辛坊治郎のヨット遭難救助費用は税金で負担していた?!太平洋横断再挑戦?

辛坊治郎のヨット遭難救助費用は税金で負担していた?!太平洋横断再挑戦?

辛坊治郎 ヨット遭難救助費用は税金で負担していた?!太平洋横断再挑戦?

辛坊治郎 全盲ヨット走者との太平洋横断遭難事件

2013年6月13日、元読売テレビのニュースキャスター、辛坊治郎は、全盲のヨット走者である岩本光弘氏と組み、ヨットで太平洋を横断する「ブラインドセーリング」プロジェクトを立ち上げ、大阪北郊を出港しました。

しかし早くも6月21日、宮城県の金華山沖でヨットがクジラと衝突。浸水がひどく、ヨットを捨てて救命ボートに移った二人は、海上保安庁に救助され、計画はあっけなく頓挫しました。各メディアでも大きく取り上げられたこの遭難。辛坊治郎は、このような事故の際、かねてから自己責任論を唱えていたこともあって、救助に莫大な費用が掛かったことへの責任はどうするのか、という批判の声が上がりました。

しかし辛坊治郎は、「海上保安庁の人々が命を顧みず、一市民を救ってくれた。この国の国民でよかった」などと涙ながらに語って、巧みに批判の矛先をかわします。皮肉にもこの事件以来、辛坊治郎はフリーのコメンテーターとして、かえってその知名度を上げました。辛坊治郎本人は騒動が収まると、いずれまた、ヨットでの太平洋横断に再チャレンジしたいと語っています。

辛坊治郎 たかじんの威を借りた、なかなかの曲者

辛坊治郎は1956年生まれの59歳。読売テレビ在局中からニュースキャスターを務め、関西ではそれなりに知名度がありました。辛坊治郎がより注目されるようになったのは、関西ローカルのお化け番組、読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」(現、そこまで言って委員会NP)。

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やしきたかじんを委員長として、その時々の政治や経済問題を、パネラーたちが討論するバラエティ番組で、辛口の保守的な発言が多い、異色の番組です。辛坊治郎は司会を勤めていましたが、実際の役目は、暴走するたかじんやパネラーたちを制止し調整する、局側のお目付役のようなものでした。

もともと自己主張が強い性格で、ニュースキャスターの時も結構自論を吐きながらも、大阪人を怒らせないよう意識した辛坊治郎の言動は、なかなかの曲者です。辛坊治郎は、やしきたかじん亡き後、この番組で新たに議長とされ、司会という立場ながら、一癖も二癖もあるパネラーに交じって、火消し役どころか、火に油をそそぐアジテーターのような存在となっていきます。辛坊治郎、ほんとに食えない男なのです。

辛坊治郎 中川昭一、小沢一郎に吐いた「そこまで言うか」の暴言とは?

辛坊治郎 大物政治家に「そこまで言うか」の楽屋裏

辛坊治郎の真骨頂は、世に敵役と認知されている人物を徹底的に叩くことです。しかも相手は手負いの場合が多いようです。2008年、G7会議に出席中の中川昭一財務大臣が、酩酊状態で記者会見を行い、マスコミから大バッシングを受け、大臣を辞職。続く選挙にも落選しました。

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その時、辛坊治郎は、「あんだけ国際社会に恥かいてね、オメオメ有権者の前にもういっぺん出るなと!もう二度と再びたぶん出られないと思うけど……」と、痛烈に批判。辛坊治郎だけでなく、多くの厳しい批判を受けるさなか、中川昭一は、2009年10月3日に自殺してしまいます。また2011年には、番組の「国民新総理コンテスト」で、総理候補の一人として挙げられた小沢一郎に対して、「1993年にこの人が自民党を離党してから、河野談話が生まれ、翌年には村山談話が生まれた。

この人のせいとは言わないが、この人が離党してから悲惨な日本になった」と批判しました。自民党の弱体化と野党政権の誕生を、まるで小沢一郎が仕掛けたかのように聞こえる辛坊治郎の発言は、当時、かなり物議を醸しました。

辛坊治郎流、負けない喧嘩の極意

いずれにせよ辛坊治郎は、身近な強い者、例えば、たかじんや橋元現大阪市市長には絶対けんかを売りません。かならず、相手は強者であっても、すでに世間的批判を受けている者に対してで、いかにも一般大衆に受けそうな、少しうがった批判を浴びせるというのが、辛坊治郎のスタンスです。

辛坊治郎 嫌がらせの原因は「そこまで委員会」、再び太平洋横断の真意

一般人を装いながら、上から目線で、権力志向が強い辛坊治郎が嫌いという人も結構多いようです。先日、関西ローカルのMBS制作で、明石屋さんまが長く司会を務める深夜バラエティ「痛快!明石家電視台」に出演した辛坊治郎は、注文した覚えのない通販商品が大量に局あてに送りつけられ、自宅に「子供ができた」と妊娠したと主張する女性が押しかけてきたことなど、さまざまな嫌がらせを受けた体験を告白しています。

しかし辛坊治郎は、それら嫌がらせは、「そこまで言って委員会NP」のせいで、「僕の言ってないことも、(パネラーの)発言はみんな僕が言ってると思うんですよ。それで1週間、ものすごいクレームの手紙が届くんです」と、ここでも嫌がらせやクレームは、辛坊治郎自身にではなく、番組のせいであると、話をすり替えています。こういうところこそが嫌われる原因なのですが、どうやら辛坊治郎本人は意に介していようです。

辛坊治郎は、読売テレビを辞めてフリーになってから、自らの会社として株式会社大阪綜合研究所というシンクタンクを設立しています。業務内容は、主に大阪府を中心とした近畿地方の政治・経済・文化、およびアジア・太平洋地域における環境・観光・民族文化・経済開発についての研究・調査・およびそれを基とした講演活動だそうです。また近々、再びヨットで太平洋横断にも挑戦するとか。晴れて成功したその後、辛坊治郎が政治家に転身する日は、そう遠くないような気がします。

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