篠原慎平は高校中退から不死鳥の如く読売巨人軍へ!異色の野球経歴とは?

篠原慎平は高校中退から不死鳥の如く読売巨人軍へ!異色の野球経歴とは?出典:https://headlines.yahoo.co.jp

篠原慎平が高校中退を余儀なくされた事件とは?野球への執念が凄かった!

篠原慎平の高校中退は不祥事の巻き添え!その不祥事とは「かわいがり」だった?

プロ野球選手には、アマチュア球界で鳴らしたエリートが多いものですが、読売ジャイアンツ投手・篠原慎平(しのはらしんぺい)の経歴はかなり異色です。高校中退後、プロ野球独立リーグの四国・九州アイランドリーグ(現四国アイランドリーグplus)でプレー。その実績が認められ、読売ジャイアンツ入りを果たしました。

篠原慎平が高校中退を余儀なくされた背景に、所属していた野球部の不祥事に巻き込まれたことがあるようです。何も野球に限った話ではありませんが、体育会系スポーツでは、先輩やOB、コーチなどの「かわいがり」がいまだにまかり通っているとされます。体育会系の世界において、下級生にとって上級生は絶対的な存在です。無理難題を強いられても、下級生は、黙って従うしかありません。

篠原慎平自身が「かわいがり」に加担していたのならば、今も野球を続けているという事実の説明がつかないため、連鎖責任で高校中退したという可能性が高そうです。遠回りのように見える野球人生ですが、不死鳥のようにはばたいた現在から見ると、実は大正解だったのかも知れません。

篠原慎平の野球にかける執念の凄さ!試練に見舞われて引退を考えたこともあった!

高校を中退し、甲子園出場にも無縁だった篠原慎平。しかし、彼の野球への執念が絶たれたわけではありませんでした。高校中退後も、篠原慎平の野球への思いは薄れるどころか、むしろ強まっていきます。四国独立リーグの愛媛マンダリンパイレーツ入りした篠原慎平は、リーグ1年目から公式戦登板して4勝をマーク。そのかたわらで、通信制学校で学ぶ日々を過ごしました。

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低迷した2年目を経た3年目は、活躍を見せながらも肩を痛め、オフには手術に踏み切ります。術後の回復が遅れ、その後2年間は公式戦登板することもなく、練習生として過ごしました。愛媛を退団後、トライアウトを受験した篠原慎平は、香川オリーブガイナーズ入り。2013年シーズンは3勝を挙げたものの、シーズン終了後に選手契約を解除されて、再び練習生に舞い戻ります。

次々と試練に見舞われて一時は引退を考えたと言いますが、チームメイトの説得を受けて翻意し、現役続行を決意。翌2014年は選手登録され、クローザーとして起用されるようになりました。この起用が見事に当たり、6勝10セーブの成績を残すと、球速もめざましい回復を見せ、最高球速は153㎞をマーク。度重なる挫折に打ち勝って結果を残したのは、篠原慎平の野球への執念の凄さと、強い精神力のたまものだとしか言いようがありません。

篠原慎平の読売巨人軍入団の経緯!身長体重、プロフィールは?

篠原慎平は球速を評価されて巨人入り?磨けば光るダイヤモンドの原石!

クローザーとしての実績が評価されたのか、篠原慎平は、あの読売ジャイアンツからドラフト指名を受けるに至ります。最速153㎞という球速だけでも魅力的な素材であることは確かで、2014年10月23日のドラフト会議で、育成選手の枠ではありましたが、1位指名を勝ち取りました。

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プロスカウトの評価も高く、「プロでも十分にやっていけるだけの力量」と絶賛を受けています。特に、巨人のスカウトは、「ウイニングショットの精度とコントロールに磨きをかけていけば、上(1軍)で十分通用する」と評価しているほどです。まさに「磨けば光るダイヤモンドの原石」と見込まれた篠原慎平。身長186cm、体重97kgと、ピッチャーとして非常に恵まれた体格もさることながら、ワインドアップから投げ下ろす角度のあるストレートがMAX153kmを計測するのは大きな武器です。

スライダー、フォーク、カーブといった変化球も駆使するということで、制球が決まれば、相手にとってかなりの脅威になることは明らかでしょう。大柄な体格の割に、牽制やフィールディングにも定評がありますから、これはかなり有利です。変化球のコントロールのまずさを指摘されているとはいえ、周囲の期待は高く、今シーズンは、4月16日に支配下選手契約(本来は2軍のゲームにしか出られない育成選手を1軍のゲームにも出られるようにすること)を結んだことが発表され、推定年俸は420万円に。

背番号も、「001」から「92」に変わり、翌17日付で支配下選手登録が公示されました。リリーフ陣の一角として計算される存在になりそうです。

篠原慎平のプロフィール!育成出身で球団史上初の1軍初登板初勝利!

