高田賢三はコシノジュンコと同じ”花の9期生”!KENZOデザイナーの仕事がスゴイ!

高田賢三はコシノジュンコと同じ”花の9期生”!KENZOデザイナーの仕事がスゴイ!出典:http://www.drillspin.com

高田賢三はコシノジュンコと同じ”花の9期生”!KENZOデザイナーの仕事がスゴイ!

高田賢三はコシノジュンコと同じ“花の9期生”!文化服装学院出身の豪華な面々とは

高田賢三は、日本を代表する世界的なファッションデザイナーです。高田賢三は、文化服装学院を卒業しており、デザイン科の9期生でした。そんな高田賢三の同期には、同じように世界を舞台に活躍するファッションデザイナー・コシノジュンコもいます。

他にも、NICOLEの松田光弘や、ピンクハウスの金子功など、後のファッション業界に多大な影響を与える人物がズラリ。そのため、文化服装学院デザイン科の9期生は、特に“花の9期生”と呼ばれていました。

高田賢三やコシノジュンコが卒業した文化服装学院は、ファッション評論家のピーコや、ドン小西、ヨウジヤマモトの山本耀司、COMME des GARCONS副社長の渡辺淳弥、A BATHING APEの創業者として知られるNIGO、ツモリチサトの津森千里、アンダーカバーの高橋盾、ミナペルホネンの皆川明など、ファッション業界の有名人を多数輩出しています。

高田賢三はKENZOを生み出したデザイナー!素晴らしい仕事に世界が注目!

高田賢三は、デザイナーズブランド「KENZO」の創業者です。1969年に立ち上げられた高田賢三のKENZOは、はじめは「ジャングル・ジャップ」と名乗り、パリの小さなブティックとしてスタートしました。しかし、創業年に、世界的なファッション雑誌「ELLE」の表紙を飾ったことから、一気に注目を集めるブランドに。高田賢三のKENZOは、ファッションの既成概念を取り払い、柄の多用、色彩の多用など、当時の誰もが見たことのない洋服を次々と発表し、世界のファッショニスタたちを虜にしました。

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こうして、世界のファッションブランド史・モード界に大きな影響を与えることとなったのが、「複数の異なる文化のオリジナリティを融合させる」「混ぜるのが好き」という高田賢三の斬新なデザイン哲学です。高田賢三は、1970年代の世界のファッション業界を、イヴ・サンローランとともに牽引していくこととなります。

高田賢三が豪邸や作品を売却したワケ!学歴やプロフィールは?

高田賢三が豪邸や作品を売却したワケは「より自由に暮らすため」だった!?

高田賢三は、パリに豪邸を建てて、長年住んでいましたが、2009年に売却してしまいました。その際、20年かけて収集した1200点もの美術品コレクションもすべてオークションにかけている高田賢三。先住民族の工芸品や、2000年も前の木像、仏像など、高田賢三のお目にかなった貴重な品々の売却総額は、2億円だったともいわれています。

高田賢三が豪邸や作品を売却したのは、「新たな人生のページを開き、より自由に暮らすため」でした。そのために、パリ中心部の集合住宅に引っ越すことを決めたからだそうです。引っ越し先の集合住宅の広さは、元の豪邸の6分の1。コレクションのやり場に困ったため、全て売ることを決心したようです。

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高田賢三が世界的デザイナーになるまでの学歴やプロフィールをおさらい

高田賢三の実家は、「浪花楼」という兵庫の旅館です。そのため、高田賢三は、小さいころから和服姿の女性たちに囲まれて育ったといいます。1939年生まれの高田賢三の学歴は、姫路市立野里小学校から姫路市立広嶺中学校へ進み、兵庫県立姫路西高等学校を出て、最終学歴は、文化服装学院デザイン科師範科卒業です。

姉たちが洋裁をしていたため、ファッション雑誌を目にする機会が多く、服飾や裁縫に興味を持つも、当時の日本には男子が進学できる服飾学校はなく、一度は神戸外国語大学に進学した高田賢三。しかし文化服装学院が男子生徒の受け入れを開始するというチラシを目にした高田賢三は、親の反対を押し切って大学を中退し、上京。

バイトをして、入学金を貯めて、念願の文化服装学院へ入学しました。文化服装学院在学中に「装苑賞」を受賞した高田賢三は、卒業後はパリに渡り、30歳の時に「ジャングル・ジャップ」をオープン。日本を代表する世界的なファッションデザイナーへと成長を遂げました。

高田賢三がデザイナーに本格復帰!15年ぶりにデザインした洋服はどこで買える?

高田賢三のKENZOは、1980年代に入ると、ライセンス展開を豊富に行い、プレタポルテには手の届かない一般市民にも、KENZOのタオルやTシャツなどが広く普及するようになりました。しかしその後、KENZOは経営難に陥ってしまい、1993年には、ルイヴィトンに買収されることに。高田賢三はKENZOの経営から退き、デザイナー業に専念するも、経営陣と意見が対立し、ブランド創立30周年の1999年にデザイナーを引退しました。

同時に、ファッション界の第一線から身を引きます。そんな高田賢三が、このたび、約15年ぶりに、デザイナーとして本格的に復帰することが発表されました。それは、セブン&アイが展開する「セットプルミエ」という女性服ブランドの期間限定ラインで、イトーヨーカドーや西武、そごう、関連のネットショップで購入することができます。高田賢三は、“上質なものを幅広い世代に”というコンセプトに共感して、オファーを引き受けたそうです。

ユニクロなどのファストファッションが蔓延し、シンプルで没個性的になってしまった近年のファッションに一石を投じるような、まぶしいほどに華やかで楽しい洋服が、「セットプルミエbyケンゾータカダ」には並びます。「以前は、世界各国の現地のファッションを見るのが面白かったが、今は、どこへいっても同じファッションに見えて面白くない」と語る高田賢三。

77歳になった今年は、フランス政府からレジオン・ドヌール勲章・名誉軍団国家勲章(シュヴァリエ位)を贈られました。国境を越え、世界が認める高田賢三の才能は、まだまだ枯れることがないようです。

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