないといけない」と語っています。

これらは、野球の世界に限らず、ビジネスにも共通する若手指導法と言えるでしょう。最後に、自身の完投記録についても一言。曰く、「野球の分業制があるから、完投記録を破るのはなかなか困難。でも自分で投げ切る喜びは今の若い投手にも知って欲しい」。「平成の大エース」斎藤雅樹の完投記録を凌駕する若いピッチャーは、いつの日か現れるのでしょうか?斎藤雅樹が1軍監督になって、自らの指導力によって、若手選手にエースのバトンを手渡す場面を見てみたい野球ファンも多いに違いありません。

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