坂本スミ子の元夫・栗原玲児との離婚理由!映画「楢山節考」の女優魂が凄まじい

坂本スミ子の元夫・栗原玲児との離婚理由!映画「楢山節考」の女優魂が凄まじい出典:https://chordsketch.com

坂本スミ子の元夫・栗原玲児との離婚理由!映画「楢山節考」の女優魂が凄まじい

坂本スミ子の元夫・栗原玲児はゲイだった?現在は栗原はるみと結婚しているが……

坂本スミ子は、情熱的な歌声で「ラテンの女王」と称賛され、1960年代は、「夢であいましょう」の司会に、主題歌、紅白歌合戦と活躍した歌手。坂本スミ子は、1964年に、映画評論家で司会者となった栗原玲児と結婚しましたが、1966年に離婚しています。

当初の会見で説明された離婚理由は、元夫・栗原玲児からの「坂本スミ子が家庭を顧みないことが原因」と、一方的なものでした。ところがこの翌日、坂本スミ子が、報道陣の前で、「玲児はんはホモやったんや」と号泣。夫婦の間に溝が生じたのは、結婚後に知った栗原玲児の男色趣味が原因との主張に、世間は大変驚きました。現在、栗原玲児は、料理研究家・栗原はるみと結婚して、ゲイ疑惑は払拭されたかのように見えます。しかし、当時の業界では、栗原玲児の男色趣味は有名だったという話は、確かにあったようです。

坂本スミ子映画「楢山節考」40代で前歯を削って挑んだ老女役が鬼気迫る!

坂本スミ子は、歌手ばかりでなく、1964年からの田宮二郎主演「犬シリーズ」をはじめ、今村昌平監督作品の助演女優としての活躍も有名です。中でも、1983年、坂本スミ子が代役主演した映画「楢山節考」は、カンヌ映画祭で最高賞を受賞。坂本スミ子の鬼気迫る演技も高く評価されました。

「楢山節考」は、深沢七郎の同名小説を映画化した作品で、因習により山に捨てられる老婆と息子の葛藤を描いた物語。当初、69歳の老婆・おりん役には、60代の元舞台女優がキャスティングされていましたが、降板にあたって起用されたのは、40代の坂本スミ子でした。役の年齢を30歳近くも下回るというハンデを背負っての挑戦となった坂本スミ子は、実際に前歯を4本削って、歯抜けの老女の役作りを行っています。現在はインプラント処理で前歯は復活していますが、この坂本スミ子の壮絶な体当たり演技は、現在もなお伝説として語り継がれています。

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坂本スミ子が再婚した夫・石井禮次郎とは?娘・石井聖子の現在は?

坂本スミ子が再婚した夫・石井禮次郎は皮膚科医!結婚馴れ初めは?

坂本スミ子は、1961~1965年にかけて、紅白歌合戦5年連続出場と、歌手として絶好調でしたが、栗原玲児との離婚騒動で、活動にも陰りが生じてしまいました。そんな坂本スミ子が、熊本のキャバレーで歌っていた時に出会ったのが、熊本大学の勤務医だった夫・石井禮次郎。謙虚さと知性に惚れこんだ坂本スミ子が1969年に再婚を果たすと、1971年には、「夜が明けて」がヒットし、続く「浮雲」もヒットと、公私共に上昇気流に乗り始めます。

石井禮次郎の実家は、熊本県の聖母幼稚園で、自身は、日本大学医学部卒の皮膚科医です。1973年には、東京青山に、美容皮膚科「石井クリニック」を開院し、化粧品会社数社の顧問医や取締役を歴任。あのマックスファクター「SK-Ⅱ」の開発にも関わった実力派として名を馳せています。

前回の結婚では、栗原玲児が無名司会者から人気者にのし上るために利用されたのでは?との薄幸な印象が残ってしまった坂本スミ子でしたが、再婚は大当たり。ただし、坂本スミ子の再婚相手・石井禮次郎は、2014年に他界しています。

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坂本スミ子の娘・石井聖子は歌手!現在の活動や結婚は?

坂本スミ子と亡夫・石井禮次郎の間には、1973年に1人娘が誕生しています。娘・石井聖子は、現在42歳。聖ドミニコ学園卒業後、上智大学在学中の1996年に、岡本真夜が手掛けた楽曲「ANNIVERSARY」で歌手デビューを果たしています。「母(坂本スミ子)は、血の気が多いラテン系で、思ったことを口にするタイプ。周りが大変なのを見て来たので、私は引っ込み思案になった」と語る石井聖子。

音楽の世界に入ったきっかけは、坂本スミ子の影響でしたが、母が”火”なら、娘の石井聖子は、”水”と例えられる、透き通った歌声にも、その性質が如実に表れているようです。近年は、石井聖子の歌声にほれ込んだ、奥村チヨの夫で作曲家・浜圭介の楽曲を歌うなどして、歌手活動を続けています。結婚の情報はありませんが、石井聖子は、父・石井禮次郎が、かつて代表取締役を務めた化粧品会社のエステサロン運営や開発にも参加するほどの才媛。幼稚園教員の資格を持っており、現在は、坂本スミ子が理事長を務める聖母幼稚園の経営にも携わっているそうですから、食いっぱぐれはなさそうですね。

坂本スミ子の現在は歌手、幼稚園・保育園の園長の兼業!エネルギッシュさは健在だった!

坂本スミ子は、1971年の「夜が明けて」のヒットで、「ラテンの女王」として第一線歌手に返り咲き、1983年の映画「楢山節考」までは、女優活動も順調そのものでした。しかし、「楢山節考」のカンヌ国際映画祭グランプリ受賞の吉報直後に、坂本スミ子は、薬物譲渡疑惑で、表舞台から姿を消してしまいます。

あの情熱的な歌声が聴かれなくなって久しいものですが、2008年には、歌手デビュー50周年の記念CD「夢であいましょう」を発売して以来、年に数回のコンサートを開くなど、現在も歌手活動を続けている坂本スミ子。2016年7月17日放送のNHKアーカイブス「永六輔さんが遺したメッセージ」には、NHK「夢であいましょう」繋がりでゲスト出演するなど、まだまだお元気のようです。

現在、坂本スミ子は、熊本市内に独りで暮らし、2014年に他界した夫・石井禮次郎の実家の「聖母幼稚園」と、同じ敷地内に開園した「聖母幼愛園(保育園)」で、約300人の子供を預かる園長として活躍中です。坂本スミ子が同園の園長に就任したのは1993年ですが、石井禮次郎の死後は、理事長職も受け継いで奮闘中。「体力の続く限り、子供の将来を作る仕事と、歌手活動を続けていきたい」と語る坂本スミ子のたくましさには、ラテン魂を感じさせられます。

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