篠原慎平は、1990年6月13日生まれの26歳。愛媛県四国中央市出身で、右投げ左打ちです。元福岡ソフトバンクホークスで20勝投手に輝いた斉藤和巳を憧れの選手に挙げる篠原慎平の強みは、恵まれた体からワインドアップで投げこむ最速150km台のストレートと、スライダー、フォーク、カーブ。スピードボール主体のパワー系ピッチングもさることながら、投球フォームのバランスの良さも特徴で、牽制やフィールディングにも定評があります。

もちろん、遠投124m、50mを5.8秒で走る高い身体能力も魅力と言えるでしょう。野球を始めたのは小学2年の時で、中学時代は、川之江ボーイズ(第10期生)に所属。愛媛県立川之江高校へ進学後は、2年夏に県大会でベスト4進出を果たしたものの、甲子園出場とは無縁のまま、野球部の不祥事のため、あろうことか高校中退することに。

しかし、野球への思いを断ち切ることができず、2008年に愛媛マンダリンパイレーツへ加入し、2013年からは香川オリーブガイナーズでプレー。クローザーとして存在感を発揮したことから、2014年には、育成ドラフト1位で巨人に入団しました。

2017年4月からは支配下選手登録され、19日の対東京ヤクルトスワローズ戦で、リリーフとして1軍公式戦に初登板すると、緊急登板だったものの、3回を無失点に抑え、記念すべきプロ入り初勝利を挙げています。育成選手出身のピッチャーが、支配下選手登録を経て、1軍にて初登板&初勝利は球団史上初の快挙で、鮮烈なデビューを飾りました。

篠原慎平が支配下登録後初勝利! 勝利の方程式としてその存在は期待大!

育成枠出身にして、1軍で初登板初勝利を手にした篠原慎平。先発投手のアクシデントで緊急登板になりながら、3回無失点のピッチングが報われて、ウイニングボールを手にすることになりました。お立ち台では、「うれしいの一言では表せない」と、感無量の思いを口ににしていました。

支配下登録となっての初陣は、思いもかけず訪れました。先発の高木勇人の右指負傷で、3回からリリーフ登板。突然の出番ではありましたが、「思ったよりすんなりと臨めた」と、緊張する時間がなかったことがかえって幸いしたようです。「ピンチの連続でしたが、バックの守備が救ってくれた。運があった」と、野手へ謙虚に感謝することも忘れず、東京ヤクルト打線を相手に、5回までの3イニングを投げ、4安打1四球無失点に抑えました。

支配下選手登録されたばかりですが、今後は、1軍の中継ぎとして期待も大きい存在に、高橋由伸監督も、「一番の特長はストレート。あとはどれだけ変化球が使えるか」と期待している様子。幸先のいい白星で、チームの士気も上がろうというものです。篠原慎平は、「自分の活躍が独立リーグの認知度のアップにつながる。これから入ってくる選手の目標になるためにも頑張っていかないといけない」と、今後の活躍を誓っていました。彼の人となりを知るチームメイトは、「独立リーグで苦労経験が長いからか、人間がしっかりしている」と評しています。

さらに、「ファームの試合では物おじせずにマウンドに上がる。縦の変化球が武器で、広島のクローザー中崎翔太に通じる印象がある」とコメント。注文を付けるとすれば、「ストレートは150㎞を超える威力があるけど、コントロールはアバウト」とのことです。また、チーム関係者によれば、「高卒の若い選手を食事に連れて行くなど、兄貴分的な存在」だとか。

終盤逆転負けを喫する展開が目立ち、7回を任せるセットアッパーが目下の課題となっている巨人にとって、篠原慎平が、勝利の方程式の一角としての働きが期待されていることは間違いありません。高校を中退しながら、野球をあきらめきれなかった苦労人は、今後、どのようなマウンドさばきを見せてくれるのでしょうか。

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