笑点座布団10枚の景品・賞品は?林家木久扇「桂歌丸の司会が高視聴率の秘密!」

笑点座布団10枚の景品・賞品は?林家木久扇「桂歌丸の司会が高視聴率の秘密!」

林家木久扇「桂歌丸の司会が高視聴率の秘密!」『笑点』50年目突入の秘密を語る!

1966年の放送開始から50年目になる日本テレビ系列の人気長寿番組「笑点」。
現在もバラエティー番組部門で週間視聴率トップになるなど根強い人気を保ち続けています。

笑点の演芸コーナーには且つてはツービートやオール阪神・巨人、西川のりお・上方よしおなども出演していてバラエティー番組の正統派という感じですが、
何といっても「笑点」の代名詞は大喜利です。

笑点には数々の落語家たちが出演してきました。現在の出演者は司会の桂歌丸さん、三遊亭小遊三さん、三遊亭好楽さん、
6代目三遊亭圓楽さん、林家木久扇さん、春風亭昇太さん、林家たい平さんと座布団運びの山田隆夫さんです。

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会見で高視聴率について林家木久扇さんは「(桂歌丸さんが)楽屋か病院か『笑点』の収録場所にいらっしゃるから、(番組が)ドキュメントとして見られて視聴率につながってるんじゃないかと思います」と
大喜利同様に歌丸さんをネタに話していました。

林家木久扇が歴代最多 笑点「座布団10枚」の景品・賞品獲得者

大喜利は桂歌丸さんがお題を出して出演者がそれに答えていきますが、その答えが面白ければ座布団を貰い面白くなければ座布団を取られます。
10枚座布団を集めると豪華賞品がもらえます。

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お題は季節ネタや時事ネタ、落語の小話など多岐に渡って出題されますが、時には若い女性の間で流行っている「てへぺろ」を使ったお題も出されました。
「てへぺろ」は失敗した事を許してもらうためにかわいく言う言葉です。

ちなみに林家木久扇さんはそのお題でも座布団を獲得しています。
その木久扇さんは「座布団10枚」を16回達成して歴代トップです。

木久扇さんが貰った豪華景品は、「ある組織の長になれる権利」を獲得して一日幼稚園園長になったり、
「奥の細道を行く」権利を獲得しましたが内容は上野駅から東北本線で出発したものの次の駅の尾久駅で降りて「尾久の舗装道」を探訪したなど
『笑点』ならではのトンチの利いたものでした。

笑点 座布団10枚の賞品は、分類すると、
1 シャレ
2 取るに足らないもの
3 悲惨
4 良いもの
5 あっと驚くすごいもの
に分けられます。
となります。

笑点 座布団10枚の景品・賞品 ただのシャレ

・「ボーナスがもらえる」ということで、棒(ボー)茄子(ナス)

・こん平が「徳川家御埋蔵金」を獲得。(1991年放送)
宝の地図を頼りに、群馬の山中で「徳川家御埋蔵金」=「三つ葉葵の家紋入りの雑巾5枚(5枚雑巾・ごまいぞうきん)」を見つけます。

・笑点メンバー全員が「岩清水を飲む権」を獲得。(1992年放送)
岩清水を山田隆夫が途中でこぼしてしまい、代わりに鰯を漬けた水(いわし・水)を笑点メンバーは飲むことに。

・小遊三が「2001年宇宙の旅」を獲得。(2001年放送)
山田隆夫が宇宙服みたいな服を着て「2001円の府中の足袋」(府中市で2001円で売っていた足袋)を笑点メンバーに配る。

・小遊三が「夏草や 兵どもが 夢のあと(松尾芭蕉の句)」を獲得。(2002年放送)
くさや(夏、くさや)の本場・新島で、魚のくさや作りを体験。

・歌丸が「三顧の礼」を獲得。賞品は千円札1枚(3個の零で1000円)。(2003年放送)

・歌丸が「似たもの夫婦」を獲得。賞品は煮込みうどん(煮た物フーフー)だった。(2003年放送)

笑点 座布団10枚の景品・賞品 取るに足らないもの

・歌丸が「世界の大スターに会える権利」を獲得。(1999年放送)
その大スターとは山田隆夫!「みかん色の恋」を熱唱。

・こん平が「花の雲 鐘は上野か 浅草か(松尾芭蕉の句)」を獲得。(2002年放送)
賞品は「花見場所取りセット」

・小遊三が「明日は明日の風が吹く」を獲得。(2005年放送)
賞品は、5代目圓楽家の押し入れから出てきた10年前の扇風機。

・昇太が「耳をすませば」を獲得。(2008年放送)
5代目圓楽の笑い声が聞こえてくるお守り袋(笑い袋)。

・楽太郎が「秋の香り満載」を獲得。(1994年放送)
焼きたての銀杏。これはスタッフが明治神宮の銀杏並木で拾い集めてきたもの。

笑点 座布団10枚の景品・賞品 悲惨な賞品 

・歌丸が「クィーンエリザベスIIの夕べ」を獲得。(1989年放送)
豪華客船で美女とクルージングのはずが、待っていたのは歌丸の冨士子夫人。

・昇太が「身から出たサビ」を獲得。(2009年12月20日放送)
ネタ(身)からわさび(サビ)のはみ出した寿司であった。暫く食べるのをためらい、意を決して食べるも、余りの辛さに悶絶した。

