嶋大輔の芸能界引退理由とは?対人恐怖症で引きこもり生活をしていた

嶋大輔の芸能界引退理由とは?対人恐怖症で引きこもり生活をしていた出典:https://matome.naver.jp

嶋大輔の芸能界引退理由の真相!薬丸裕英との因縁とは?

嶋大輔の芸能界引退理由の真相は驚きの政界進出だった!

嶋大輔は、暴走族出身という異色の経歴を持ち、「男の勲章」が大ヒットしたことで一躍スターダムに躍り出たタレントです。歌手活動のほか、俳優としても活動していましたが、2013年4月に、突然芸能界を引退しました。引退の理由は、意外にも、参議院選挙出馬するため。若い頃から、ツッパリというイメージが強かった嶋大輔ですが、実際には、正義感が人一倍強く、「イジメをなくしたい」という強い思いをずっと持っていたといいます。

自民党からの公認が内定した時、嶋大輔は、「自身が政治に携わるからといって、イジメはなくならないかもしれないけれど、教育改革をすることで減らすことはできるのではないか」と意欲を燃やしていました。これまでに、政治家になった芸能人はたくさんいますが、芸能界引退を表明した人はそういません。

これも、嶋大輔の男としてのけじめだったのでしょうか?いい加減な気持ちで政治家になろうと思ったわけではないという強い気持ちが伝わってきます。しかし、自民党公認を取り消されたことから、結果的には出馬を断念することになりました。

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嶋大輔と薬丸裕英との因縁とは?ツッパリ同士の意地だった?

嶋大輔は、薬丸裕英と仲が悪いということで有名です。嶋大輔が芸能界に入ったのは、「横浜銀蠅」の弟分としてデビューしたことがきっかけでした。10代の頃から暴走族に入っていたという嶋大輔ですが、同じ頃にジャニーズアイドル「シブがき隊」のメンバーとして大活躍していた薬丸裕英も元ヤンキーだったことで有名です。そのため、横浜銀蝿や嶋大輔ら弟分たちと薬丸裕英が楽屋で鉢合わせになると大変。

メンチをきったりして、お互いに闘争心丸出しとなり、周りにいたスタッフが止めに入るということが何度もあったようです。薬丸裕英のことを生意気だと思っていたという嶋大輔は、実際にボコボコにしたということもあるのだとか……。仲が悪いというのはその頃からの因縁でしょうが、今はもういい大人になっていますから、全く当時のままということもないでしょう。

嶋大輔のプロフィール!「男の勲章」ヒットの恩恵は凄かった!

嶋大輔のプロフィール!ヤンキー時代に芸能界へ

嶋大輔の本名は森島裕文。兵庫県出身で、1964年5月22日生まれです。中学時代に神奈川県に引っ越し、平塚学園高等学校を中退していますが、その頃から暴走族に所属していたようです。横浜銀蠅のコンサートを見に行ったときに、ユタカプロダクションの社長にスカウトされ、1981年、横浜銀蠅の「ツッパリハイスクールRock’n Roll(試験編)」で弟分としてデビューしました。同時に、ドラマ「茜さんのお弁当」に出演したことで、俳優デビューも果たしています。勢いは止まらず、1982には、ソロ歌手としてデビューした嶋大輔。

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中でも「男の勲章」は、ドラマ「天まであがれ」の主題歌にもなり、大ヒット曲となりました。2013年4月になると、参議院選挙に出馬するという理由で芸能界を引退し、周囲を驚かせましたが、最終的に自民党の公認を得られなくなったため出馬は断念し、2015年7月に芸能界に復帰しています。

嶋大輔「男の勲章」ヒットの恩恵は凄かった!

嶋大輔「男の勲章」は、2枚目のシングルにして、レコードセールス大賞・男性新人賞を受賞し、70万枚を売り上げた大ヒット曲です。突っ張り続ける男の熱い気持ちの込められた歌詞は、元暴走族という経歴を持つ嶋大輔のイメージにもぴったりでした。男性から熱く支持され、今でも、カラオケで、世代を超えて、多くの人に歌われています。それ以降は、これといったヒットもなかった嶋大輔。

しかし、「男の勲章」が「めちゃイケ」で取り上げられてリバイバルヒットしたり、続編としてリリースした「大人の勲章」がインディーズチャートで1位を獲得したりするなど、「男の勲章」ヒットの恩恵には計り知れないものがあります。

嶋大輔の芸能界引退から復帰までの2年間!対人恐怖症で引きこもり生活をしていた

嶋大輔は、2015年7月13日に、フジテレビ系「直撃LIVEグッディ!」に出演し、芸能界復帰を発表しました。参議院選挙出馬を断念した後は、経済的にもかなり苦労をし、「やはり自分には芸能界しかない」という思いに至り、復帰を決意したと語っています。2013年に芸能界を引退したものの、突然内定を取り消された嶋大輔は、ショックのあまり半年ほど何もできなかったそうです。

出馬を取りやめたことで、家に無言電話や嫌がらせ電話がかかってくるようにもなり、その精神的ストレスはかなりのものでした。人を信じることができなくなり、誰にも会いたくないという思いから、ずっと家に引きこもっていたという嶋大輔。しばらくして、外に出ることができるようになっても、人目を避けて生活するようになっていました。この間、経済的にも苦しくなった嶋大輔は、自宅も売却しています。

しかし、妻と2人の娘のことを思うと、ずっと無職のままでいるわけにもいきません。そこで、友人たちの勧めでソーラーパネルの営業をすることに。対人恐怖症になったのに、営業の仕事をするとは、かなり無理をしていたのではないかと思われますが、子供の顔を見て「自分ががんばらなければ」と、その思いだけで一生懸命働いた嶋大輔。

妻は、どんな状況にあっても何も言わずに彼を支え続け、子供たちも、ずっと応援し続けました。人生は山あり谷ありでいろいろなことがありますが、それらを乗り越えたからこそ、自分の居場所は芸能界しかないと気づけたそうです。復帰までの2年間の経験は決して無駄なことではなく、必ず報われるはず。これからもテレビや映画で、硬派な姿を見せ続けて欲しいですね。

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