宍戸錠が頬にシリコンを入れたワケ!現在も忘れられないエースのジョー出演作品は?

宍戸錠が頬にシリコンを入れたワケ!現在も忘れられないエースのジョー出演作品は?出典:http://www.cool-ny.com

宍戸錠が頬にシリコンを入れたワケ!現在も忘れられないエースのジョー出演作品は?

宍戸錠は渡り鳥シリーズになくてはならない好敵手「エースの錠」だった

宍戸錠は、1933年生まれでもう82歳になる俳優です。勝新太郎には田宮二郎(「悪名」シリーズ)、加山雄三には田中邦衛(「若大将」シリーズ)、高倉健には池部良(「昭和残侠伝」シリーズ)と、映画黄金期のドル箱シリーズには、主役の相棒ともいうべき存在が不可欠でした。

そして忘れてならないのが、日活、小林旭の「渡り鳥」シリーズ。主人公・滝伸次の前に立ちはだかる好敵手として人気を博したのが、黒づくめの殺し屋、エースの錠こと宍戸錠です。

宍戸錠は「エースの錠」がスピンオフして自らの「拳銃無頼帖」や「稼業」シリーズが大ヒット

宍戸錠は、1954年、日活にニューフェイス第1期生として入所。1955年「警察日記」の若い巡査役でデビューしました。当初は2枚目路線で売り出されましたが、当時の日活には、すでに石原裕次郎や小林旭がいてライバルも多かったため、宍戸錠は、もっとアクの強い役柄を演じるために、自らの希望で、頬にシリコンを入れたそうです。当時は整形の技術もまだ拙く、本人が想像していた以上に、頬が誇張されてしまったとか。

しかし、これが功を奏して、自らが願っていた「エースの錠」のような、アクの強いキャラクターを演じられるようになりました。この「渡り鳥シリーズ」の「エースの錠」がスピンオフして主役となり、1960年初めには、宍戸錠主演「拳銃無頼帖」シリーズや、「ろくでなし稼業」などの「稼業」シリーズが、立て続けに制作されています。

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宍戸錠と息子・宍戸開は絶縁状態?自宅全焼の火事原因は?

宍戸錠の世田谷の豪邸を火事で焼失!その原因は?!

宍戸錠は、映画産業が斜陽となり、日活が1971年にロマンポルノ路線に転じてからは、映画界を離れ、テレビドラマだけでなく、バラエティなども器用にこなし活動しました。兄を追って日活に入社した郷鍈治(ごうえいじ)もまた、テレビドラマに進出。兄にもましてワイルドな風貌で、アクションドラマで活躍していました。

そんな宍戸錠には、3人の子供がいます。長女は、父である宍戸錠のマネージャーを務めています。長男の宍戸開は、50歳となっている最近はあまり見かけませんが、デビュー当時は、二世タレントとして結構売れていました。そして次男は、一般人としてすでに独立して暮らしているようです。

久しく話題のなかった宍戸錠ですが、2013年2月4日、世田谷の豪邸を火事で全焼。一時は放火と騒がれましたが、原因は、暖房器具のコードの劣化だったといわれています。この火事により、2001年に取り出し、大切にしていた頬に入れていたシリコンも消失してしまいました。長年連れ添った妻を2010年に失くしてからは、独り暮らしをしていたという宍戸錠のぼう然とした姿は、人々を驚かせました。

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宍戸錠の火事によってばれた長男宍戸開との絶縁状態の原因とは

宍戸錠には、自宅を全焼した火事と同時に、長男である宍戸開との絶縁状態も明るみに出ました。原因は、宍戸開の結婚問題。宍戸開は、2010年に小学生の男の子がいる一般女性と結婚したのですが、どうやら宍戸錠の許しを得なかったようで、以後、絶縁状態だといわれています。

また、早くに亡くなった弟・郷鍈治を偲ぶ会に、弟の妻であったちあきなおみが出席しなかったことで、ちあきなおみとも疎遠らしいことが明らかに。映画では、「エースの錠」として、気の利いたキャラクターを演じていた宍戸錠も、意外に、挨拶礼儀にはうるさい、昔かたぎの昭和の男性であったことが分かります。

宍戸錠の健康法は酔いつぶれても1㎞歩くこと。エースの錠よ、永遠に!

宍戸錠は、人生いろいろあれど、今も健在です。すでに80歳の時に、53歳も年下の女性をナンパしたなど、数々の武勇伝は尽きません。宍戸錠にその元気の秘訣を聞くと、健康などはいっさい気にせず、3日分くらい買いだめにしたコンビニ弁当をバクバクと食べ、酒もガバガバ飲んでいるのだとか。

しかも、ほぼ毎晩、地元仙川の行きつけのバーや飲み屋で飲み、どんなにベロベロに酔っても、1kmの距離を歩いて帰るという宍戸錠。年を取ると、足の裏が固くなって感覚がなくなってくるけれども、自分は酔って歩くことで柔らかくしている、コレが唯一の健康法だと豪語しています。「無国籍アクション」と称された昔の日活作品、「渡り鳥」シリーズや、宍戸錠主演の作品を見直してみると、荒唐無稽といった言葉がまさにぴったりの作品群です。

しかし考えてみれば、1960年初頭の日本は、まだ娯楽など何もなかったといってもよい時代。主人公たちが、エキゾチックな函館の街や、釧路の大草原、哀愁漂う新潟佐渡にまで足を延ばしていたのは、まさにディスカバージャパンの先駆けでした。そして、どこへ行こうが、ミラーボールに市松模様のダンスフロアのクラブに、妖艶なダンサーの登場はお決まり。

そのダンサー役を演じた白木万理が、やがて、テレビの「必殺」シリーズで、中村主水の妻りつ役を演じたことは、あまりにも有名です。当時の純朴な青少年たちは、彼女が登場するだけで、理由もなくわくわくしたものでした。そこへ轟く銃声一発!細めの黒いスーツをおしゃれに着こなした「エースの錠」が登場。

目の前で、拳銃を握りながら、人差し指を左右に振って、「チィッ、チィッ、チィ。ここは坊やが遊びに来るところじゃないぜ」なんて台詞をかましてくれました。あなたは、こんなポーズをしたオジサンを、街の飲み屋で見かけたことはありませんか。

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