・6代目圓楽が「至福の時」を獲得。(2011年放送)
台湾の「世界にひとつだけの温泉」へ。実際は自分で河原で温泉を掘って入る。

笑点 座布団10枚の景品・賞品 本当に良いもの

・歌丸が「ドッキリ中吊り広告」を獲得。(1987年放送)
都営地下鉄の1両の車内に、歌丸の中吊り広告を掲載。

・楽太郎が「カール・ルイスと対決」を獲得。本物のカール・ルイスと100M走。(1991年放送)

・好楽が「美女と茶摘」を獲得。(1993年放送)
本当に美女に囲まれながら美味い新茶を摘んだ。

・小遊三が「故郷に錦を飾る」を獲得。(1994年放送)
小遊三の故郷 山梨県大月市をオープンカーでパレード。母校山梨県立都留高等学校で「錦の座布団」をもらう。

・木久蔵が「ある組織の長になれる権利」を獲得。(1999年放送)
ある組織の長とは、一日幼稚園園長先生。 園児たちとダンス、お絵描き、お弁当を食べた。

・木久扇が「瞳を閉じて」を獲得。(2010年放送)
歌丸が瞳を閉じて考えて、木久扇のネタの河童にちなんで、トルコ・カッパドキアの旅をプレゼント。
陶器の絵付や熱気球に乗ってのカッパドキア遺跡巡り、イスタンブールへも!

笑点 座布団10枚の景品・賞品 あっと驚くすごいもの!

・木久蔵が「好きな番組を製作出来る権」を獲得。(2000年放送)
木久蔵が「木久蔵ラーメンを海外で出店したい」と希望して「木久蔵ラーメンinタイ」を放送。

・歌丸が「写真集出版」を獲得。(2000年放送)
歌丸のスーツ姿や女装姿の写真集が作られたがどこの出版社も出版してくれない。5代目圓楽が自腹で10冊購入。

・歌丸が「濡れ手で粟のひとつかみ」を獲得。(2005年放送)
フィリピン紙幣「ペソ」が入っている箱から、現金つかみ取り。このペソで「セブ島カジノツアー一攫千金の旅」へ。

笑点 座布団10枚の賞品には、スタッフの一生懸命な苦労が見て取れますね!

林家木久扇 笑点最古メンバーとはどんな人?

木久蔵から木久扇へ改名

林家木久扇さんは1937年に東京市日本橋区(現在の東京都中央区)で産まれました。
高校卒業後に森永乳業に就職し、その後は漫画家となり「漫画サンデー」に掲載されたこともあるほどでしたが
漫画の師匠である清水崑さんに諭されて落語家に転身したという稀な経歴の持ち主です。

長らく林家木久蔵という芸名で親しまれていましたが実子の真打昇進にあたり木久蔵の名を譲り2007年に改名して木久扇になりました。
この改名も『笑点』で公募し集まったその数は30377通に達しました。

また『笑点』内でも出演者から数々の名前が出されてそれ自体が一つの番組企画になっていました。

林家木久扇は実は時代劇や日本史に造詣が深いインテリ

木久扇さんのネタは物真似や駄洒落などからAKB48やももいろクローバーZの歌を独特のリズムで歌うなど幅広く、
脱力系のキャラクターとして高い人気があります。

「キクちゃん」の愛称で呼ばれるなど親しみやすい人ですが、実際には時代劇や日本史に造詣が深くかなりのインテリです。
落語の評価も高く『笑点』の前司会者5代目三遊亭圓楽さんが「木久蔵さんの落語で笑わない奴はいない」と言ったほどです。

桂歌丸さんは「馬鹿を装っているのが一番楽で、木久扇さんは頭がいい」と言っています。

林家木久扇の生まれた東京都中央区日本橋は東京23区の衣・食の中心

木久扇さんはその名の通り東京23区のほぼ中央にあってまさに都心です。面積は台東区に次いで小さく人口も千代田区の次に少ないですが、区内には日本橋・八重洲・築地・月島・晴海・銀座などの有名な街があります。
そのため昼間の人口が非常に多く夜間人口との比率が最大6,595倍にまでになった事もあります。日本有数の商業地域であり衣・食の中心でもありますね。
大商業地域の銀座に昔ながらの下町情緒あふれる月島、そして近年も開発が続き超高層タワーマンションが増えている晴海など、様々な時間と文化が融合しながら発展し続ける地域といってよいでしょう。
2016年には世界最大規模を誇った築地市場が豊洲に移転することが決定しています。また、その跡地は2020年東京オリンピックで使用される構想もあり、今後も中央区の話題は尽きません。

林家木久扇の生まれた東京都中央区日本橋は日本の道路網の始点

木久扇さんは日本橋出身であることを誇りに思っています。
日本橋は地名にもなっていますが日本橋川に架かる国道の橋で日本の道路元標があり、日本の道路網の始点となっています。
その歴史は古く徳川家康が全国道路網整備計画をして架けた初代の橋から現在の橋は19代目とも20代目ともいわれています。
1999年には国の重要文化財となっていいますが、現状は首都高速道路に覆われていて、都市景観として多くの議論がされています。
木久扇さんも首都高速を地下に移設してほしいと訴えており、木久扇さんの日本橋愛が窺えます。
この日本橋を愛し誇りに思っている人が多く、それは例えば日本橋の新しいランドマーク的存在となった「コレド日本橋」からも察することができます。
2004年にオープンした「コレド日本橋」はオフィス・商業テナント・食料スーパー・大学が混在するユニークなビルなのですが、その名前の由来も「CORE(核・中心)+EDO(江戸)=COREDO(コレド)」つまり江戸の中心という意味なのです。
歴史ある日本橋を愛する木久扇さん。同様に歴史ある『笑点』を愛し今後も高視聴率長寿番組を支えていって頂きたいです。

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