舘鼻則孝がレディー・ガガ御用達の靴職人!靴の値段はいかほど!?

舘鼻則孝がレディー・ガガ御用達の靴職人!靴の値段はいかほど!?出典:http://webmagazine-globalmanager.com

舘鼻則孝がレディー・ガガ御用達の靴職人!靴の値段はいかほど!?

舘鼻則孝はレディー・ガガ御用達の靴職人!!メールで売り込んだ先は……

舘鼻則孝(たてはなのりたか)は、1985年6月14日生まれのファッションデザイナーです。世界の歌姫レディー・ガガが履く「ヒールのない靴(ヒールレスシューズ)」を作ったことでも知られています。

舘鼻則孝は、花魁の履く下駄をモチーフとした斬新なデザインの「ヒールのない靴」を、大学の卒業制作で生み出しました。その後、「ヒールのない靴」を売り込むために、有名ブロガーや、ジャーナリスト、ファッション関係者にメールすること実に100通。その売り込み先には、独創的なファッションセンスで知られるレディー・ガガもいました。

とはいっても、舘鼻則孝がメールでセールスした相手は、レディー・ガガの専属スタイリストであるニコラ・フォルミケッティです。しかし、偶然にも、レディー・ガガ本人が、「ミュージックステーション」に出演するため、ちょうど来日中でした。番組出演用にと、「ヒールのない靴」の注文が舞い込んだことから、レディー・ガガ御用達の靴職人としての道が開けます。

舘鼻則孝の靴は今や118万円!?

舘鼻則孝は、レディー・ガガのシューメーカーとなったことで、知名度が一挙に上がり、世界のセレブからも注文が相次ぐようになりました。そのため、当初は25万円ほどだった舘鼻則孝の靴の価値が上がり、今や118万円以上にもなるのだとか。全てオーダーメイドとなる舘鼻則孝の靴は、注文してから3カ月待ちの状態となっています。

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ヒールがなく靴底が厚いので歩きにくいのか、レディー・ガガがつまずく姿も幾度となく見られますが、シューメーカーを変えないところをみると、それもまた舘鼻則孝の靴の持つ面白みなのかもしれません。レディー・ガガが来日するときはもちろん、舘鼻則孝の靴で決められています。

舘鼻則孝の高校、大学、プロフィール!パリコレなど世界的活躍が凄かった!

舘鼻則孝の気になるプロフィール!出身高校、大学は?

舘鼻則孝は、東京で銭湯を営む家系に生まれ、鎌倉で育ちました。芸術を重視するシュタイナー教育を受けて育ったという母親の意向で、幼い頃から、のこぎりやトンカチを手にし、物づくりに触れていたといいます。母親から、「ほしいものがあれば何でも自分で作ればいい」と言われていた舘鼻則孝は、なんと15歳の頃から服や靴を作っていました。

相洋高等学校を卒業後は、東京藝術大学美術学部工芸科に進学し、友禅染を使い、着物や下駄の制作にいそしみます。同時に、「ヒールのない靴」の原点となる「ぽっくり下駄」を履く花魁の文化も研究していたことから、卒業制作で「ヒールのない靴」を作るに至っています。

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芸大に進学した時点で、すでにその目を世界に向けていた舘鼻則孝は、大学卒業した2010年には、自身のメゾン「NORITAKA TATEHANA」を早くも設立し、ファッションデザイナーとしての地位を確立していきました。

舘鼻則孝の「ヒールのない靴」が世界各国で収蔵されている!!

舘鼻則孝の靴は、日本のみならず、世界中で高く評価され、ニューヨークやロンドン、オランダなど世界各地の美術館や博物館にも収蔵されています。ニューヨークの服飾美術館Museum at FITに永久収蔵されているのは、レディー・ガガから依頼され作った靴です。

舘鼻則孝の靴は、もはや実用品ではなく、芸術品扱いされているといえます。その世界規模の活躍はとどまるところを知らず、パリコレ2015-2016秋冬コレクションでは、イリス・ヴァン・ヘルペンとのコラボレーションシューズを発表。2016年3月には、カルティエ現代美術財団(フランス)にて、人形浄瑠璃文楽の舞台初監督も務めました。今や、ファッション界だけではなく、アートコレクターたちからも注目を集める存在となっています。

しかし、「決してアーティストではない」といい、あくまで職人として作品を制作していると語る舘鼻則孝。世界の美術館や博物館に収蔵されている作品も、実際に履いてもらうために作っていると、その意図を強調しています。

舘鼻則孝「呪力の美学」が岡本太郎記念館で開催中!時代を見つめ直して向かう先は?

舘鼻則孝は、2016年11月3日から2017年3月5日まで、南青山にある岡本太郎記念館で、「呪力の美学」と題した展覧会を開催しています。舘鼻則孝にとって岡本太郎とは、日本における芸術家像を作り出したとても重要な人物です。「芸術は爆発だ」の「爆発」とは、太陽のビッグバン。すなわち生命の営みを指していると理解した舘鼻則孝は、岡本太郎は、芸術を「いのちのあり方」と捉えていたと考えているといいます。

岡本太郎のように達観した答えを導き出すまでにはまだ時間がかかりそうだと思うと、岡本太郎をリスペクトする気持ちがさらに高まるのだとか。今回、岡本太郎記念館中に自身の作品を展示することで、「(岡本)太郎へのオマージュ」を送り、「時代を見つめ直す機会ともなった」と語りました。

「文化や社会の接点にフォーカスし、ファッションやアートの文化価値をいまの時代に定義する」ことを自らの使命とする舘鼻則孝は、自身の目指すものは、消費されるだけとなった現代のファッション業界の風潮にマッチしないといいます。どうやら舘鼻則孝が歩む道は、既存のファッションやデザインの概念とは違う次元に達しつつあるようです。「呪力の美学」展で、その一端に触れてみるのもいいかもしれません。

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