坂口良子が亡くなるぎりぎりまで働き続けた理由とは?娘・坂口杏里との親子の絆は深くて強いものだった

坂口良子が亡くなるぎりぎりまで働き続けた理由とは?娘・坂口杏里との親子の絆は深くて強いものだった出典:http://syakkinlabo.com

坂口良子が亡くなるぎりぎりまで働き続けた理由とは?アイドルから大女優に

坂口良子の出演ドラマや映画をおさらい!アイドルから大女優に

美人女優として知られる坂口良子は、1971年、16歳の時に、「ミス・セブンティーンコンテスト」で優勝したことをきっかけに芸能界入りしました。翌1972年に、ドラマ「アイちゃんが行く!」で主演デビューして以降、アイドルのように歌を出していた時期もありましたが、年齢を追うごとに女優へとシフト。

実にたくさんのドラマや映画に出演していきます。若き日の坂口良子が出演している印象深い作品と言えば、テレビドラマ「たんぽぽ」や「前略おふくろ様」シリーズがあげられるでしょう。とりわけ初々しい坂口良子の魅力が光ったのは、市川崑監督の映画「金田一耕助シリーズ」です。監督に気に入られたのか、1976年公開の「犬神家の一族」の他にも、1977年の「獄門島」、翌1978年の「女王蜂」と立て続けに起用されています。

また、ゲスト出演だったにもかかわらず、坂口良子の演技が「切なくて心打たれる」という人が多いのが、1975年に放送された萩原健一と水谷豊の主演ドラマ「傷だらけの天使」です。そして1980年。西田敏行主演の「池中玄太80キロ」で、ヒロインの鳴山暁子役を演じた頃には、女優という認識が世間にしっかり定着するようになった坂口良子。最近の作品では、もちろん「渡る世間は鬼ばかり」の長谷部里子役は外せません。この作品が、坂口良子にとって最期の出演ドラマとなりました。

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坂口良子の死因は肺炎?ぎりぎりまで働き続けた理由とは?

坂口良子は、2013年3月27日、帰らぬ人となりました。享年57歳。横行結腸がんと併発した肺炎が死因でした。2011年にロケ先で急激な腹痛に見舞われて病院にいったところ、腸閉塞と診断された坂口良子。その治療の過程で、大腸がんであることが発見され、その後すぐに手術しています。

すっかりやせ細ってしまった坂口良子でしたが、周囲の人ばかりか、娘でタレントの坂口杏里にすら自分ががんであることを隠し、闘病生活を送りながら女優を続けていました。そこまで働き続けることにこだわったのはなぜなのでしょうか?実は、娘・坂口杏里が芸能界デビューを果たしたのは、がんが見つかる数年前でした。テレビで親子共演している場面を見たことがある方もいるでしょう。

そのため、大病を患い今後を想ったとき、自分がいなくても娘が芸能界でしっかり生きていけるようにと案じて、親子共演も含めて、積極的に仕事を請けていたとも考えられそうです。あるいは、芸能人にしてはとても質素な考え方の持ち主だったという坂口良子は、「働ける限りはぎりぎりまで働く」と当然のように考えていたのかもしれません。

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坂口良子の元旦那・田山恒彦とは?子供たちの現在は?

坂口良子の元旦那の田山恒彦とは?借金返済を支えてくれた2人目の夫は尾崎健夫

坂口良子は、1986年、不動産業者の田山恒彦と結婚しました。ゴルフ場経営や都市開発を手掛けていた元旦那の田山恒彦は、バブルで業績が絶好調だった時には「地上げの神様」と呼ばれていたとか。しかし、バブル崩壊で会社は倒産。連帯保証人にされていた坂口良子は、40億円以上とも言われる多額の借金を背負うことになりました。

1男1女を授かった坂口良子でしたが、1994年に田山恒彦と離婚した後は、どんな仕事でも請け、死に物狂いで働き、わずか10年たらずで完済したそうです。この苦しい借金返済時代を支えてくれたのが、その後再婚することになる、ジャンボ尾崎こと尾崎将司の弟でプロゴルファーの尾崎健夫でした。

2人の出会いは1998年。知人の紹介で知り合い、その後ほどなくして交際が始まります。交際は順調でしたが、娘が多感な時期ということもあり、事実婚状態が続く中、2012年8月10日にようやく再婚。坂口良子の病気も受け入れていた尾崎健夫は、最後は一緒のお墓にという強い気持ちから結婚に踏み切ったと明かしています。しかし、残念なことに病状は待ってくれず、坂口良子の新婚生活は、彼女の死によって、わずか7カ月で幕を下ろしました。

坂口良子の子供たちの現在は?兄がエリート医師って本当?

坂口良子には2人の子供がいます。1989年に生まれた長男・坂口直彦と、1991年に生まれた長女・坂口杏里です。坂口直彦は一般人のようで、詳細な情報は伝えられていません。ネット上では、慶應義塾大学の医学部を卒業し、同大学病院に勤務している医師なのでは?と噂されています。それが本当ならば、かなりのエリートと言えそうです。2008年に二世タレントとして芸能界デビューした坂口杏里は、ご存じの方も多いことでしょう。

デビュー当時は母親の坂口良子と一緒にバラエティ番組にも多数出演し、おバカキャラとして活躍していました。最初に彼女自身が大きな話題を集めたのは、お笑い芸人のバイきんぐ小峠英二との交際報道です。しかしその後は、バイきんぐ小峠英二と破局し、ホスト遊びが高じて借金苦に陥ったことなどから恐喝未遂騒動を引き起こしたり、AV女優ANRIとしてデビューしたりと、どちらかと言えばお騒がせタレントとしてのイメージが色濃くなっています。

坂口良子の娘・坂口杏里への愛情が深い!「10年前の手作りケーキ」を保存するほどだった

2017年4月20日に放送された朝の情報番組「ビビット」で、坂口杏里容疑者が恐喝未遂容疑で逮捕されたというニュースが報道されました。その時に、坂口親子についてのエピソードを明かしたのは、坂口良子と面識のあったフリーアナウンサーの堀尾正明です。生前、坂口良子の自宅マンションに取材で訪れたときのこと。

彼女が冷蔵庫から取り出して見せたのは、娘の坂口杏里が10年前に作ってくれたというケーキでした。その他にも、娘との仲睦まじいエピソードを話してくれたそうです。堀尾正明は、坂口良子の生前、母娘の絆はとても強かったと述べました。それ故に、坂口良子の早すぎる死は、娘・坂口杏里の心にとても大きな穴を開けてしまっているのかもしれません。

「天国にいる坂口良子が娘の現状を知ったらとても悲しむであろう」……これは、一連の報道に触れた多くの人が思っていることではないでしょうか?坂口良子に大切に大切に育てられてきた坂口杏里の不安定なふるまいの数々は、ある日突然、母親がいなくなって世間に放り出されてしまった、無防備な少女のように見えなくもありません。

とはいえ、坂口杏里のそばには、坂口良子が心から愛し信頼していた尾崎健夫もいます。坂口杏里には、母の愛情に包まれていた頃の自分を取り戻し、生前の坂口良子のような明るく朗らかな笑顔を見せてもらいたいものです。幸せいっぱいの笑顔こそが、天国で見守っている坂口良子への一番の供養となるのは間違いありません。

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