TAIJIがXJAPANを脱退した理由!死因の謎が論争を呼ぶ

TAIJIがXJAPANを脱退した理由!死因の謎が論争を呼ぶ出典:http://yoshidaproject.com

TAIJIがXJAPANを脱退した理由!YOSHIKIとは仲直りしたの?

TAIJIがXJAPANを脱退した理由の真相!YOSHIKIの言う”約束”とは?

TAIJIこと沢田泰司は、後にXJAPANと改名するロックバンドXのベーシストとして、なくてはならない存在でした。メジャーデビューからわずか2年後の1991年に脱退した時には、バンドが解散危機に陥ったほどです。

TAIJIは、X加入当初から、リーダーのドラムYOSHIKIとの音楽性やファッション性の違いにより諍いが絶えなかったといいます。脱退理由についても同様に伝えられていましたが、TAIJIの自伝には、バンド内の収入格差と、YOSHIKIのドラムプレイに文句を言ったため、YOSHIKIとの間の溝が決定的になったからと記されています。

一方で、YOSHIKIの自伝には、「TAIJIが自分との約束を破ったから」と書かれていました。YOSHIKIが言う約束の反故とは、TAIJIがXとして活動中に、かねてから憧れていたヘヴィメタルバンドLOUDNESSから声をかけられ、セッションオーディションに参加したことという噂。

YOSHIKIが、メンバーが他のミュージシャンと関わりを持つことを、あまり好んでいなかったためとされています。どちらの言い分が本当なのかは不明ですが、2人が不仲だったことは疑う余地もなさそうです。

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TAIJIがホームレスに転落!HIDEの葬儀に現れた変わり果てた姿にYOSHIKIは……

TAIJIは、Xを離れた直後からLOUDNESSのベーシストとして活動を始めましたが、1年後には契約上のトラブルで脱退しています。その後、凄腕アーティストを揃えてハードロックバンドD.T.Rを結成するも、すぐに活動休止に陥ってしまいました。経済的に困窮したTAIJIは、当時の妻とも離婚することになり、約2年にわたってホームレス生活を送ることに。

喧嘩をして角材で殴られ前歯を折るなど、転落の一途を辿っていきます。1998年、XJAPANとして再始動していた古巣を、ギタリストHIDEの死という突然の不幸が襲いました。ボロボロの状態にありながら、葬儀に駆け付けたTAIJIを見て、かつての天敵YOSHIKIも胸が痛んだのでしょう。

前歯の治療費として200万円をTAIJIに即座に差出し、音楽活動の再開を支援しています。2010年には、「XJAPAN WORLD TOUR」の横浜公演にTAIJIが緊急参戦。脱退以来18年ぶりにYOSHIKIと共演を果たしました。かつての確執を超え、2人が肩を組む姿には、多くのファンが感涙したものです。

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TAIJIの死因の真相!ベースのテクニックが天才的だった!

TAIJIにサイパンで何があったのか?死因の謎が論争を呼ぶ

TAIJIの訃報が飛び込んできたのは、YOSHIKIと18年ぶりの共演を果たした翌年の2011年7月のことでした。仕事でサイパンに向かう飛行機の中で暴行事件を起こし、サイパン当局で逮捕拘留。それから3日後に拘置所で首つり自殺を図り、7月17日に病院で死亡が確認されたと伝えられています。TAIJIは、YOSHIKIの援助を受けて音楽活動を再開してからも、バイク事故、持病のてんかんと脳梗塞の悪化など、たび重なる入院で満身創痍でした。金欠状態も続いており、自殺の原因として思い当たる節はいくらでも挙げられます。

しかし、当時の内縁の妻だった女性が、TAIJIの親族とサイパンで遺体確認をしたところ、首吊りの痕らしきものは見当たらず、拷問を受けたかのような傷が多数見受けられたという話も。司法解剖も行われなかったそうで、拘置所の中で何があったのか、TAIJIの死が本当に首吊り自殺だったのかどうかは、未だに論争が絶えません。

TAIJIは右手中指を切断していた!あのベーステクニックは努力の賜物だった!

TAIJIは、よく「日本最高のベーシスト」「ベースラインアレンジの天才」と称されます。アルペジオによる独特の演出や、タッピングやスラップ奏法といった派手なベースソロに憧れて、七色に光るフェニックスをあしらったTAIJIモデルベースを手にしたベースキッズは相当数いたはずです。

Xでは、ベース音がドラムの前に出ることは珍しいものですが、「WEEK END」では、あのスピードにあるまじき豊かでメロディアスなベースラインを、じっくり堪能できます。人の好みによりけりで、賛否両論はあるようですが、TAIJIを天才とする所以は他にもありました。実はTAIJIは、2歳の時に、実家が経営する工場の機械による事故で、右手中指の第一関節から上を失っています。

そのため、ピックを使用しない指弾きの場合、通常は人差し指と隣接する中指で弦をはじくのが最も安定しますが、TAIJIは、人差し指と、可動性の弱い薬指を使用。ライトハンドタッピングを行う時も、当然のことながら、弦を抑える指が1本足りない状態です。バンドのボトムを支えるベースは、不安定な演奏はご法度ですが、TAIJIは、人一倍の血がにじむような練習をして、そのテクニックを手に入れたといいます。努力に勝る天才はなしとは、本当によく言ったものです。

TAIJIの在りし日に涙!ドキュメンタリー映画「WE ARE X」が2017年3月3日公開

TAIJIの死から6年が経過しようとしています。振り返れば、X改めX JAPANは、HIDEとTAIJIの死、TOSHIの洗脳騒動と、日本音楽史上稀に見る壮絶な歴史を刻んできました。その悲しみを振り切るかのように、バンドは世界進出を果たし、2014年には、”世界で最も有名なアリーナ”と称されるニューヨーク・マディソンスクエアガーデンでコンサートを開催。アジアの単独アーティストでは最高記録となる1万5千人を動員するなど、栄光の道を歩み続けています。

その軌跡を描いたドキュメンタリー映画「WE ARE X」が、2016年にハリウッドで制作され、2017年3月3日についに日本公開の日を迎えます。かつて、XにはYOSHIKIとTAIJIという2人の天才がいると言われていました。TAIJIがXを脱退せずにいたら、後の運命は大きく違った可能性はありますが、2人が相容れない性質だったからこそ、生まれた音楽もあったに違いありません。

映画の公開と同時にリリースされるサウンドトラック「WE ARE X」には、メジャーデビューアルバム「BLUE BLOOD」にも収録されているTAIJIとHIDEが作曲した「Xclamation」など、14曲のスタジオ音源などが収められています。「WE ARE X」は、当時に想いを馳せると、ファンにとっては涙をこらえきれない映画となりそうです。

X脱退後のTAIJIは、壮絶すぎる転落人生を送りました。しかし、そんな中でも最期までベーシストであり続けたことは、X JAPANのメンバーをはじめ、ファンが誇るべき事実と言えそうです。

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