田中康夫と橋下徹が似ている!?おおさか維新の会から出馬の意外性!

田中康夫と橋下徹が似ている!?おおさか維新の会から出馬の意外性!出典:http://www.node.ne.jp

田中康夫と橋下徹が似ている!?おおさか維新の会から出馬の意外性!

田中康夫は2016年の参院選におおさか維新の会から出馬のなぜ

田中康夫は、1956年生まれの60歳。「なんとなく、クリスタル」が大ヒットした田中康夫は、内定していた会社を3カ月で辞め、作家、そしてタレント活動を始めると、一躍テレビの人気者となります。そんな田中康夫が、2016年、おおさか維新の会の候補として、東京から参議院選挙に出馬することが電撃的に決まりました。田中康夫は、その出自や政治手法が、おおさか維新の会の実質トップで、同会の法律政策顧問、橋下徹に似ているといわれています。

確かにテレビで人気者となり、マスコミを巧みに利用した政略は似ている田中康夫と橋下徹。しかし、根本的に違うところは、田中康夫は、良くも悪しくも一匹狼で、自分の組織を作るのが下手なのに対して、橋下徹はラクビーをやっていただけあり、徒党を組む、いや、組織化がうまく実行力があるという点でしょう。今回の参議院選挙では、具体的な政策とその実行力という点で、田中康夫が、おおさか維新の会を選んだと考えられます。

おおさか維新の会は、元みんなの党代表である渡辺善美なども取り込み、ひと波乱起こしそうですが、あえて政策顧問として、おおさか維新の会から離れたポジションで静観している橋下徹の動向が不気味です。

田中康夫が書いた「なんとなく、クリスタル」は来たるべきバブル時代を予言していた!

田中康夫は、1980年、一橋大学在学中に「なんとなく、クリスタル」を上梓しました。「なんとなく、クリスタル」は、その後のバブル期を予兆するような、都会の裕福な若者たちの風俗を描いた小説で、文藝賞を獲り、翌年の芥川賞の候補にもなった話題作。「なんとなく、クリスタル」という言葉は、たちどころに社会現象になりました。同時に、著者の田中康夫本人も、大きな脚光を浴びます。

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しかし、そんな田中康夫に一大転機が訪れました。それが、1995年の阪神・淡路大震災です。田中康夫は、たった1人で神戸に赴き、さまざまな批判にさらされながらも、独自のネットワークを駆使して、精力的にボランティア活動を展開。阪神・淡路大震災を契機に、以後、市民運動にコミットしていった田中康夫は、2000年には、地元の市民グループに推され、出身地である長野県の知事選に出馬し、見事当選しました。

その後、2期6年を務めますが、3期目に落選。一転して2007年には、新党日本から、参議院議員選挙比例区に立候補し初当選した田中康夫は、2009年には、参議院議員を自動失職した状況で、衆議院総選挙の兵庫8区から立候補して当選します。そして2012年の衆議院総選挙で落選し、国会での議席を失いました。

田中康夫が宅八郎に恨まれ続けたワケ!がれき利権「にっぽん改国」で斬る!

田中康夫がおたく評論家から役人、そして誰からも嫌われるのはなぜ?

田中康夫は、知事や国会議員としての活動を通して、それなりに政治実績を積んでいるのですが、どうも大物から小物まで、敵を作りやすい性格のようです。かつて、おたく評論家として有名であった宅八郎とも、物議を醸しています。「噂の真相」という伝説のスキャンダル雑誌に連載を持っていた宅八郎。同時期、「噂の真相」は、断筆宣言をした筒井康隆に代わって、田中康夫に連載を依頼していました。

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別件で宅八郎が事件を起こし、「噂の真」は、宅八郎の連載を休載します。すると宅八郎は、かねてから批判していた田中康夫が、編集部に圧力をかけて自分を休載にしたと思い違いをしたようで、田中康夫がこれに真っ向から批判。宅八郎は激高して、田中康夫の家に押しかけ、車を破損したりして、警察沙汰となりました。

このエピソードは、一方的に、宅八郎が悪かった例ですが、田中康夫が長野県の知事になった時、長野県の職員幹部が、名刺交換で、田中康夫の名刺を折り曲げたと報道されるなど、田中康夫には、どうも人を怒らせてしまう何かがあるようです。田中康夫の政策もまた理路整然としていて、相手にとっては、容赦がなく、逃げ場がないのかもしれません。

田中康夫が時の民主党政権に東日本大震災のがれき問題を正す

田中康夫は、東日本大震災のがれき問題に対しても、時の民主党政権に、日刊ゲンダイの連載エッセイ「にっぽん改国」にて、舌鋒鋭く切り込んでいます。阪神・淡路大震災で出たがれきの量は、2000万トン。一方、東日本大震災の岩手・宮城・福島のがれきの合計は2300万トン。1つの県に換算すれば、700万トンあまりであり、処理施設を作る土地は、各県で十分まかなえるという正論です。

田中康夫は、民主党による、被災地の情緒的感情に流された広域処理などはできもしない愚策であり、現実的な具体策が急務であることを訴えていたのです。田中康夫のこういう主張もまた、おおさか維新の会、ひいては橋下徹の理念に通じるものがあるのかもしれません。

田中康夫、2016年参院選出馬に吠える!

田中康夫本人は、今回の出馬に関して、どう語っているのでしょうか。おおさか維新の会からの出馬の意外性を問うインタビューに対して、田中康夫は、長野県知事時代の「談合が相次いだ不透明な入札制度を抜本的に改め、『脱ダム』宣言に基づく地域密着型公共事業を推進し、9割を超える外郭団体を統廃合して、小学校30人学級を全国で最初に全学年で導入した」自らの実績と、「以前は放漫財政だった大阪府と大阪市の身を切る改革は、田中県政の改革と表裏一体」と、おおさか維新の会からの出馬は、政策的一致によるものだと明快に答えています。

また憲法改正に関しても、自民党以外の現存する国政政党にあって初めて憲法改正案を示したおおさか維新の会は、“改憲容認派”と呼ばれているが、大方の先入観とその改正案の実像は違うと指摘。現行憲法と違って掲げられているのは、「幼児期から大学までの教育完全無償化」と、「統治機構改革」「憲法裁判所の設置」の3つだけで、自らが望むものであると主張しています。

さらに、橋下徹と田中康夫では、演説の仕方ひとつ取っても、政治手法が全然違うと食い下がるインタビュワーに対して、「公正=フェアで、ガラス張り=オープンで、判りやすい=シンプルという点では一緒でしょ。目指す頂きが同じであれば、それぞれ手法は違っていい」と、きっぱり。まさにこの一言が、今回、おおさか維新の会から出馬した田中康夫の本音。東京都の参院選における、田中康夫の当落は、その後のおおさか維新の会の活動方針を決めると、橋下徹が考えているのは、間違いないと思われます。

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